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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第23回   23
岐阜警察署の前に到着した。警察署の玄関口に白髪混じりの痩せた体躯の刑事が立っていて俺たちの顔を見るなり近寄ってきた。しかも手もみすりすり付きで。
「もしかして轟茜さんですか?」
刑事は愛想よく声をかけてきた。
「はい、そうです。私が轟茜です。」
「これはこれはよくぞおいでいただきました。私は田端と申します。轟さんは政府内閣とお知合いだそうでお若いのにすごいですね。田端の名前を憶えていただければ幸いと存じます。」
田端刑事は旅館の亭主のような愛想の良さと営業マンのようなゴマすりで目尻を垂らしている。ゴマすって上層部に取り入るつもりだろう。残念ながら茜さんは取り計らいなんて死んでもやらないタイプだけどね。
「名前覚えておきますわ。」
茜さんはすまして答えた。これは5分後には忘れるということだな。
「早速、岐阜県で起きている婦女連続失踪事件について詳しいことを教えていただきたいのですが。」
「もちろんです。」
「あ、私の同僚も同席で構いませんよね?」
茜さんが念を押して聞くと
「はい、もちろんです。そちらの方も敏腕探偵だそうですね、伺っております。どうぞこちらへ。」
俺たちを署の中に案内してくれる田端刑事の後姿は旅館のおやじそのものだった。まぁ、怪しまれることなく事が運んでよかったけど。
刑事たちは忙しく動き回っている。気合を入れる為なのか怒号が飛び交っていた。それが逆に頼もしい。俺たちは今まさに捜査の最前線に出くわしている。
刑事たちの留守を守る机たちが雑然と立ち並ぶその一角に案内された。
やがて若い刑事が俺たちの所へやってきた。
「初めまして。僕は香坂と申します。話は田端先輩から聞いています。こちらが事件に関する資料です。」
香坂刑事は若者らしく実にテキパキと捜査資料を俺たちの前に広げてくれた。
「初めまして。私は轟茜です。こちらが片桐淳。こちらが朝舞俊次、その隣にいるのが朝舞太郎です。」
茜さんに紹介されそれぞれに挨拶を交わした。
「突然お邪魔してしまってすみません。よろしくお願いします。」
「こちらこそ事件解決に協力してくださってありがとうございます。」
香坂さんはいかにも正義感溢れる若者。事件の真相を掴んでやろうという貪欲で純粋な目をしている。この純粋な刑事もいつか田端さんのようになるのかと思うと切なくなってくる。いや、田端さんみたいな現金な人、嫌いじゃないけどね。
「早速ですが失踪した時の状況が分かるものはありますか。目撃情報とか。」
茜さんが切り出した。
「はい。こちらが調査資料です。」
渡された資料には事細かにその時の状況が記されていた。俺たちはそれに目を通す。
「ご覧の通り、失踪者に共通していることは失踪する直前まで友人や家族、同僚たちと一緒にいたということです。友人や家族はそれまで普通に失踪者と行動を共にしていた。失踪者もいつもと変わりない様子だったとのことです。」
「行方が分からなくなっている人たちがいなくなるような原因とかは思い当たらないのですか?例えばなにかに思い悩んでいたとか。追い詰められていたとか。」
「それはないと家族も友人も断言しています。いつもとなんら変わらない様子だったと。しかし家族や友人は得てしてそう答えてしまう傾向はありますね。家族や友人は相手がそこまで悩んでいたことに気がつかなかったとは思いたくないですから。」
俺たちは見落としがないか調書をじっくり読んだ。調書にはこう書かれている。
『失踪者がいなくなった場面を家族や友人は誰も目撃していない。しかし第三者の目撃談によると失踪者は自らの意志でその場から離れたようだ。』
この一文が妙に気になった。
「すみません、これどういう意味ですか。自らの意志って。」
俺が尋ねると香坂さんは
「それなら映像を見た方が早いと思います。失踪した時の状況が分かりますから。」
「映像があるんですか?」
「はい、防犯カメラの映像です。失踪した五人のうち、三人が近くの防犯カメラに映っていました。今それをお見せしますね。」
香坂さんはそう言うとCD-ROMをパソコンにセットし立ち上げた。画面に映し出されたのはどうやら店先。おそらく商店街の防犯カメラだろう。
「失踪者の名前は花田友実さん。一緒に映っているのは父親と母親、それに妹の春香さんです。家族で外食に出掛けた時に事件は起こりました。」
場所は食堂の前。ショーウインドウにはサンプルメニューが並んでいる。花田一家はどれを食べようか迷っているのだろう、それぞれメニューを凝視しながら話し合っているようだ。そしてほんの少し友実さんが家族から離れた時だ。友実さんは何かに気づいたかのように後ろを振り返り、それからすぐにそちらの方へ向かって歩き出した。他の家族はメニュー選びに夢中になっていて友実さんがいなくなったことに気づいていない。
しかしそのうち母親が友実さんがいないことに気づきそのことを父親と妹に告げ、三人で友実さんを探している映像だった。
「ご覧通り、家族が目を離している隙に友実さんは立ち去っています。それも自らの足で。これを見る限りは自分の意志で行動しているように見えます。」
「しかし、友実さんがなにかに気づいたように振り返っているのが気になりますね。」
「そこは確かに気になります。これが例えば小さな子供でしたらなにかを見つけ好奇心でそちらへ駆け出して親元から離れることはあるでしょう。でも今回は大人です。仮に好奇心でそちらへ行ったのなら自分の意志で戻ってこられるはずなんですが。」
「誰かに呼ばれたということは考えられませんか?」
「そばにいた家族も友人も同僚も誰一人、失踪者を呼ぶ声を聞いていません。失踪者だけが聞こえる犬笛みたいなのがあれば別ですが。」
俺たちはもう一度映像を凝視する。
その時だ。淳さんが何かに気づいたらしく画面の一か所を指差して香坂さんに頼み込んだ。
「すみません。ここをズームアップすること出来ますか。」
「はい、出来ます。お待ちください。」
香坂さんはパソコンを駆使して淳さんが要求したとおりに再現した。淳さんが指差した先にあるのは友実さんの胸元。白のV字のセーターの上で何かが光っている。
茜さんも食い入るように見ている。そしてやがてハッとした表情。淳さんは苦悩に満ちた表情で光っているものを見つめていた。
俺もなんとなく違和感を感じた。この光っているものはネックレスだ。でもこの形はどこかで見たことがあるような気がする。それもごく最近・・・。
あれっ?これってもしかして・・・。
俺の心臓がドキッと震えた。はっきりと自分の心臓の音を聞いた。
まさか・・・そんな・・。
伯父はというと目を細めたり顔を遠ざけたりして懸命にそれを見ようとしているがぼやけてよく見えないらしい。老眼という奴だ。
「あの・・・。他の方の防犯カメラの映像も見せてもらえますか。」
淳さんが辛そうな面持ちで頼んだ。
俺は見たくないと思った。でも見なければと思い直した。何かの間違い、はたまた勘違いということも十分にありえる。
「もちろんです。」
香坂さんは別のCD-ROMを取り出してパソコンにセットする。俺の心臓がバクバクいっている。どうかありませんように!!
今度は駅前の映像だ。駅前の広場のベンチに三人の女性が座っている。
「いなくなったのは向かって右端の女性です。川本玲子さん。隣の女性は友人たちです。」
二人の友人はおしゃべりに夢中のようだ。玲子さんはそんな二人の会話を微笑みながら聞いている。きっと自分が話すより聞く方が好きな女性なのだろう。だが玲子さんは、ふとなにかに気づいたかのように右前方を見たかと思うとすっと立ち上がった。一方、友人たちはおしゃべりに気を取られて玲子さんの行動に気が付かない。やがて玲子さんはふらふらと歩き出した。まるでなにかに引き寄せられるかのように。
数十秒後、友人たちは玲子さんがいないことに気づき慌てて辺りを探しているところで映像は切れた。
「ここをアップにしてもらえますか。」
今度が茜さんが重い口調で指をさした。
「はい。」
香坂さんは言われるままにズームアップする。徐々に拡大される画像に映ったのはやはりネックレス。友実さんのとは形状が違うが、あるものが共通している。
友実さんのネックレスは花びら。玲子さんのネックレスはハート。でもそのどちらにも蜜柑をモーチフされたものが刻まれていた。
そんな・・・。俺は愕然とした。これはきっと偶然だ。偶然なんだ!自分にそう言い聞かせる。でも自信が持てない。不安が体中を駆け巡り血圧が上昇していく。淳さんも茜さんもショックを隠せずに茫然としている。
「もう一人の映像も見ますか?」
香坂さんは俺たちの様子に何かを感じ取ったのか顔色を窺うように聞いてきた。
「・・・お願いします。」
淳さんが力なく答えた。
目の前に映し出される三番目の映像。今までの状況と同じ。
「名前は鈴木千鶴さん、一緒にいるのは会社の同僚です。飲み会の場所に向かっている時に失踪しました。」
香坂さんが説明してくれるが耳に入ってこない。気になるのはあれがあるのかないのか、それだけだ。
同僚たち数人と道を歩いている姿が映っている。同僚たちが千鶴さんから目を離した隙に千鶴さんは何かに気づきそちらの方へ歩いていってしまう。他の二人とまったく状況は同じだった。
ただ千鶴さんの場合は防犯カメラの画像が荒く、また同僚たちの影に隠れたりして胸元や指先がよく見えない。
俺たちはなにも言えなくなっていた。
「第三者の目撃談もこうです。‘失踪者は自らの足で歩きどこかへ消えて行った。消えた先は見ていない’まぁ、赤の他人の動向なんてそこまで追いませんからね。ましてや近くに怪しい人物もいないとなると。」
香坂さんの話を茫然と聞きながらも俺は浮かび上がる疑念を打ち消そうと躍起になる。
「だったらこれは自分の意志で消えたということじゃないですか。第三者の目撃談も自分の足でどこかへ行ったと言っているんでしょう?知り合いを見かけてそっちに行ったのかもしれない。警察も失踪者の知り合いなんてとっくに調べているだろうし、それでも思い当たる人物も怪しい人もいないんだからこれはきっと自分の意志でいなくなったんですよ。家出じゃないですか。」
妙に饒舌になっているのが自分でも分かった。それだけ焦っているんだ。
「決めつけるのは良くないわ。」
茜さんが俺に忠告した。でもそういう茜さんだって困惑している。
「実は我々警察も家出なのではと思っています。」
「えっ?」
香坂さんの言葉に俺は一抹の期待を持った。
「防犯カメラの映像や目撃情報を鑑みると誰かに無理矢理連れ去られたようには見えない。ご家族や友人は無理矢理誰かに連れ去られたに違いないと訴えていますがそれだって客観的じゃなくて感情的な問題ですから。」
「そうですよね!」
俺は香坂さんの意見に賛成した。


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