俺も蜜柑の木を見た。甘く優しい香りが漂っているのがガラス越しでも分かる。 沈黙の中で佇む如月さんは綾さんを想う気持ちで一杯だった。俺はなんとか如月さんを励ましたくてあれやこれや言葉を思い巡らす。ふいに思い浮かぶ秀美たちの顔。 「でも綾さんは近頃変わってきたと綾さんの会社の同僚が言っていました。自分から声をかけるようになったと。綾さんは変わろうと頑張っていますよ。それに映画も綾さんから誘ってきた。これって変わろうとしている、いや変わったことの何よりの証ですよね?如月さんの思いはちゃんと伝わっているんですよ。」 俺は必死で伝えた。がらにもないことを言っているのが自分でも分かっているから恥ずかしくて顔が赤くなってくる。 そんな俺を見た如月さんはくすっと笑った。分かってますよという優しい笑顔。それが逆に俺をもっと恥ずかしくさせる。俺になんてこと言わすんじゃーーー! 「ありがとう朝舞さん、それに淳さん、茜さん、所長さん。」 「あ、いいえ、僕なんて何も。」 突然ありがとうなんて言われると照れる。 「あなたたちのおかげで勇気出ました。」 「あ、はい。良かったです。」 なんの勇気かは分からないけど俺は嬉しくなった。淳さんも茜さんも伯父も清々しい表情をしている。そして茜さんが一言。 「あなたが事件に関わってないことは分かりました。私は自分の直感を信じます。」 如月さんはそれを聞いてほっとしたのか一段と柔らかい笑顔になった。 「ありがとう、信じてくれて。」
俺たちは如月さんの家を後にした。 俺も如月さんは事件に関わっていないと確信した。いや、信じることにした。あんなに一途に綾さんを見守っている人が綾さんを悲しませることなんてするはずがない。 「こうなると、事件は振り出しに戻ったな。」 淳さん、そう言うわりにはちっとも悔しそうではなく、むしろ嬉しそうだ。淳さんも如月さんを信じたんだな。 「所長はどう思います?」 「あ?あぁ。如月は違うだろう。あれで犯人だったらちゃぶ台一億回ひっくり返してやる。それに蜜柑好きな奴に悪いやつはいないからな。」 「伯父さんが蜜柑好きな時点でそれは説得力ないですけど。」 「なんだと?私は悪党ではないぞ?要領がよすぎて小ずるいと思われがちだがな、つくづく損な性格だ。まぁそこがまた良いんだが。」 自分で自分の性格を褒めている。まぁそこが伯父さんらしくて良いんだけど。 「で、これからどうする?私としてはこのまま帰ってもいいんだが。如月は白。事件の真相は家出。依頼者からの報酬は別にいらん。金を落とすやつは他にいくらでもいるからな。」 伯父はふっふっふっと不敵な笑みを浮かべた。 「そうね、でも乗りかかった船からおりるのもなんだし・・・。とりあえず失踪者の家族から話を聞いてみましょう。なにか他に手がかりがみつかるかもしれないわ。」 茜さんの提案に俺たちは従った。 家族にこれから訪問することを連絡しタクシーに乗り込み香坂さんに教えてもらった住所へと向かう。
俺たちは今、鈴木千鶴さんの家の前にいる。同僚と一緒にいる時に姿をくらました女性だ。 呼び鈴を鳴らす。 「こんにちは、朝舞探偵事務所の者です。」 「お待ちしていました。」 鈴木さんの家族は俺たちを藁をもすがるような目で見てくる。まるで俺たちを救世主とでも思っているかのように。それも無理はない。千鶴さんがいなくなって三か月、なんの進展もないのだから。 「ご家族の方は防犯カメラの映像はご覧になりました?」 「・・・はい、見ました。」 蚊の鳴くような声で答える母親。憔悴しきっているようだ。胸が痛む。 「私たちも先ほど警察署へ出向いていなくなった時の状況の調書やカメラの画像を見させていただいたのですが、分からないことが一つあるのです。娘さんはどこかの雑貨屋、例えばアクセサリー屋に足繁く通うという事はなかったですか。」 茜さんの問いに暫く考え込んでいた母親は首を傾げ 「娘はアクセサリーとかが大好きでいろんな店に通っていました。掘り出し物を見つけるのが好きみたいで。娘は買ってきたアクセサリーを嬉しそうに見せてくれるんです。それなのにこんなことに・・・。」 母親はそこまで言うのがやっとで泣き崩れてしまった。母親の肩をそっと抱き寄せる父親。父親も帰ってこない娘を心配しているのだろう、頬が痩せこけている。 いたたまれなくなった。 「あの・・・すみません。不躾で申し訳ないのですが娘さんの部屋を見せていただけないでしょうか。」 茜さんが頼み込んだ。 「はい。こちらです。」 両親は寄り添いながら茜さんを千鶴さんの部屋に案内した。女性の部屋なのでさすがに俺たち男どもは入れない。 部屋に入ったとたん茜さんはなにかに驚いたような仕草を見せた。 なにか見つけたのだろうか。 でもドア越しからちらっと見える部屋はピンクを基調とした実に女の子らしい部屋でどこからどう見ても普通。 「アクセサリー類を見せていただけますか。」 「全てですか?」 「はい、出来れば。」 母親は化粧台の引き出しを開け、中からジュエリーボックスを取り出した。そしておもむろに開ける。そこに現れたのは結構な数のアクセサリー。ネックレス、ピアス、指輪。本当にアクセサリーが好きだったようだ。 しかしよく見ると値が張るような高価なものはさほど多くなく、手作り感が満載のものがボックスのほとんどを占めている。手ごろな値段のものが好みのようだ。 「これで全部ですか?」 「はい、娘に見せてもらったものはここに揃っています。」 茜さんはまじまじとアクセサリーを見つめ何かを探し始めた。 茜さんの視線がある一点に集中した。茜さんは唇を噛みしめた。 「他にはないですよね?」 茜さんが念を押す。母親は首を横に振り 「娘がいなくなった原因はなにかと部屋中探しましたけど他にはなかったです。ここにあるのだけだと思います。あの・・・それが何か?アクセサリーと娘がなにか関係があるのですか。誰かからもらったとか?その人が娘を連れ去ったのですか?」 アクセサリーに重要な手掛かりがあると踏んだ母親は茜さんに縋った。 「今のところはなんとも言えません。もう一つお聞きしたいことがあります。」 「なんでしょう?」 「千鶴さんはもしかして霊感が強いのではないですか?」 「えっ」 母親も父親も驚愕して茜さんを見つめた。意外なことを言われたという目ではない。言い当てられたという目だ。
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