「五人に何かしらの共通点はないんですか?例えば趣味が同じとか通っている店が同じとか。」 淳さんが苦渋の面持ちで尋ねると香坂さんは驚いた顔をした。 「さすが敏腕探偵さんたちですね。早くもアクセサリーのことに気がつきましたか。」 香坂さんの答えに俺の心臓の鼓動は再び早くなった。 「五人に共通点はありません。趣味もバラバラ、出身校もバラバラ、交友関係も一切繋がりはないです。ただ花田さんたちと川本さんはそれぞれ行方知れずになる場所へ向かう前にある雑貨屋へ立ち寄っているんです。」 ある雑貨屋という言葉を聞いて俺の心臓は飛び出そうになった。 「その雑貨屋とは・・・?」 本当は見当ついているだろうに淳さんが辛そうな表情で聞いた。 「如月工房です。」 「!!」 聞きたくない名詞を聞いて俺たちは石膏のように固まった。伯父は今気づいたようで言葉を失っている。 そんな馬鹿な!! 「我々もその点を重視しまして如月工房へ事情を聴きに行きました。如月さんは花田さんと川本さんはお客さんだと説明していました。そこで我々も如月さんの身辺を調査したのですがこれが実に好青年でして。近所や顧客からの評判もすこぶるいい。本人の言動にも不審な点も見られず、何よりアリバイがあったので白と断定しました。」 「アリバイ!?」 俺は聞き捨てならない言葉を聞き返した。 「はい。五人がいなくなった時間帯、如月さんが店にいたことは客や近所の人によって確認されています。」 俺はそれを聞いて拍子抜けした。それと同時に安心感と喜びが湧き上がってくる。アリバイがあるなら如月さんは犯人ではないな!はぁ〜マジ良かったぁ!! ほっと胸をなでおろす。淳さんや茜さんもこれを聞いてさぞかし安心しただろうと思い、隣をみると淳さんも茜さんもいまだ複雑な顔をしている。 なんで?如月さんへの疑いが晴れたのになぜそんな顔しているの?俺はまた不安になった。 如月さんの疑いが晴れて嬉しくないのかな。二人に憤りさえ感じてしまう。 「どうでしょう?ここまででなにか手がかりになりそうなものはありましたか。」 「まだ今のところは・・・。もう少し詳しいことを知りたいので失踪した方のご家族に会いに行ってもいいでしょうか。」 茜さんが尋ねると香坂さんは 「ご家族に連絡をとってみますね。いきなり刑事でない者が訪ねても警戒されるかもしれませんから前もって連絡しておきます。それでいいですか?」 「はい、お願いします。」 「我々もついていけたらいいのですがなにせ今、他に大きなヤマを二つも抱えていまして。私も香坂もこれから出なければならないので、すみませんが轟さんたちだけで行ってもらえますか?あ、くれぐれも内閣政府によろしくお伝えください。」 田端さんが申し訳なさげに頭を掻きながら頼み込んできた。というか田端さん、いたんだ。すっかり香坂さんを当てにしていたよ。 「はい。分かりました。」 俺たちは住所を聞いて警察署を後にした。
「そんな・・・信じられない。如月さんに限って・・・。」 俺は茫然としていた。 「私だって信じたくないわ。でもネックレスのことを考えると・・・。」 「偶然ということもありえるじゃないですか!」 俺は如月さんを犯人だと思いたくなくてムキになった。 「五人の内、二人がいなくなる寸前に如月工房に立ち寄っていたのよ。偶然過ぎるわ。」 「でも如月さんにはアリバイがあります。失踪した時間に如月さんは店にいた。現場にいないのにどうやって連れ去る事が出来ると言うんです。」 「普通の人間だったら出来ないわね。共犯者がいるとかいうなら別だけど。でもそれよりも何よりも彼には特別な力があるわ。」 「如月さんが妖怪だからですか?」 それがどうしたっていうんだと食ってかかりたい気持ちをぐっとこらえ冷静に聞く。 「そうよ。妖怪の中には妖術によって人間を遠隔操作することが出来るものがいる。一種の催眠術ね。それなら花田さんや川本さんたちが自分の足でふらふらとどこかへ歩いていったのも説明がつくわ。」 「そんな・・・!だったら人間にだって可能じゃないですか。人間だって催眠術使える人がいるわけだし。」 俺は必死で茜さんに食い下がった。茜さんは困惑している。 「太郎、お前随分如月に肩入れしているが人には誰しも裏の顔というのがあるのだぞ。」 「でも如月さんにはないですよ!」 「ないという根拠はなんだ?いい人そうだったからか?そんなの理由にならないのはお前も分かっているだろう。それにハヤトも言っていただろうが。如月には恐ろしい裏の顔があると。忘れたのか?」 こういう時に限って伯父が正論言ってきて悔しい。 「だったら如月さんのところへ行って直接聞いてみましょうよ!如月さんが犯人なのかどうか!」 「お前何言っているんだ!?正直に答えるわけないだろうが。現に昨日嘘つかれたわけだし。」 「まだ嘘とは決まっていない!」 「太郎!!」 伯父は俺を厳しい目で見てくる。分かっているんだ。ネックレスのことを考えると如月さんが怪しいということは。でも信じたくないんだよ、俺。 ふぅ〜。淳さんが一つため息をついた。 「太郎君の言うとおりだ。如月さんの所へ確かめに行こう。僕も如月さんが犯人だとは思いたくない。茜ちゃんだってそうだろう?」 「うん。」 茜さんが思いっきり頷いた。 「だったら確かめよう。そして信じよう、彼が犯人ではないということを。」 「はい。」 淳さんの言うとおりだ。如月さんに会ってすべてを話してもらおう。 「私はいかんぞ!!」 といって突然伯父が近くの電柱にしがみついた。 「なんで!?」 聞き捨てならない伯父の言葉に憤慨すると 「私が行っても足手まといになるからな。ここで待っている。」 「・・・伯父さん、如月さんが怖いんですね。」 俺がげんなりして聞くと伯父は慌てた。 「何を言っているのかさっぱり分からんな。私は野暮用があるのを思い出しただけだ。」 「野暮用って?」 俺に問い詰められて冷や汗をかいている伯父。そんな伯父を見ていつもの所長だと呆れる茜さんと淳さん。 「そ・・・それは・・・。」 ただいま伯父は言い訳の考え中。 「それは?」 「煙草を買いに行ってくる!」 「伯父さん今禁煙中ですよね?」 「犬の散歩!」 「どこに犬がいるんです?」 「猫の散歩!」 「猫は散歩しません。するとしても自分で勝手に散歩するでしょ。いい加減往生際が悪いですよ。伯父さんは朝舞探偵事務所の所長でしょ!しっかりしてください!」 入社二年目の甥っ子に怒られた伯父はとたんにしゅんとなった。 「如月さんの所へ行きますよ!」 俺は伯父の腕を引っ張って電柱から引きはがし如月工房へ向かった。淳さんと茜さんは顔を見合わせてくすっと笑い俺たちの後をついてくる。ふと、淳さんが失踪者の家族に会う約束があることを思い出した。 「ご家族に会うのは後にしよう。電話番号聞いた?」 「念のために聞いといたわ。断りの電話入れとくわね。」 「よろしく。」
如月工房の前へ辿り着いた。でもシャッターが閉まっている。シャッターには『定休日』という看板がかかっていた。 それを見た途端伯父が元気になった。 「いやぁ今日は定休日かぁ。実に残念。さぁ、ホテルに帰ろうか。」 どこからどう見ても嬉しそう。 「如月さんの家ってどこなのかな。」 俺が何気なく呟くと伯父の顔色が変わる。 「ばっ!せっかくの休日にお邪魔したら悪いだろう!社会人は休日がご褒美なのだ!」 伯父は焦り、隙を見れば帰ろうとする。だが俺は伯父を離さない。 「お隣のお店の人が知っているかもね。」 茜さんはさっそく隣の花屋の主人に声をかけた。 「すみません。お聞きしたいんですけど、如月さんのご自宅ってご存知ですか?私たち如月さんにちょっと用がありまして。」 「あぁ、それならここのすぐ近くだよ。俺も如月さんにはいろいろ世話になっているからな。地図書いてあげるからちょっと待ってな。」 花屋の主人は親切に地図まで書いて教えてくれた。 「ありがとうございます。」 「いいってことよ。」 俺たちは地図を頼りに歩き出した。伯父は恨みがましい涙目で花屋の主人を睨んでいる。 「伯父さん、失礼だろう?親切に教えてくれたのに。」 「それを余計なお世話っていうんだ。」 「はいはい。」
表通りに出て500mぐらい南へ歩き、信号を左へ曲がって裏道に入ったところに閑静な住宅街があった。その中に如月さんの自宅はあるらしい。住所の指し示すところに立ってみれば平屋の小さな家があった。木造で築30年といったところか。見た感じではいかにも借家っぽかった。塀から蜜柑の木が覗いている。 ピンポーン。ドアのチャイムを鳴らした。まもなく中から人が現れた。 如月さんだ。 如月さんはとても驚いたような顔で俺たちを迎えた。 「皆さん、どうしたんですか?」 「急に来てしまってすみません。ちょっとお聞きしたいことがありまして。今大丈夫ですか?」 茜さんが聞くと如月さんは中へ入るように快く勧めてくれた。 「どうぞ、お入りください。狭苦しいところですみません。」 「いいえ。」 家の中も小さかった。しかしちゃんと整理整頓されていて、カーテンは明るいクリーム色で家具も置き過ぎずかといって少なすぎず適度な感じ。なので狭苦しさは感じさせない。俺たちは茶の間に通された。 「今お茶をいれますね。」 如月さんは愛想よく台所へ消えて行った。如月さんがあまりに朗らかなのでこれから切り出す話題を思うと気が重くなる。 「あの、おかまいなく。」 言ったそばから申し訳なく思う。胸がチクチク痛む。淳さんも茜さんも顔が沈んでいる。 まもなく如月さんが入れたてのお茶をもってやってきた。お茶のいい香りが辺りに漂ってそれが俺の気分をより重くした。如月さんはこんなに親切なのに俺って何しているんだろう。そう思うと悲しくなってくる。 「如月さん、聞きたいことがあるんです。」 淳さんが決意をし、突然切り出した。ちょっと淳さん待って!心の準備が・・・! 「なんでしょう?」 「もう一度お聞きします。失踪事件に如月さんは本当に関わっていませんよね?」 つい昨日聞かれたことを突然また切り出され如月さんは酷く驚いている。しかし同時にここへ来た理由が分かったのか苦笑いすると 「はい。関わっていません。」 如月さんは動揺もしないではっきり答えた。 「実はさきほど警察署へ行ってきまして。」 淳さんが続けた。如月さんは警察署という言葉を聞いたとたん目を泳がせ動揺した。俺はそれを見逃さなかった。まさか如月さん、本当に・・・。 そのタイミングを逃すまいと茜さんが問う。 「失踪した二人の女性はいなくなる直前に如月さんのお店に立ち寄っているそうですね。そのことで警察に事情を聞かれたとも聞きました。なぜそのことを私たちに黙っていたんですか。」 「話す必要がないと思ったのです。」 「・・・。」 如月さんの即答に俺たちは沈黙した。確かに初対面の俺たちになにもかも話さなければならない義務はない。でもこれじゃまるで聞かれることを予想してあらかじめ用意していた答えにも思えてきて逆に如月さんへの不信感が芽生えてしまった。 「アリバイがあるというのは知っています。警察ももう如月さんのことを疑っていません。ネックレスのことも偶然だと思っているようです。でも私たちは正直あなたを疑っています。」 「どうしてですか?」 「あなたは妖術を使えるからです。」 「・・・。」 断言する茜さんをまっすぐ見つめていた如月さんはやがてふと視線を逸らした。どこか寂しげな瞳。 以前の俺ならこの瞳に騙されただろう。でも今は違う。優しさも親切さも如月さんの芝居に思えてくる。ハヤトさんが言っていた冷酷な裏の顔が次の瞬間にさらけだされて、凶暴に俺たちに襲い掛かかってくるのではないかという怖ささえ感じてきている。 「そうですか。僕が犯人ですか。」 寂しそうに呟く如月さん。 俺は身構えた。緊張が背中を走る。茜さんも淳さんもすぐに臨戦態勢に入れるように構えているのが分かった。伯父さんは相変わらずびびって涙目だ。 物憂げな如月さんの横顔とは正反対の張り詰めた空気がその場を支配する。 如月さんは庭の蜜柑の木を見つめている。なんとも言えない悲しそうな表情なので妙に気になった。そういえば如月さんの作品にも必ず蜜柑があった。蜜柑になにがあるんだろう。 俺が思っている疑問を淳さんも思ったらしく優しい口調で尋ねた。 「如月さんの作品には必ず蜜柑が描かれてしますよね。始めは如月さんが特別に蜜柑が好きなのかと思いましたがそれだけではないような思えて・・・。なにか深い思い入れがあるような気がしてならないのです。」
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