作業場はやはり狭かった。ところ狭しと道具が置いてある。けれど雑然としているわけではなくちゃんと使い勝手が良さそうに整理されている。グラインダー、金やすり、鉄ノコ、ハンマー、タガネなど実に様々なものが如月さんの作品を作り上げるのに一役買っている。 「すごいですね、いかにもここで芸術作品を作っていますって感じで。」 淳さんが感心したように言えば 「芸術作品だなんてそんなたいしたものではないですよ。自分が好きなものを好きなように作っているだけです。」 如月さんは謙遜した。 「いや、それがすごいんですよ。自分の好きなように、やりたいようにやってそれで暮らしていけるのは才能がなければ出来ない事です。」 「でも生活していくのはやっとですよ。きりつめてなんとか暮らしています。でも好きなことをやらせてもらっていますから贅沢は言えません。」 如月さんは謙虚で堅実な人、いや妖怪のようだ。なんかハヤトさんが言っていた裏の顔なんて微塵も感じさせないんだけど。 俺はハヤトさんが嘘をついているのではないかと思えてきた。このまま帰ろうか?と思いはじめた時だ。いきなり茜さんが切り出した。 「ところで如月さんは岐阜県で起こっている婦女連続失踪事件をご存知ですか。」 俺はぎょっとした。なんの前置きもなくいきなり切り出すなんて茜さん無茶し過ぎ。俺の心臓がバクバク鳴りはじめた。淳さんもさすがに驚いているらしい。伯父さんは口をあんぐりあけて固まっている。 「はい、もちろん知っています。ここ半年で若い女性ばかり行方不明になっているんですよね?近所の人も不安がっています。」 「私たちはその事件に如月さん、あなたが関わっているのではないかと疑っています。」 言ったーーーーーー!! 茜さんが言った。言ってしまった。しかもかなり単刀直入過ぎる。怖い怖い!これから一体何が起きるんだ!?妖怪大戦争か!!天が落ち、地が割れるのか!? 俺はごくっと唾を飲んだ。伯父は今にも泡を吹きそうだ。火ぶたが切って落とされたら俺と伯父は一刻も早くここから逃げ出さないと茜さんと淳さんの足手まといになる。 俺は如月さんの顔色を窺った。如月さんは動揺するか、はたまた俺たちに知られたと思って攻撃してくるのか、そのどちらかになるだろうと踏んでいたのだが。 如月さんは実に冷静だった。動揺もせずにじっと俺たちを見つめている。この冷静さが逆に怖い。嵐の前の静けさというやつか。 「どうしてそう思ったのでしょうか。誰かに言われました?」 如月さんは至って平常心で聞いてきた。まったく動揺していない。ひょっとして本当に関係ないのか、関係あってもばれない自信があるのか。 茜さんは如月さんの瞳の奥を覗いている。おそらく如月さんの本心を探ろうとしているのだろう。張り詰めた空気が一面に漂う。緊張でピリピリと肌が痛む。 しばらくの沈黙が流れた。この間俺は生きた心地がしなかった。なんの前触れもなく妖気が殺意の矢となって俺に殺到してきたらどうしようと怯えていた。 やがて如月さんが口を開いた。 「僕はその事件に関係ないですよ。」 実に堂々と実に当たり前のように否定した如月さん。まぁ、そう簡単に認めないのは分かっていたが。如月さんは疑われても別段憤慨している様子もなければ疑っている俺たちを咎める様子もない。 「そうですか。疑ってすみません。」 茜さんは実にあっさりと謝った。どういう気持ちで謝ったのか俺には分からない。本当に謝ったのかそれともまだ疑っているのか。あとで茜さんに聞いてみよう。 「それでここに来たわけですね。」 如月さんが聞けば茜さんはなんの躊躇もなく頷いた。 「そっかぁ、やっぱり僕は疑われているんだ。」 「やっぱり?」 「あぁ、いえなんでもないです。」 否定するその表情はどこか悲しげ。それさえも表向きの演技だったらすごいけど演技でなかったら申し訳ないことしている気がして胸が痛んだ。
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