朝早くからやっているホテル内の喫茶店は炒ったコーヒーの香りと溶けたバターと焼きたてのパンの豊潤な香りで満ち溢れていた。南側には大きな窓があって紅葉で彩られた中庭を見ることが出来る。 俺たちは軽食を済ませた後、ハヤトさんが来るのを待っていた。 今日は警察署へ行って話を聞いてくるつもりだ。如月さんのことは朝舞に任せるということでハヤトさんと話がついていたのに昨夜ハヤトさんから急に電話があって「絶対同行する!俺も連れて行け」と言ってきかなかった。 それでこうして朝のラウンジでハヤトさんがくるのを待っている。 ちなみに俺たちがすでに如月さんに会ったことはハヤトさんには内緒にしてある。その方がいいと皆で相談して決めた。ハヤトさんが知るとややこしくなる気がしたからだ。 ハヤトさんがやって来た。朝から派手なホスト臭を漂わせている。 「おはよう、茜さんとその他大勢。ラブリーでご機嫌な朝に茜さんを見られるなんて俺も初っ端からテンションアゲアゲ〜。」 早速チャラ〜いあいさつをかましてきた。相変わらずの女好き。男は眼中にないらしい。というかラブリーな朝ってどんな朝だよ。 「おはようございます。」 挨拶は人間の基本だ。とりあえず挨拶を返す。 「さぁ!行こうか!いざ如月の元へ!!」 ハヤトは一際大きな声でGOの掛け声。周りの人たちが何ごとかとこっちを見ている。ハヤトさん朝からテンション高すぎ、こっちはいささかげんなり。ホストって普通夜型じゃないの?朝から元気なホストってなんかいやだ。 「ハヤトさん声がデカイですよ。」 俺はハヤトさんを窘めた。 「わりぃーわりぃー。でも逆にあんたらテンション低すぎ。」 いやこれが普通だから。ハヤトさんってもしかして熱血元テニスプレイヤーか?朝からパワー全開だと夕方燃料切れにならないんだろうか。 「そのことなんだけど、実は本当にテンション低いんだ。」 淳さんが神妙な面持ちで切り出した。 「え?」 ハヤトさんがキョトンとしている。 「茜さんの体調がいまいちで今日はとりあえずホテルで休んでいようということになったんだ。申し訳ないけど如月さんのところに行くのは明日以降にしてもらえないだろうか。」 「え、茜さんそうなの?」 「そうなの・・・。ごめんなさいね。」 茜さんがいかにも調子悪そうな表情で謝った。女好きのハヤトさんのことだからそれで渋々引き下がると思ったが甘かった。 「それならそうともっと早く言ってよ、わざわざここまで来たのにさ。というかそれじゃいつ如月をやっつけてくれるのさ!」 「そんなこと言っても昨日は君の都合で如月さんの所へ行けなかったんだぞ!」 淳さんはハヤトさんの言い方にムッときたのかいささか乱暴気味に返した。 「それはそうだけどさ。こっちは安くない報酬払うんだからやるべきことはやってよ!」 「やらないとは言っていないだろう。茜さんの体調が良くないから明日以降にしてくれないかと頼んでいるだけだ。」 またもやハヤトさんと淳さんの間に怪しい雲が漂ってきた。二人は睨みあっている。一触即発。 「だったらあんたが如月倒してよ。あんただって特殊能力あるんだろ。」 ハヤトは気に入らない淳さん相手に如月討伐を頼み込んできた。よっぽど切羽詰まっているんだなぁ。 俺は引っ掛かるものを感じた。俺たちは昨日如月さんに会っている。それで思ったんだ、如月さんに裏の顔もなければ連続失踪事件にも関わっていないと。だから如月さんをやっつけてと言われても不快感しかない。 「僕はダウジングや念動力や透視の方が得意なんだ。だから霊や妖怪の封印とかになると僕は茜さんの助手に過ぎない。」 それを聞いてハヤトさんは鼻で笑った。 「なーんだ。朝舞探偵事務所の男どもはみんな役立たずなんだな。」 それを聞いて俺はカッときた。確かに俺には霊感も超能力もない、だから役立たずと言われても反論出来ない。でも淳さんは違う!!これまで淳さんがどれほど多くの怪事件を解決してきたか! 「いいかげ・・・」 「ハヤトさん失礼よ!!」 たまりかねた茜さんが怒って立ち上がる。けれどここは俺だって黙っていられない。 「僕のことはそう思ってもいい。でも淳さんのことそういう風に言うならこの依頼お断りします!!」 俺は叩きつけてやった。めったに怒らない俺だがこれは許せん! ハヤトさんは目を丸くして俺を見ている。 「わ・・・悪かったよ。ちょっと言い過ぎた。」 さすがに悪いこと言ったと分かったのか、反省したハヤトさんはばつ悪そうな顔をした。 そこで伯父はコホンと咳をひとつし 「依頼をお断りいただいてもこちらは一向にかまいません。他をあたってください。」 伯父がキッパリと言った。ハヤトがギョッとして伯父を見る。守銭奴の伯父らしからぬ発言に俺も驚いた。でも伯父だって自分の部下を見下されて見過ごすわけにはいかなかったのだろう。俺は伯父を見直した。 「悪かったって。ちょっとしたジョークだよ、ジョーク。やだなぁ本気にして。ノリ悪いよ?」 ハヤトさんは焦りながら立ち上がった。 「如月のことはあんたたちにおまかせするよ。如月を始末したら俺に知らせて。じゃあ俺はこれで。」 ハヤトさんはそう言い残しそそくさとその場から立ち去った。 ハヤトさんの姿が見えなくなってから俺たちはお互い顔を見合わせてため息をついた。 やれやれ。もちろん茜さんの体調が悪いというのは嘘だ。皆で芝居を打っただけ。 今日は警察署に出向き事件の真相を探りに行く。そこにハヤトさんはいない方がいい。如月さんに対して異様なまでの敵対心を持っているハヤトさんがいたら余計なことに口を挟んで客観性を失いそうな気がしたからだ。それに俺たちが事件の真相を探るのは乗りかかった船だから。それもこちらの都合。 だから茜さんの体調が悪いという嘘をつくことにした。そうでもしなければハヤトさんはどこまでもついてきただろう。はっきりいって足手まといになりかねないし。 「それにしても茜ちゃんの体調が悪いと分かってもちっとも茜ちゃんを心配していなかったところをみると女好きというのも本当の姿ではないように思えてきたなぁ。」 淳さんがぼそっと呟いた。 「裏を返せば結局それだけ綾さん一筋なんだということならいいんだけどね。」 茜さんも何か引っかかったようだ。 「まぁいいわ。とりあえず警察署に行きましょう。」 俺たちは気を取り直して席を立った。
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