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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第30回   30
ハヤトが鋭い目で睨んでくる。
「なんの根拠があって俺を犯人扱いするわけ?まさか俺の方が如月よりいい加減だからという理由?あんたらも人を見かけで判断したんだ。」
ハヤトはさも愉快愉快と高笑いした。それは明らかに俺たちをあざ笑っている。
「いいえ、根拠ならあるわ。」
茜さんが一歩も引き下がらすに言い切った。とたんにハヤトは眉を顰める。
「へぇ〜。その根拠とやら聞かせてもらおうか。」
「匂いよ。」
「匂い?」
匂い?俺も思わず心の中で聞き返してしまった。
「あなたから鈴木千鶴さんの匂いがあなたからしたわ。千鶴さんは失踪者の一人よ。」
ハヤトが動揺したのが分かった。体が一瞬ビックっと揺れたからだ。でもすぐに平常心を取り戻したのか反論してきた。
「匂いってなんだよ。香水の匂いか?それなら美園の香水の匂いだろう。仮にその千鶴とかいう女の香水がついていたとして全国にどれだけ同じ香水があると思ってんだよ。」
ハヤトはなんだそんなことかと安心したのだろう、茜さんを一瞥して鼻で笑った。
「匂いといっても香水じゃない。そうだろう?茜ちゃん。」
淳さんが援護射撃をした。ハヤトが訝しげに淳さんを見る。
「淳君のいうとおりよ。香水ではないわ。正確に言うと霊感の残り香よ。」
「・・・・。」
ハヤトは押し黙ってしまった。
「心当たりがあるようね。あなたも妖怪の端くれ、相手の女に霊感があるのかないのかは一目見て分かる。思い当たる節あるでしょ。」
俺にはなんのことか分からない。
「すみません茜さん。霊感の残り香ってなんですか。」
そんなこと聞いている場合ではないことは分かっている。でも俺だって真相を知りたい。理由も分からずに犯人と対峙するのは嫌だ。
茜さんは俺の気持ちを汲んでくれた。
「霊感が強い人がそばにいると自分の霊感が強くなることってよく聞くでしょう。それはその人の中に眠っていた霊感が第三者の強い霊感によって刺激されて目覚めるというのが一般的。でもごくまれに他人に自分の霊感を移してしまう人がいるの。」
俺はそれを聞いて以前茜さんが言っていたことを思い出した。茜さんは移すタイプの霊感ではないと言っていた。
「近くにいる人の霊感を呼び覚ますのではなく、自分の霊感そのものを移してしまう。家族、友人、自分の部屋、自分のもの、触れるもの全てに霊感を移してしまう。でもそう簡単に霊感は移るのもではないわ。何か月も何年も一緒に過ごして初めて移る。そしてこういうタイプの霊感はそう数は多くないの。独特の波長があるから。人や物に移りやすい波長を持っている、こういう人は滅多にいないわ。もし移すタイプの人がたくさんいたら世界中、霊能者だらけになるもの。」
それで茜さんは千鶴さんの部屋に入ったときに驚いた顔をしていたのか。部屋に千鶴さんの霊感が残っているのに気づいたんだ。
「千鶴さんの家に行ってそのことに気づいたわ。千鶴さんの霊感の波長も分かった。その霊感がハヤトさん、どうしてあなたに染みついているの。」
「・・・・。」
ハヤトの視線が鋭く俺たちを射抜く。真相を見破られた凶暴な獣のような目。
「白を切るならどうぞ。そんなの俺は知らないと言えばいいわ。霊感なんて証拠にはならない。警察に言っても鼻で笑われるだけ。どうする?白を切る?」
茜さんが挑発する。
「いいや・・・。お見事。」
ハヤトが認めた。しかしその顔は余裕に満ちている。まるで愚かな者たちを見下す魔王のような佇まいだ。
淳さんが俺と伯父の前に立った。まるでこれから殺到する攻撃から守るみたいに。
「随分と余裕なんだな。白を切る必要もないということか。」
淳さんがハヤトに投げかけた。
「そうさ。お前たちを消せばいいだけのことだ。その後で如月を潰してやる。」
陰惨な笑みを浮かべ冷酷な空気を纏うハヤト。それは今朝方会ったハヤトとはまるで別人だった。
「なにがあったの?今のあなたは私たちが知っているあなたではないわ。」
茜さんが訝しげに問う。
「そんなの知る必要はない!!」
いきなりだった。
ハヤトは手のひらを押し出した。耳をつんざくような金属音が鳴り響く。
ザザザッ。
辺りにあったすすきが切り裂かれる。茜さんは身を翻しとっさによけた。
淳さんは次の瞬間、俺と所長を土手から落とした。
「うわぁあああ。」
俺と伯父は悲鳴を上げながら土手を転がる。幸い土手と川は十分に離れているので川には落ちずに土手の一番下で止まった。
「淳のやつ・・・私たちを守るんじゃなかったのか。」
伯父は恨みがましい目で土手の上の淳さんを見るが俺はそれは違うと思った。
「仕方ないですよ。僕と伯父さんを守りながらでは戦えません。僕たちは淳さんと茜さんの足手まといにならないようにここで大人しくしていましょう。」
「そうだな。大賛成だ。」
ハヤトは凄まじい速さで移動しまた手を押し出した。放たれる刃のような妖気。
意志を持った刃は茜さんに襲い掛かる。茜さんはとっさに霊気の壁を作り刃から身を守った。
間髪置かずに淳さんがハヤトの手元に向かって突進した。ハヤトの妖気を封じる為だ。
淳さんは早撃ちの名手のごとき素早さで懐から出した封印具をハヤトの片手に掛けた。ふいをつかれたハヤト、しかし半秒後に素早く足を蹴りあげ淳さんを吹っ飛ばした。
「淳君!!」
茜さんが叫ぶ。
淳さんは地面に叩きつけられたが蹴られた時に防御姿勢をとったので大事には至らなかった。
「大丈夫だ。でも封印具が片手にしか掛からなかった。」
封印具とは妖怪の妖力を抑えたいときに使う。それは手錠のような形をしていて両方の手、あるいは両方の足に掛かって初めて相手の妖気の放出を防ぐことが出来るのだ。
だが今は片手に手錠がだらりと垂れさがっている状態だ。
ハヤトは油断ならじと淳さんに突進していく。それを見た茜さんがハヤトに向かって霊気の塊を放出した。ハヤトは飛び上がってそれを避ける。
「小癪な!!」
ハヤトは短く叫ぶと今度は茜さんに向かって腕を振り下ろした。空気が引き裂かれる音がする。茜さんが飛びのく。茜さんがそれまでいた場所の草木が無残に切り裂かれた。
しかもハヤトの攻撃の端が茜さんの腕を傷つけ、茜さんは腕から血を流している。
「茜ちゃん!!」
淳さんが心配して茜さんに駆け寄っていこうとした時だ。その瞬間を逃すまいとハヤトが腕を振り下ろした。
「ぐっ!!」
ハヤトのかまいたちが淳さんに殺到した。吹き飛ばされうずくまる淳さん。
「淳君!!」
淳さんの服が破れ、体のあちこちから血が流れている。でも幸い急所は外れているようだ。淳さんはとっさに念動力を使い自分の体を横に飛ばしたのだ。攻撃から完全には逃げきれなかったが急所は逃れた。
「やるな人間。」
地を這うようなおどろどろしい声が五感のみならず辺りの空気を支配した。
「許さない!!」
茜さんの怒りに満ちた声。大気がそれに呼応して震える。
茜さんの内にある霊気がどんどん膨れて周りの空気が不安げに騒いでいる。
俺と伯父は土手の下からこの死闘を見守っていた。
俺は自分が情けなくて仕方がなかった。こんな時に俺は茜さんを守ってやることが出来ず、淳さんの相棒になることも出来ない。


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