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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第31回   31
二人が死闘を繰り広げているというのに俺はこうして土手の下に隠れていることしか出来ない。なにも出来ない自分が情けなくて、自分の無力さが悔しかった。
何で俺はなんにも出来ない木偶の棒なんだよ!!
悔しくて情けなくて体が震えてくる。握りしめた拳で自分を殴りたい衝動に駆られた。俺は自分で自分を殴ろうと拳を振り上げた。
しかし拳は俺の頬には届かない。はっと気が付くと伯父が俺の腕を抑えていた。伯父の訴えかける強い眼差し。
「太郎、お前にはお前の戦い方がある。それはお前にしか出来ない戦い方だ。時を待つんだ。」
「伯父さん・・・。」
「所長と呼べ。」
所長はそう言って笑った。

その瞬間、茜さんの霊気がぶっ放された。膨大な霊気の塊がハヤトに衝突する。
「なっ!?」
ハヤトは所詮は人間の攻撃と油断していたのか霊弾をもろにくらった。強靭な霊気にハヤトの体は投げ出される。
土手を転がり落ちてくるハヤト。やがて土手の下まで転がって止まった。
俺たちと目が合う。
伯父は想像を絶する出来事に出くわし驚愕して固まってしまった。これは完全ちびっている。
俺も恐怖で震えあがった。
ハヤトが俺を見てニヤリと唇を歪めた。なんの力もない無力で馬鹿な人間だと軽蔑した。俺はさっきの伯父の言葉を思い出す。
俺にしか出来ない戦い方がある。
「あ、あれ?綾さん?なんであんなところに。」
俺は右前方の遠くを見ながら呟いた。
「あ?」
それにつられてハヤトがそちらを見た。
『ガチャリ』
「ん?」
ハヤトが音のした方を見る。
封印具が自分の両手首にしっかりとかかっている。
「○△■!“#$&‘()―――――!?」
ハヤトが悲鳴とも奇声ともつかない声を上げた。
「でかしたわ!太郎ちゃん!」
土手を駆け下りてきた茜さんが嬉しそうに笑顔を見せた。
俺はハヤトが綾さんに気を取られている内に掛かりきってなかった手錠を掛けたのだ。
もちろん綾さんがいるなんて真っ赤な嘘。とっさに芝居をした。
ハヤトの両腕に掛かった封印具は眩しいぐらいに輝きだした。それと同時にハヤトの左腕にあった瑠璃色の腕輪がみるみるうちに色褪せ、やがて干からびたようにひびが入り、そのまま崩れ落ち地面の上でただの石ころとなった。
「これが妖気を増幅していたのね。一体どこで手にいれたのかしら。」
茜さんが尋ねるがハヤトはそれどころではないらしくショックのあまり魂が抜けかけている。口を死にかけの魚のようにパクパクさせていた。
「俺の480万がーーーーー。」
ハヤトは絶望の悲鳴を上げた。
「元のハヤトさんに戻ったようだね。480万って叫んでいたけどそれって・・・・。」
遅れて土手を下りてきた淳さんはハヤトのがっくり落ちた肩を見ながら言った。
俺は路傍の石を見つめながらなんとも複雑な気持ちになった。これが480万円だったのかと思うとハヤトがちょっと憐れに思えてきた。
「強い力があるものに頼りきっているといつの間にか自分自身に力があるように錯覚してしまうものよ。」
茜さんが自重を込めて言う。
「それにしても太郎君すごいじゃないか。一人で妖怪を倒したんだぞ。」
淳さんが感心しながら言った。
「いいえ、僕はなにもしなかったです。だまし討ちしただけで。」
そうだ、分かっている。俺にはなんの力もない。相変わらず無力なままだ。俺はしゅんとした。
「お前はお前の戦い方で勝った。戦いの美学は武道に任せておけ。私たちは人間でないものを相手にしているんだからな。贅沢なことは言ってられんぞ。これは私たちの勝利だ。」
いつの間にか正気を取り戻した伯父が自分の手柄のように鼻高々言う。でも伯父の言葉が後押ししてくれたんだ。今回ばかりは反論しないでおこう。
「さて、どうする、この妖怪。」
淳さんが流れ出る血を抑えながら茜さんに意見を求めた。
「淳さん、その傷!?」
俺は慌てた。淳さんは大丈夫だよとウィンクした。
「そうね・・・。」
茜さんが考え込む。仁王立ちする茜さんの審判に怯えるハヤト。
「如月さんに裏の顔があるなんていう作り話をもっともらしく私たちに吹き込んだのは万死に値するわ。完全に封印しましょう。」
「えぇ?!」
ハヤトはすっとんきょうな声を上げた。
「勘弁してくれよぉ。もうこんなことしないからさ。女たちも解放するからさ。」
ハヤトはしゃくとり虫のように茜さんに謝っている。
「解放したからって済む問題ではないでしょう。またこんな悪さしないとも限らないし。」
「まぁ、女癖がそう簡単に治るとも思えないしね。」
淳さんが茜さんの提案に賛成する。ハヤトは自分が封印されると思って涙目になって怯えている。少しかわいそうに思えるがそれだけのことをしたよな。女性を攫ってその上失踪事件の犯人を如月さんに仕立て上げようとしたんだから。
「もう二度としないよ!!二度と如月にも綾にも近づかないと誓う!!だから見逃してくれ!!」
ハヤトは必死で懇願している。
「勘違いしないでよ。封印といってもあなたを妖怪からただの人間にするだけよ。」
ハヤトはわけが分からずきょとんとしている。涙目だけど。
「つまりあなたから妖気だけを取り出してそれを封魔具に閉じ込めるというわけよ。」
「そんなこと出来るのか。」
ハヤトが半信半疑で聞いてくる。涙目だけどね。
「出来るわよ。ただし強い妖気に対してはそんなこと出来ないけどね。でも魔道具を使っていない本来のあなたの妖気はたいしたことないから可能よ。」
がっくり落ち込むハヤト。茜さん容赦ないな。
そして茜さんは懐から数珠と封魔具である七色に光るガラス玉のようなものを取り出しハヤトの前に立ちはだかった。
「こんなことして俺の父さんと母さんが黙っていないからな!!」
ハヤトは恨みがましく抵抗し茜さんを睨む。
「それなら大丈夫。了解とってあるから。」
「へ?」
「女癖悪い息子を持ってご両親嘆いていたわよ。」
「それはどうい・・・。」
ハヤトの慌てぶりなんてまるで意に介せず茜さんが呪文を唱え始めた。
「ちょっと待った!まだ心の準備が!」
「ハヤトさん。」
淳さんがハヤトに声を掛けた。
「なんだよ。」
「ドンマイ。」
淳さんがそう声を掛けてにっこり笑った。
次の瞬間茜さんの周りがぼわっと光った。それは白熱電球のように明るく温かい光。
光はどんどん広がりハヤトを包み込む。
「なんだこれっ!」
ハヤトが動揺している。茜さんは封魔具を掲げ、尚も呪文を続けた。それに呼応するかのように封魔具である玉が激しく揺れ始める。
「体が熱いよ!なにしてんだよ!俺を焼き殺す気か!?」
ハヤトが光の中で喚いている。
一際光が強くなったかと思うと光は閃光となってハヤトの体の中に次々と突き刺さっていく。
「ぐわあぁ!!」
ハヤトがうめき声をあげた。しかしそれもつかの間。今度は閃光が逆流して茜さんが持つガラス玉の中へ流れ込んでいく。そしてピカッと稲妻のように眩しく光ったかと思うとあっっと言う間に静けさを取り戻した。
夜が舞い戻ってきた。
その静けさの真ん中に茜さんが立っていた。その手にはハヤトの妖気が封印されている玉がある。ハヤトは茜さんの足元で気を失っていた。
「封印完了。」
茜さんが宣言をした。
淳さんはおもむろにハヤトの両腕にかかっている封印具を外した。


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