俺と伯父のいつものやりとりを聞いていた茜さんが微笑みながら俺たちの所へお茶を運んできてくれた。 「はい、太郎ちゃん。」 「ありがとうございます。」 「はい、淳君。」 「お、ありがとう。茜ちゃんがいれたくれたお茶は一段と上手いんだよな。」 「そう?ありがとう。」 「はい、所長。熱いから気を付けて。」 「おぉ、すまんな。」 所長は読んでいた新聞を下ろし、お茶を受け取った。その時所長の手が茜さんの目に留まった。 「所長・・・。」 「なんだ?」 所長がふと目線を上げる。 「所長、一度病院に行って診てもらった方がいいんじゃないですか。」 突然の茜さんの勧めに俺はぎょっとした。霊能力者の茜さんがそんなこと言いだすと気になるじゃないか。それは淳さんも同じようで茜さんの顔をじっと見つめている。 「なんだ?突然どうした。」 そう言いながら伯父さんは他人事のように茶をすすっている。 「いや、だって手がやけに黄色いですよ。肝臓が悪いんじゃないですか。前から所長の手は黄色いなぁは思っていましたけどこのところますます黄色くなってきましたし・・・。」 茜さんの心配の根拠を聞いて俺はほっとした。 「あぁそれなら心配ないですよ。」 伯父の代わりに俺が答えた。 「太郎の言うとおりだ。私が黄色いのは仕様だ。」 「仕様?」 茜さんときょとんとして返してくる。 「伯父さんが黄色のは蜜柑の食べすぎなんですよ。」 「蜜柑の食べ過ぎ?あぁそれなら聞いてことあるな。蜜柑を食べすぎると手や足が黄色くなるとか。」 淳さんが思い出したように呟けば伯父は得意そうに説明をし始めた。 「そうだ、蜜柑の食べ過ぎだ。知っているか?蜜柑は食べ過ぎると肌が黄色くなるんだ。カロテノイドとかいうものの摂取のし過ぎなんだそうだ。私の血肉は蜜柑で出来ているのだ!!」 伯父さんは実に得意げな顔だ。というかそんなこと自慢されてもねぇ。 「医者に言われたんですか?蜜柑の食べ過ぎだって。」 茜さんが尚も聞けば伯父はふふんと鼻を鳴らし 「あぁ、言われた。二週間前に人間ドックに行ってきてな。内臓も脳もどこも悪くない。奇跡の58歳だと言われたわ。だが奴め、私の手を見て「あなたは蜜柑の食べ過ぎですよ」とのたまわりおった。」 医者を奴め呼ばわりしているけど蜜柑って食べ過ぎても大丈夫なものなのか? 「食べ過ぎても大丈夫なんですか?」 俺が気になることを淳さんが聞いてくれた。 「度が過ぎると駄目らしい。医者が言うには一日100個以上食べなければ大丈夫らしいがな。私は食べてもせいぜい30個ぐらいだ。」 「一日30個も食べているんですか!?」 茜さんが驚いて聞き返した。 「多い時で、だ。普段は10個ぐらいだぞ。ただ三週間前ぐらいに依頼者から事件解決のお礼として蜜柑をひと箱貰ったからいつもより多く食べていただけだ。」 「お礼?」 俺と茜さんと淳さんの目がキラリと光る。 「そう、お礼だ。高級な蜜柑だった。三日でぺろっと平らげたぞ。」 伯父はホクホク顔で言うが俺は断固として抗議する! 「お礼なんて聞いてないんですけどぉ?茜さんや淳さんの手柄を独り占めしたんですか?」 「はっ!」 伯父はしまったぁ!という顔して慌てている。そんな伯父を見て茜さんと淳さんは苦笑いだ。 「まぁいいわ。蜜柑もそれほど好きな人に食べて貰えれば本望でしょうし。」 茜さんが仕方なく答えた。 「しかし三日で蜜柑ひと箱平らげるって所長はよっぽど蜜柑が好きなんですね。」 と、淳さんは感心しているようだ。とたんに伯父は得意げな顔になった。俺は伯父の分かりやすさに呆れた。それついでにあることを思い出した。 「そういえば昔祖母から聞いたことあります。伯父さんが祖母のお腹の中にいた頃、無性に蜜柑が食べたくなって妊娠中蜜柑ばかり食べていたと。」 「それってお母さんのお腹の中にいた頃から蜜柑を食べたがっていたということかしら。」 茜さんが興味深そうに聞いてくる。 「そうですね。伯父さんは歯も生えていない胎児の頃から食いじが張っていたということです。」 「こらっ。食いじが張っていたんじゃないぞ。胎児の頃からアイディンティティーが確立されていたということだ。」 「はいはい。」 「しかし私はそろそろ愛媛県から表彰されても良い頃だと思うんだ。」 「?」 伯父以外の俺たちがきょとんとしていると 「私は日本で一番蜜柑を食べているに違いない。今までの人生どれほど蜜柑に金を費やしてきたか。愛媛県が私に表彰状と金一封を授与してきても罰は当たらないだろう。」 「知らねーし!」 俺、即つっこみ。茜さんと淳さんはがっくりきて言葉もないようだ。それはそうだ。こんな所長の下で働いていることが少なからずショックなんだろう。 「伯父さんが日本で一番蜜柑を食べているとは限らないでしょうが。世の中にはもっと兵がいるかもしれませんよ。上には上がいるんだから。」 「なにぃ!!それは由々しき事態だ。茜ちゃん、今すぐ透視してくれ!」 「何をです?」 「この日本で私より蜜柑を食べている人間がいるのか、いるとしたらどこにいるのか!そいつに挑戦状を叩きつけてやる!!」 「・・・嫌です。そんなことに私の能力を無駄遣いしたくありません。」 「じゃあ淳君。頼む!!」 「僕も右に同じく。もっと世の中の役に立つことに自分の能力使いたいですから。」 茜さんと淳さんは疲労困憊で答えている。いや、答えてあげている。うんうん、ご愁傷様です。 「むむむ。」 伯父さんは歯ぎしりして悔しがっている。多分、いや絶対この後俺にとばっちりがくるんだろうな。 「太郎!!」 ほらきた。 「なんですか。」 仕方なしに応えると 「今すぐ調査に行って来い!!」 「なんの?」 「日本の実態調査だ。どこの県の誰が一番蜜柑を消費しているか今すぐ調べてこい!」 「僕は県民ショーではありませんよ!自分の足で調べてください!」 伯父は拗ねて机の上にのの字を書いている。俺の壮絶なつっこみによってみかん星人は闘志を失ったようだ。しかし58歳のもじもじは超キモい。 伯父はまだまだ何か言いたそうだったがそれはシャットアウト。もう付き合いきれん。 すると茜さんが時計を見た。 「そろそろ約束の時間ね。」 そういえば今日の午前十時に依頼者がくる予定だ。みかん星人のわがままに付き合わされて忘れていた。ふぅ〜、人騒がせな伯父、もとい所長だ。
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