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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第29回   29
俺たち朝舞君はハヤトさんの元へと急いでいる。今回の依頼のことについてもう一度話し合わなくてはならない。
如月さんの正体を見破り、綾さんから遠ざけ、もし連続失踪事件の犯人だったなら如月さんを封印することも考えていたけれど、それは出来ないと俺たちは判断した。如月さんが犯人であるという確固たる証拠がない。被害者が如月さんの作品を持っていたということだけで犯人と決め付けるのが嫌だった。なによりあんな良い人が女の人を誘拐するなんてありえないと思った。私情を挟むなと言われそうだが、実際私情を挟みすぎかもしれないが。俺たちは他に真犯人がいる可能性に賭けた。それにもしかして本人たちの意志による失踪かもしれない。
だから時間の猶予が欲しかった。もう少し詳しく調べる時間が欲しい。
俺たちは繁華街へと向かった。ハヤトさんの携帯電話に電話したらそこにいると言われたのだ。
西の空が薄い紅色に染まってまるでロゼワインの底にいるようなアンニュイで甘い気持ちになった。繁華街のネオンサインが、近づいてくる夜の足音を聞いて息を吹き返す。
「ハヤトさん、どこにいるんですかね。」
辺りを見渡してそれらしき人影を探すが見当たらない。
その時聞き覚えのある声が耳を掠めた。
「これから飲みにいこうぜ、もちろん美園のおごりでー。」
「えぇ?私のおごり?普通男がおごるものでしょ?」
甘ったるい猫なで声の女の声も聞こえてきた。声のする方を見れば。
「さっき大金使っちゃったばかりで文無しなんだよ。その代わりベッドの上で大奉仕しちゃうぞ?俺のかわいい天女さまは天に昇ってパラダイス気分さ。」
「やだー。ハヤトのエッチ〜。でも天に昇っちゃおうかな〜。」
女は露出の高い服でハヤトさんにべったりと寄り添っている。ハヤトさんもジゴロ丸出しで、まぁ、ナンパが絵になる男ではある。見た目の良さと女への性的アピールぶりは如月さんよりも上だ。妖気は断然如月さんが勝っているけど。
俺はハヤトさんに声をかけようとした。しかしそれを茜さんが手で制した。
「太郎ちゃん待って。おかしいわ。」
「おかしい?」
「えぇ、ハヤトさんの妖気が倍増している。」
「え?そんなことってあるんですか。」
「僕にも分かる。今朝会った時のハヤトさんより妖気が強くなっている。」
淳さんも言った。元々淳さんは霊能力者というより超能力者というカテゴリーに属していたけど霊感が強い茜さんと行動を共にしているうちに霊感も強くなったらしい。茜さんは淳さんに元からその素地があって私の霊感に刺激されたのよと説明していた。
それで俺なんだけど茜さんと二年間過ごしているが霊感が強くなった気がまるでしない。最近になって多少なにかいそうな気配を感じるぐらいだ。伯父はそんな俺を
「太郎はどんだけ鈍感なんだ?随分スタートラインが他人より後ろなんだな。」とからかう。そういう伯父だって茜さんと五年以上も一緒に過ごしているのに俺とたいして変わらない。むしろそっちの方が問題あるんじゃないの?
俺と伯父はどっちが鈍感か言い合ったりするがその度に茜さんは「私の霊感は他人に移すタイプではないから。」と笑う。霊感に移る、移らないというのがあるのか?まるで風邪みたいだなと思ったりもしたが。
それにしても目の前のハヤトさんの妖気が強くなっているということはどういうことだ。そんなことがありえるのか。筋肉増強剤でも飲んだか。ドーピングは違反だぞ。
「妖気が一日で増えるということはあるんですか?」
「ないとは言いきれないわ。なにかしらの魔道具を使えば。」
「魔道具?一体それはそういうものですか?もしかして妖気を増やす道具があるんですか?」
「えぇ。人間で言えば占いの水晶みたいなものよ。自分の能力を補助させる。」
茜さんは警戒心を強めてハヤトさんを見据えている。淳さんも油断禁物という空気を醸し出している。俺と伯父だけは実感がもてなくてのほほんとしているが。
「あれ?茜さんとその一味じゃないですか。」
ハヤトさんが俺たちの存在に気づき呑気に近づいてきた。茜さんとその一味ってなんなんだよ。麦わら帽子とその一味かよ。まぁ、ワンピ好きだからいいけど。
「この女。誰。」
ハヤトにべったりくっついている女が茜さんを敵と見なしたのか値踏みするような目でみてくる。そしてその目の中の滲んでいる嫉妬の色を隠そうとしない。
それにしてもこの女、香水の匂いきつ過ぎ。あたりにぷんぷん匂っている。鼻の良い人間なら刺激大きすぎだろうな。好きな匂いならいいけどさ、そうじゃないならこれきついって。
眉を顰めたのは俺だけではないはず。俺は窘めてやろうと思ったがそれより早く
「あんたに僕の連れをこの女呼ばわりされる筋合いはないんだが。」
淳さんが怒った。不機嫌さを隠そうとしない。
「きゃあーなにこの人こわーい。ハヤト、この人やっつけてよ!強いんでしょ?」
男に甘ったるい声でおねだりする女。強いものにすり寄って自分が威を得た気になっているんだろうな。俺は内心呆れた。
「まぁまぁ、淳さん、怒らないでやってよ。美園も茜さんに失礼だろ?謝っておけよ。」
「なによ!!この女の味方する気!?こんな女のどこがいいのよ!!」
美園が憤慨してハヤトさんに突っかかる。淳さんは聞き捨てならない言葉を聞いて美園に一言いおうとしているが美園には取りつく島もない。美園は嫉妬むき出しにして持っているシャネルのバックでハヤトさんを叩いた。唖然とする俺たち。伯父さんは今時の若いもんにはついていけないと呆れた顔している。俺もなんか醜い姿だなぁと漠然と思う。
「あのさ美園。悪いけどもう帰ってくれない?お前より茜さんの方が数倍いい女だからさ。茜さんのそばにいるとお前辛くならない?」
「!?」
美園の顔色が変わった。見る間に真っ赤になっていく。怒りの限界突破だ。
「なによ!!ハヤトの馬鹿!!」
パシーンッ!!
美園が怒りを爆発させた瞬間、その場に鳴り響いた乾いた音。ハヤトさんの頬が赤い。
痛そう・・・。俺はハヤトさんの頬を見て頬に同情した。
美園はハヤトをひっぱたいても収まらない怒りそのままに立ち去った。
美園も痛い女だったけどハヤトさんが言った言葉も結構辛辣だったよな。
茫然とする俺たちの前でこんなことは日常茶飯事とでも言いたげなハヤト。
「これだから女ってやつは・・・。」
ため息をつきながら頬をさする。
「付き合っている女性は大切にしないとそのうち刺されますよ。」
茜さんが忠告をした。
「付き合うもなにも美園とはさっき知り合ったばかりなんだけどね。」
俺はまた愕然とした。知り合ったばかりの女と修羅場を演じていたのか。モテる男というのは全員こうなのか?いや、ハヤトさんが稀なケースなんだよな?そうであって欲しい。俺は例えようのない敗北感を味わっていた。
「で?ここには何しに?」
ハヤトさんが話題を変えてきた。
「何しにって如月さんのことで話し合いに来たんだけど。」
なんか今までのハヤトさんとは感じが違う。女たらしぶりは変わっていないが以前のハヤトさんには憎めないお馬鹿さがあった。でも今のハヤトさんには隙がない。それどころか余裕さえ感じられる。妖気が強くなったこととなにか関係あるのか。
茜さんと淳さんが警戒している。伯父でさえ違和感があるのかハヤトさんの顔をまじまじと見つめている。
「あ、依頼の件ならキャンセルさせてもらうよ。もちろん報酬はゼロということで。何もしてもらってないし。まぁ、新幹線代だけなら払ってやってもいいけど。」
実にあっけらかんとハヤトさんが言った。いきなりの申し出に俺は驚いた。俺だけではない、その場にいる全員が唖然としている。茜さんが口を開いた。
「それは構わないけど。でもいいの?綾さんのことは。」
元々依頼の件を順延させてもらうつもりできた俺たちにとっては渡りに船だけど、なにか腑に落ちない。
「平気さ。俺だけで如月を倒せるから。」
ハヤトさんは確信めいたように不敵に笑った。その様子に不穏な空気を感じる。どすぐろい何かがハヤトさんの胸の内で渦巻いているように見えた。
明らかに今までのハヤトさんではない。
「如月さんに会ったけど如月さんはあなたが言っていたような人ではなかったわ。」
茜さんの一言でハヤトさんの表情が一変する。
「如月に会ったのか・・・。」
一段と低い、相手を威嚇するような脅迫じみた声色。俺は一気に緊張した。
「えぇ。」
「それで案の定、如月の仮面に騙されたというわけか。」
ハヤトはそう言うと俺たちを軽蔑し鼻で笑った。
「いいえ、仮面を被っていたのはあなたの方よ。綾さんのことを守りたいなんて殊勝なふりして、おかげでこちらはまんまと騙されたわ。」
茜さんがきっぱりと言い放った。
「!?」
ハヤトさんは驚愕して目を見開いた。しかしすぐに怪し気に唇の端を歪めた。俺は殊勝なふりというのが何のことか分からず唖然としていると淳さんが俺と伯父にそっとささやいた。
「太郎君、所長、油断しないで。僕から離れないでください。」
「え?」
その意味を悟った俺は身構えた。体中に緊張が走る。油汗が滲んできた。伯父は涙目だ。
対してハヤトさんは相変わらず悠然としている。
「なんのことかさっぱり。でもここではなんだから。場所を変えない?」
「たいした自信なのね。」
茜さんが挑発した。するとハヤトさんがニヤリと陰鬱な笑みを浮かべた。それは俺の知っているハヤトさんではなかった。
こいつが犯人だったのか。
俺は直感でそう思った。

 俺たちはハヤトさん、いや、ハヤトの後ろをついて歩いた。いつ攻撃してくるか分からない、恐怖と不安。心臓の鼓動がやけにうるさく鳴っているがこんなことは慣れている。俺は朝舞探偵事務所の探偵だ、これまでいくつもの修羅場を茜さんと淳さんとで乗り越えてきた。
沈黙を続けるハヤトと俺たちの間に一触即発の火花が散っている。すれ違う人たちもこの奇妙な空気に違和感を持つらしく俺たちが近づくと避けて通る。
辺りは日も暮れ、闇が下りてきて店や家の屋根を冷やしていく。人影もめっきり減り、たまにすれ違う人の足はどれも急ぎ足だ。
ハヤトはどんどん前へと歩いていく。やがて急ぎ足の人さえ見かけなくなり周りには静けさだけが取り残された。
どこまで行く気だろう、そう思った時だ。前方に川の土手が見えてきた。秋風に揺られているすすきの影が儚すぎて心細くなる。
形容しがたい緊張が続く中、土手に辿り着いた。
「さっきの話の続きだけど。」
いきなりハヤトが緊張の膜を破って入ってきた。
「仮面を被っているのは俺の方ってどういうこと?」
ハヤトの顔は険しい。目がギラリと光った。
「言葉のとおりよ。あなたは連続失踪事件の犯人は如月さんだと言った。でもそれは違うわ。犯人は・・・。」
茜さんが一呼吸置く。俺もぐっと覚悟を決めた。緊張が最高点のその上に到達する。
「ハヤトさん、あなたよ。」


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