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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第20回   20
「如月さんは綾さんのこと愛しているんですね。」
と、突然茜さん。そのとたん如月さんがズサズザっと後ずさりした。今は壁に張りついて焦っている。何が起こった!?
「なっなっなぜそのことを・・・!」
如月さんは顔を真っ赤にしている。うん、実に分かりやすい。
「見れていれば誰だって分かりますけど。」
茜さんがやれやれといった口調で答えた。
「そっそんなばかな!!」
如月さんが慌てふためている。背中にガビーンという文字が浮かんでいる。如月さんってもしかして天然?
「綾さんは如月さんの気持ち知っているんですか?」
茜さんは遠慮なくずばずばと聞く。
「・・・いいえ。」
如月さんが戸惑いながらも答えると茜さんの顔色が変わった。
「まさか自分の気持ちを伝えていないんですか!?」
ビクッとする如月さん。茜さんの鬼気迫る迫力に如月さん怯えています。俺も怯えています。
「はい・・・。」
「なんで!?」
茜さん、如月さんに迫る迫る。怖いです、茜さん、一旦お茶にしましょう。
「綾ちゃんと僕は友達だからです。」
如月さん、恐る恐る答えたのはいいもののその言葉が茜さんを怒らせるとはこの時誰も予想出来なかった
「と も だ ち ですってぇ?」
「す、すみません。僕が友達になってくださいと綾ちゃんに頼んだんです。で、出会って一か月ぐらいのことだったかな。」
目が据わっている茜さんに顔ドアップで責められて如月さんは目を泳がせながら必死で答えている。
気の毒な如月さん。こうなった茜さんは走り出した王蟲です。誰にも止められません。ここは腐海と化すでしょう。
「その時は友達としてと思ったかもしれないけど今は違うでしょう?そうなんでしょ?」
有無を言わせない茜さんの迫力。
「は、始めから異性として意識してました。でもそんなこと言ったら綾ちゃんは引いてしまうと思ったから言えなかったです。今も昔も綾ちゃんをあ、あ、あ、愛しています。」
まるで取調室で鬼の刑事に白状されられる気弱な犯人の図。
「余計なお世話かもしれないけどあえて言わせてもらうわ。男だったらその気持ちを伝えなければ駄目でしょう!」
余計なお世話とは分かっているんですね。でもやめないんですね。
しかしそれまで怯えていた如月さんの顔からふっと力が抜けたと思うと今度は憂いを帯びた目になった。
「怖いんです。」
「怖い?」
「失うのが怖いんです。綾ちゃんを失うのが・・・。」
その言葉を聞いた途端、茜さんは鬼刑事から一人の優しき女性の顔に戻った。
「綾ちゃんがもし僕の気持ちを知ったら綾ちゃんは僕に気を遣うようになってしまう。綾ちゃんは優しいから。例え僕を愛してなかったとしても僕を傷つけまいとして言葉や態度を選び続け、そのうち気疲れしてしまうと思うんです。そうなってしまったら・・・。」
「そうなってしまったら?」
「きっと僕たちの関係は変わってしまう。変わるだけならまだしも、終わってしまう気がして。僕は綾ちゃんと一緒に生きていきたい。友達としてでもいい。綾ちゃんが僕の傍にいてくれるならそれだけで十分なんです。」
「本当にそれで十分なの?」
茜さんが如月さんの目を優しく覗き込んで尋ねた。如月さんは敵わないと思ったのか本音を吐露することを決めたようだ。
「本当は僕の気持ちを伝えたいです。友達としてではなく恋人として綾ちゃんと向き合いたい。でも分かっているんです。僕が自分の欲望のままに突き進んだら綾ちゃんは困るだろうことを。」
如月さんは捨てられた子犬みたいな悲しげな瞳だ。俺も如月さんの気持ちが分かるような気がする。失うぐらいなら友達としてでもいいから傍にいて欲しい。うん、分かる、分かるよ。モテない男は大抵そんなものだ。って如月さんを勝手にモテない仲間にしてちょっと反省。俺、よっぽど寂しんだな、俺かわいそう。
しかし如月さんの言葉が茜さんの癇に障ったのは間違いなく。茜さんの顔が叱るおかんの顔になってく。
「これだから男ってやつは!!」
茜さん怒りモード。起伏激しすぎ(汗)
突然の変わりように如月さんは目を白黒させている。
「なんで女心が分からないの!あんなに顔を赤くして映画のチケットを渡した綾さんの気持ちが分からないの?」
「それは綾ちゃんにとって誰かを誘うことは勇気がいることですから。」
如月さんが言い訳をするが茜さんは尚も如月さんに詰め寄り
「だーかーら!それはあなたのことが好きだからでしょ!惚れているからでしょ!今までも思い当たる節はなかったの?よく考えてみなさいよ、この鈍感男!!」
初対面の相手にど、鈍感男!?しかも相手は強い妖怪。茜さんと如月さんが会ったのは今日が初めてだよな?容赦ないな茜さん・・・。
如月さんはというと茜さんの言葉に愕然としている。
「綾ちゃんが僕のことを・・・?」
顔が真っ赤。口があわあわしているから今初めて綾さんの気持ちに気づいたのだろう。ちなみに鈍感男と面と向かって言われたことはまったく気にしていないらしい。まぁそれどころじゃないよな。
「今まで気が付かなかったの?どんだけ鈍感なの?でもいるわよね、そういう人。他人のことには敏感に気づくのに自分のこと、特に恋愛のこととなるとまったく気づかない。」
「す、すみません。」
如月さんが思わず謝った。
「本当男っていざとなると意気地ないわよね。だいたい言わなくても分かるだろうなんて男のエゴなのよ!言葉にしなければ伝わらないのよ?いい加減気づきなさいよ!」
「「「す、すみません!」」」
その場にいる男全員が思わず謝った。謝らないと茜さんが魑魅魍魎を呼び寄せてしまうようで怖い。なにかあったのかな茜さん。
「この先どうなりたいのかはあなた次第よ。」
「はい。」
茜さんに念を押されて如月さんは力強く頷いた。その表情は決意を胸に秘めた男の顔だった。如月さんの決意を感じ取った俺はなんだかとてもほっとした。それは淳さんや伯父も同じようで笑みが浮かんでいた。
でもそうなると如月さんはモテない仲間卒業か。これは寂しいかも。
「それはそうと一つ聞きたいことがあるのですが。」
伯父がいきなり質問した。
「作品を拝見させてもらってところ、どれもこれも蜜柑がデザインされていますね。もしかして蜜柑が大好物とか?」
出たよ。今度は蜜柑星人が仲間を集めようとしている。
「蜜柑は普通に好きです。これは勇気を出して欲しくて・・・。」
如月さんは慈愛溢れる瞳で作品を見つめている。きっと綾さん絡みなんだろうな。綾さんに送るメッセージ、いや、愛の言葉か。
「おや、もうこんな時間か。」
伯父が腕時計を見ながら呟いた。
「そろそろおいとましますか。」
淳さんが同意を求めた。
「そうね。」
「あの、犯人探しに協力できることがあるかもしれません。なにかありましたらなんでも言ってください。」
如月さんに言われるまで肝心なことを忘れてた。ここに来た理由が飛んでいたな。
「そういえばそうだった。」
淳さんと茜さんが顔を見合わせて笑っている。
「ひょっとして僕への疑いは晴れました?」
如月さんは恋愛以外のことには敏感なんだな。実に惜しい人だ。
「はい。あなたみたいなヘタレな人にあんな大それたこと出来るわけありませんから。もちろんいい意味でのヘタレですよ。」
茜さん、にっこり笑ってヘタレってきついっすね。というかいい意味でのヘタレってどういう感じ?
如月さんは器がでかいのかヘタレと言われても笑顔だ。
「またお越しください。」
「はい、是非。今度は買いに来ますよ。」
「ありがとうございます。」
するとここで如月さんは俺たちに心を許したのかのような柔らかな表情で
「もし良かったらあなたたちのお名前聞かせていただいていいですか?こんな風に人間相手に胸の内を話せたのは初めてなんです。きっとあなたたちが僕たちのことを人間ではないと分かってくれているから包み隠さず話せたのだと思います。安心出来るというか・・・。」
「如月さん・・・。」
俺は如月さんの言葉に改めて気づかされた。この人間社会で妖怪たちが自分の正体を隠しながら暮らしていくのは息が詰まるだろう。そしてその辛さは元から人間に生まれた俺たちには分からない。「この世には妖怪も幽霊も存在する」と声高に叫んだってそれを信じていない人間の方が大半だ。もちろんそういう存在を信じて朝舞探偵事務所を訪れる人はいる。そういう人たちがもっと増えて欲しいと願う。だからこそ俺たちは妖怪・幽霊問題も取り扱いますと堂々と看板に掲げているんだ。いつか妖怪と人間は当たり前のように共存し合う世界が来ると信じて。
「これは申し訳ない、自己紹介は一番初めにすることでした。」
伯父は謝り、俺たちも申し訳ない気持ちを抱きつつ和やかに自己紹介をした。そして俺たちは如月工房を後にした。

 気づけば辺りに紺色の帳が下りていた。街燈が灯り、店や家から洩れる明かりがほんのりと夜を照らしている。どんなに文明が発達しても明かりがあることに安堵するのは心がある証拠だ。明かりを見つけるたびにこの世界に自分以外の誰かがいてくれて良かったと思う。
夜風が歩道の落ち葉をひらりと返す。誰もそれを見ていないが今は確かに秋だ。
俺たちはとりあえずホテルへと向かった。
「茜さん、どう思います?僕にはどうしても如月さんが事件に関わっているようには見えません。」
俺にしてはきっぱり言った。だってどこをどう見ても如月さんはいい人だ。
「僕も太郎君に同じ。裏表があるようには見えない。確かに持っている妖気はすごいがそんなことも忘れさせてしまうくらいに実直な人だよ。」
「私も同感だ。私は妖気は見えんが人間性は見えるつもりだ。あれは根っからいい奴だ。裏の顔なんてハヤトの作り話だ。」
「そうね。私にも如月さんが仮面を被っているようには見えなかった。もしあれが芝居だったとしたら人間不信になる自信があるわ。」
「じゃあ、如月さんは白ということですね。」
俺は声を弾ませた。
「となると事件はなにも進展なしか。はてどうしたもんか。」
淳さんが考え込む。
「警察に協力を仰ぐしかないわね。」
茜さんがぼそっと呟いた。俺はそれを聞き逃さなかった。
「警察に協力を仰ぐってどんな風にですか?」
「有力な情報を貰うのよ。」
茜さんはなに聞いているの?という風に答えた。で、俺即つっこみ。
「いやいやいや。警察が協力してくれるわけないじゃないですか。そりゃあドラマとかでは警察が探偵に情報提供したり一緒に現場聞き込みしちゃったりしますけど。けれど現実はそう甘くないですよ?警察は探偵なんか鼻で笑っていますよ。ましてや個人保護法がうるさい昨今、被害者と縁もゆかりもないまったくの赤の他人の僕たちに情報をホイホイと渡してくれるわけがないじゃないですか。警察署に行っても門前払いが関の山ですよ。」
言ってやった。しかし茜さんは
「よくもまぁ後から後からスラスラと言葉が出てくるわよね。感心しちゃうわ。」
と、まるで取り合わない。
そこで俺は思いついた。茜さんにはなにか秘策があるんだ、と。あるとすればあれだ。
「知らなかったです。茜さんのお兄さんは警視総監だったんですね。」
「は?」
茜さんは俺のドヤ顔にきょとんとしている。
「なに言っているの太郎ちゃん。私の兄は引きこもりの霊能力者であって警視総監という肩書はないわ。」
え、警視総監ではない?というか引きこもり?気になるワードだ。でもそれはこのさい置いておいて。
「じゃあ、淳さんのお兄さんが警視総監とか。」
「いや、残念ながら僕の兄は普通のリーマン。でも将来はラーメン屋やりたくて密かにラーメン道場に通っているけどね。」
淳さんは俺の考えを見抜いているらしくニヤニヤしながら答えた。茜さんは怪訝そうに俺を見ている。
「となると僕の出番か。残念ながら僕には兄がいません。姉はいますけど兼業主婦でスーパーでレジやってます。伯父さんは見ての通りたいした人脈もってないですから期待しない方がいいですよ。」
「おい、どさくさに紛れて私をディスるな。」
伯父が軽く俺の頭にげんこつをかました。しかし伯父の顔もにやけている。
「ごめん、さっきから太郎ちゃん何言っているの?意味分からないわ。」
茜さんが呆れたように言った。
「某ドラマのごとく兄弟である警視総監から情報を貰うのかと思ったんですけど。」
俺の答えに茜さんははぁ!?って顔している。もしかして俺軽蔑されちゃっている?
「太郎ちゃんひょっとして如月さんの妖気に当てられてどうかしちゃった?」
「いいえ。」
いつもの俺だよな?多分。
「私たちには戸田さんと園山さんという切り札があるでしょう。あの二人を使わない手はないわ。」
政府の中枢にいる人間を使いっ走りする茜さん、怖いものなしですね。


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