ハヤトは突然降ってきた声に驚き、体をびくつかせた。 しかし辺りを見渡しても誰もいない。 「なんだ、空耳か。」 ハヤトはやれやれと肩をすぼめその場を離れようとした。 「空耳じゃないよ。下を見な。」 老婆の声は尚もハヤトの耳にまとわりついた。驚いたハヤトは何ごとかと下を見ればそこに一人の老婆が立っていた。黒いマントを頭から被り全身から堅気ではない雰囲気を漂わせている。 「なんだ婆さん。小さすぎて気が付かなかったぜ。こんなところで何やってんだよ。邪魔だ邪魔。」 見知らぬ老婆に突如話しかけられて、しかも自分の機嫌の悪さを見透かされたのが面白くないハヤトは不機嫌に一瞥した。 「私は流れの行商だよ。物が売れるなら地の果てだろうが地獄だろうがどこへでも行くさ。」 老婆はしわがれた声でニヤリと不気味に笑った。 「行商ねぇ。なにぼったくろうとしているのか知らないけど俺そういうの興味ないから。」 「興味出てくるさ。」 老婆が自信ありげに言う。その不遜な態度がハヤトの癇に障った。 「邪魔っていってんだろ!どっか行けよ!」 「魔道具はいらんかね。」 老婆は間髪入れずに迫る。ハヤトはきょとんとして尋ねた。 「魔道具?なんだよ、それ。」 「おや。お前さん魔道具を知らないのかえ?妖怪のくせに魔道具を知らないとは妖怪の風上にも置けないねぇ。魔道具とは妖気を増幅させたり、変化させたり、封印したり出来る代物さ。」 ハヤトは驚き、老婆の顔をじっと見つめた。いきなり妖気を増幅とか言われて疑いを深める。そんなハヤトを見てじれったくなったのか老婆は 「お前さん妖怪だろう?一目みただけで分かるさ。中途半端な妖気が出ている。」 「中途半端で悪かったな!婆さんだって枯れた妖気が出ているぜ。」 そう、ハヤトも老婆をひと目見ただけで人間ではないことを見抜いていた。 「魔道具を買わないかい?今なら安くしとくよ。」 「嘘くせーな。なにが魔道具だよ。そんなの騙されて買う奴いるのかよ。」 ハヤトは面倒くさげに言葉を吐いたが老婆はふっと笑い、懐から一つの指輪を取り出した。 「例えばこの指輪は妖気を変化させるものだ。前に女が買って行ったよ。買う理由を聞いたら好きな男に近寄る女が気に入らないからどうにかしたいってね。これは本来自分の妖力では出来ないことが出来るようになる。妖気を自分の望む力に変化させさるのさ。」 「本当にそんなこと出来るのかよ。」 ハヤトはまだ半信半疑だ。物を売りつけることに関しては口八丁手八丁なんだろうと思ったからだ。自分もホスト稼業で口八丁手八丁でやってきた。詐欺師は詐欺師を見抜くというやつだ。 「信用できないな。」 ハヤトは老婆を一瞥して言い切った。 「そうかい?でも私の魔道具を使えばお前さんの妖気は二倍になる。そうなればお前さんの苛立ちも収まるんじゃないのかえ。」 「・・・・!」 ハヤトは驚愕して老婆を見つめた。老婆の細い目が怪しく光る。 「そんなこと出来るのか?」 疑いつつも興味津々に尋ねれば老婆は今度は瑠璃色に輝く腕輪を取り出しハヤトの前に差し出した。 「これは?」 「妖気増幅装置。」 ハヤトは穴が開くほど腕輪を見つめた。 「本当にこんなので妖気が二倍になるのかよ。ただの腕輪じゃね?」 胡散臭すぎ、やっぱりぼったくりと思ったハヤトは鼻で笑った。 「そう言うのなら他の妖怪に売るとするか。いくらでも買い手はいるさね。世の中には野心家がごまんと溢れている。別にあんたじゃなければ駄目だというわけでもなし。」 老婆はやれやれと引き下がりそこから立ち去ろうとした。そうなると引き留めたくなるのが人のさがというもの。ハヤトの頭によからぬ欲望が沸々と湧き上がってくる。 「ちょっと待てよ!」 「なんだい?なにかまだ用かい?」 老婆は振り返った。 「本当に本物なんだろうな。」 「信じるも信じないもお前さん次第だ。」 「・・・。」 ハヤトは考え込む。やっぱり騙されているかもしれないと疑いつつも、もし本物だったらと思うとこの腕輪を他の奴に渡したくなかった。 「いくらだよ。」 「450万。もちろん消費税は別だよ。取扱い説明書も入れればしめて4825000円。」 「480万!?ふざけんな!!そんな大金出せるわけないだろうが!!」 ハヤトは憤慨した。ぼったくりにもほどがある!馬鹿馬鹿しい、そう思った。が。 「じゃあ、縁がなかったというだけさね。他をあたることにしよう。二度と会うことはないだろうし、この腕輪のことは忘れなね。忘れられるものなら。」 老婆はまたしてもニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。唇の端が陰険に歪んでいる。 ハヤトは、くそっ、こいつ何者だ!?と憤りながらも腕輪から目が離せなかった。しかもハヤトは店一番の売れっ子ホスト。金なら客に貢がせたのがたんまりある。こう見えても意外と金を貯めるのが好きだったりする。将来のことを考えると先立つものがないと不安だからね。 くそっ!!糞婆め! 「銀行に行って金下ろしてくるからちょっと待ってろ!!その間に他の誰かに売ったら承知しないからな!」 「分かったよ。ちなみに取扱い説明書は付けるかね?付けないなら少し安くなるよ。」 「あぁ?付けるに決まってんだろ。俺は家電の配線も取説見ながらやるタイプだ。」 「そうかい。じゃあ、早く銀行行ってきな。私の気が変わらないうちにな。」 それを聞いてハヤトは急いで銀行へと向かった。 残された老婆は不穏な気配を漂わせながらハヤトの後姿を見送っている。 「愚か者め、毎度あり。」 老婆はそう言って高らかに笑った。
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