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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第19回   19
重苦しい空気が辺りに漂う。その時だ。
「如月さん。」
店の方から女性の声がした。それを聞いた如月さんの顔がとたんにぱっと明るくなった。
「ちょっとすみません。」
如月さんは一言俺たちに断ると軽い足取りで店へと消えて行った。
「綾ちゃんいらっしゃい、仕事の帰りかい?」
「はい。」
綾ちゃん?綾さんがきたのか?驚いてちらっと店の中を覗くと綾さんがいた。何か手に持っているようだ。それを見た茜さんはすうっと俺の横を通って店に出て行く。本当、茜さんって行動力抜群だよな。たまには立ち止まって欲しいと思いつつ俺たちも茜さんに続いた。
「こんにちは、綾さん。」
「あ、茜さん!?片桐さんも?あ、朝舞さん、こ、こんにちは。」
綾さんもかなり驚いたらしく噛み気味に挨拶してくる。
「綾ちゃんと知り合いなんですか?」
如月さんもかなり驚いたのであろう、俺たちを見て目を丸くしている。
「はい。知り合いです。というかさっき知り合ったばかりなんですけど会ってからまだ二回目という気がしないです。」
茜さんがそう答えてにっこり微笑む。すると綾さんの頬が赤らんだ。嬉しそうにはにかむ綾さんを見て俺も嬉しくなった。
「茜さんたちも如月さんの作品が好きなんですか?」
共通の趣味の友人を見つけたかのように瞳を輝かせて聞いてくる綾さん。俺の胸がズキッと痛んだ。まさか如月さんを失踪事件の犯人じゃないかと問い詰めにきたとは言えない。
「そうよ、如月さんの作品のファンなの。」
茜さんは戸惑いながらも答えた。
「そうなんですか。」と喜ぶ綾さん。俺の心に罪悪感という重い鉄の玉が落ちてきた。苦渋に満ちた茜さんたちの顔。
それを察した如月さんは話題を逸らすかのように
「綾ちゃん、今日は?」
「あっ。」
それまで浮かれていた綾さんの頬に赤みが増し、妙にもじもじしている。
如月さんはそんな綾さんを不思議そうに見つめている。
綾さんは俺たちの顔を見た。それから何か決意したように小さく頷いた。
「あ、あの・・・これ!」
綾さんは顔を真っ赤にしながら握りしめていたものを如月さんに渡した。
「これは?」
「そ、そ、それは映画のチケットです。」
綾さん耳まで真っ赤。
「それで、その、あの・・・一緒に・・・。」
つっかえながらもなにかを必死で伝えようとしている。如月さんの優しい眼差しが綾さんを見守っている。綾さんはというと顔から火が出るくらいに恥ずかしがっている。
これはあれだな、映画に誘いたい女と誘われたい男の図だ。俺にとってはなんとも目に毒な話だ。俺に彼女がいたのは高校二年からの二年間。しかも卒業式の日にふられた。それっきり俺の隣はいつも空席だ。ふぅ〜、なんか旅に出たくなってきた、探さないでくれますか?
綾さんは「一緒に行って。」の一言がなかなかいえない。如月さんはその言葉を待っている。もうじれったいな!俺が代わりに言ってやろうか?そう思った時だ。
「わ、わ、私と一緒に行ってくれませんか!」
言ったーーーー!ついに言った!!
如月さんは一瞬驚いたようだがすぐに満面の笑顔になって綾さんの手を取った。
「ありがとう!!絶対行くよ!!」
如月さんはこれ以上ないくらいの喜びの笑顔。それを見た綾さんはほっとしたように一つため息をついたがその瞳には見る間に涙が浮かんできた。感激しているんだろうな。
「待ち合わせの日時と場所は僕が決めていいかい?」
綾さんはおもっきり頷いた。
「じゃあ、後でメールするよ。」
「はい。あ、あの・・・ありがとう。」
「うん、こちらこそありがとう。」
如月さんが優しく微笑むと綾さんも微笑んだ。そして俺たちに深くお辞儀すると
「それじゃまた。さようなら。」
踵を返してそそくさと帰ってしまった。出だしで右足と右手が同時に出ていたのは緊張していた証だろう。如月さんは綾さんの後姿が見えなくなるまで見送っていた。
「初めてですよ。」
如月さんがぼそっと呟いた。その顔は感慨深げだ。
「初めてとは?」
「初めて綾ちゃんから誘われました。」
「綾さんと出会ったのは三年前ですよね。」
「そこまで知っているんですか。」
如月さんは驚いたように茜さんを見た。
「はい、聞きました。」
ハヤトさんから聞いたという事は伏せておくみたいだ。
「僕と綾ちゃんが出会ったのは三年前です。僕は近くの公園で毎日ランニングをしているんですがベンチでいつも一人で佇んでる綾ちゃんを見かけるたびに気になっていたんです。いつもさみしそうで悲しそうで。」
「それで声をかけたんですね。」
「はい。声をかけたのが三年前です。綾ちゃんはとてもびっくりして怯えていました。でも僕は次の日も次の日も声を掛け続けました。初めの一か月くらいは綾ちゃんはおどおどしながら僕と接していたんですけどそのうち慣れてきたみたいで。」
「綾さんも話せるようになったんですか。」
「いいえ。」
そう答えた如月さんは当時を思い出したのか苦笑いした。
「僕が一方的に話し続けました。綾ちゃんはただ黙ってそれを聞いているだけ。僕ばかりいろんなことを話しました。天気の話、昨日あったこと、アクセサリー作りのこと、好きな映画、好きな芸能人、苦手な有名人、昨日のドラマ、取るに足りないささいな出来事をいくつも。僕ばかり話しているから綾ちゃんは嫌がっていないかと思ってある日聞いてみたらそんなことないと言ってくれて。綾ちゃんはいつもニコニコしながら聞いてくれるので僕もそれに甘えてしまって僕は避けられていないんだと勝手に思い上がって。本当は綾ちゃんから話してくれるのをずっと待っていたんですけど。」
「綾さんは内気ですからなかなか自分から話せなかったのしょうね。」
「はい。それでも隣で話し続ける僕に気を許してくれるようになったのが二年前くらいかな。綾ちゃんもいろんなことを話してくれるようになりました。」
「良かったですね。」と茜さん。
「はい、良かったです。」
如月さんはとても嬉しそうに答えた。
「でも、綾ちゃんが自分のことを話してくれるようになってそれまで綾ちゃんがどうやって生きてきたのかも知りました。どうしていつも一人でいるのか、どうして自分に自信がないのか、も。」
「綾さんは自分の正体を他人に知られることを怖がっていますものね。」
「・・・やはりご存知でしたか。」
「本人から聞きました。半妖怪だということも、腕のことも。それがばれるのが怖くて他の人と仲良く出来ない。他人に踏み込みこむことも踏み込まれることも極端に恐れているんですよね。」
「綾ちゃんが僕に気を許してくれたのも僕が妖怪だからです。初めて会った時から僕が普通の人間ではないことは気づいたはずです。僕も気づきましたし、お互い妖怪ですからね。自分の正体がばれても妖怪相手なら平気だと思ったのでしょう。」
如月さんはそう答えると自嘲気味にため息をついた。だから俺は言った。
「そんなことないと思います。如月さんの性格が綾さんを安心させたのだ思います。妖怪だからとか人間だからとか関係ないです。」
如月さんは「ありがとう」と言って静かに微笑んだ。
ありがとうと言いつつその表情はどこか寂しげなのはきっと本気でそうとは思えないからだろう。だからなのか次の瞬間俺の口をついて出たのは。
「でも綾さんは変わりましたよ。少なくとも変わろうとしている。そしてそれは如月さんという存在があるからです。」
「朝舞さん・・・。」
俺の脳裏に浮かんだのは秀美の顔。緑川は最近変わってきたけど、でもまだまだだわというツンデレの顔だ。
「だってそうでしょう?会社の同僚に自分からおはようって言ったり自分から如月さんを映画に誘ったり。そんなの僕らにとっては当たり前のことでも綾さんにとってはどれほどの勇気がいったか。」
如月さんは自分の手にあるチケットを見た。
「確かにそうですね。僕の目から見ても綾ちゃんは変わろうとしているのは分かります。自分から他人と関わろうとしている。綾ちゃんにとっては大きな一歩ですね。」
如月さんはそう呟くととても大切そうにチケットを握りしめた。愛おしそうにチケットを見つめている。
あぁそうか・・・。如月さんも綾さんを愛しているんだな。そして綾さんも如月さんを愛している。これはハヤトさんに勝ち目はないな。


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