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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第13回   13
茜さんも淳さんも伯父さんも矛盾を感じているらしく首を傾げている。
「綾さんは友達としてなら付き合えるとハヤトさんに言ったんじゃないの?ハヤトさんからそう聞いたけど。」
「えっ!そうなんですか!?」
綾さんは心底驚いている。
茜さんの唇の端が歪んだ。茜さんは今こう思っている。
ハヤトのやろぉーーーーぶっ飛ばす!!
俺も同感だ。ハヤトさんは脳内で自分に都合のいいように筋書きを書き換えていたんだな。
「ハヤトさんがそんなこと言っていたんですか・・・。でもハヤトさんがそう思うのも無理ないかもしれません・・・。」
「どうして?」
茜さんが早速食いついた。
「ハヤトさんはきっと私の迷いを感じてとっていたんだと思います。」
「あなたの迷いって・・・もしかしてハヤトさんと恋人になってもいいと思っていたということ?」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
綾さんは申し訳なさそうな顔をしている。きっとここにいないハヤトさんのことを悪くいうのを気にしているのだろう。
「この際はっきり言っちゃった方がいいわよ。ハヤトさんのことは男として見られないんでしょ?」
「・・・はい。」
ハヤト撃沈。一縷の望みも消えた。
「ハヤトさんに期待を持たせてしまった私が悪いんです。私がもっとはっきりとした態度と言葉で友達としても付き合えないと言えば良かったんです。それが出来なかったら・・・中途半端な気持ちで曖昧に答えてしまったから。私、ハヤトさんの言葉に甘えてしまったんです。」
「ハヤトさんの言葉?」
「友達でもいいからそばにいてもいいか?と言われて私はそんなこと出来ないと一応断ったんです。でも絶対駄目とは言えなかった。だって本気で嫌だと思っていなかったから。」
「それってあなたが心のどこかで友達として付き合いたいと思っていたという事よね。でもそれって相手にとっては残酷な話だわ。愛している相手に友達としか付き合えないと言われたも同然だから。それって相手に失礼な話だわ。それならいっそきっぱりはっきり絶縁宣言された方が相手もあなたへの未練を吹っ切って次の恋に進めたかもしれない。」
「・・・そうですよね。私ハヤトさんに本当に申し訳ないことしてしまって・・・。私は・・・本当最低な人間です!」
綾さんは心の底からハヤトさんに申し訳なく思っているようだ。唇を噛みしめ辛そうな顔をしている。ぎゅっと握りしめた拳が小さく震えている。ちゃんと意志をはっきりさせなかったことを心底後悔しているんだ。
「綾さん、どうしてハヤトさんと友達になってもいいと思ったんですか。こう言っちゃなんだけどハヤトさんは軽いし女好きだし。綾さんはあういう男は苦手っぽそうだから。」
俺は後悔で打ち震えている綾さんが気の毒になってなにか言わなければと焦り、よりによってこんなことを聞いてしまった。
綾さんは答える事を戸惑っていた。それはそうだ。初対面の相手にこんなこと話す義理ないもんな。余計なこと聞いちまった。
だけど綾さんが戸惑っているのは俺たちに話すのが嫌なのではなくて、自分の心を吐露することを躊躇っているようだった。
「ごめんなさいね、余計なこと聞いて。このことは忘れてね。私たちはもう行くわ。」
茜さんが綾さんを気遣って去ろうとした。俺たちもそれに従う。
「私って卑怯者なんです!」
突然の綾さんの大きな声が茜さんを引き留めた。俺たちも足を止めて振り返った。
綾さんは話すことを決意したようだ。今までの綾さんと違って目に強い意志が浮かんでいる。
「私はなかなか友達が出来なかったんです。物ごころついた時からいつも一人でした。自分から声を掛ける事が出来なくてたまに他の人から声を掛けられても上手く応えることが出来ない。ずっとひとりぼっちだった。でも心の底では友達が欲しいと思っていたんです。ただ勇気が出せなくて・・・。そんな時に如月さんに出会いました。」
「如月さんね。ハヤトさんから聞いて知っているわ。」
茜さんが優しく答えた。
「如月さんはこんな私に声を掛けてくれて。友達になろうと言ってくれて私本当に嬉しかった。天にも昇る気持ちになりました。友達がいる毎日というものがこんなにも楽しくてこんなにも幸せなことなんだと生まれて初めて知ったんです。だから私、浮かれてしまったんです。浮かれてしまってもっと友達が欲しいと思ってしまった。ハヤトさんの気持ちを知っていながらハヤトさんに甘えてしまったんです。」
「・・・。」
「ハヤトさんに告白された時はとても驚きました。友達としてではなく彼女になって欲しいと初対面で言われましたから。」
やっぱりハヤトさん、焦り過ぎ、がっつきすぎなんだよな。
「如月さんと出会うまで友達さえいなかったったのにいきなり恋人になんて無理だと思いました。それに私なんて彼女にしてもらう資格ないんです。」
「どうしてそう思うの?」
「恋人として付き合ってもきっとすぐに相手が私に失望すると思うんです。例え付き合ってもきっと私に飽きて去っていく。そして私はまた一人になるんだろうなと思ってしまって。でもこのままでは駄目だとは分かっているんです。もっと自分に自信を持たなければいけない。変わらなければ駄目だ!と自分に言い聞かせているんです。でもどうしても勇気が出なくて。また一人になるのが怖くて。」
ひとりぼっちになったうさぎのように綾さんは震えている。
「今、あなたの頭に思い浮かべている顔は誰?如月さん?」
「えっ。」
茜さんの言葉にかなり動揺している綾さん、顔が真っ赤だ。分かりやすい。なんとか別のことを言おうとあたふたしている。
「わ・・・私は友達がいることが嬉しくてもっと欲しくなって欲張ってしまったんです。だからハヤトさんの友達でもいいからという言葉に甘えてしまってハヤトさんの気持ちも考えずに。ただ友達が欲しいというだけでハヤトさんを傷つけてしまった。私は・・・私は卑怯者なんです。」
「そういうことだったんですね。」
俺は相槌を打つことしか出来なかった。確かに始めにちゃんと強い言葉で断らなかった綾さんも悪いけど、諦めないハヤトさんにも問題がある。綾さんは綾さんなりに断ったんだから。
「綾さんはどうしてそんなに自分に自信がないの?」
茜さんがスバッと聞いた。
「ちょっと茜さん!」
俺は慌てて茜さんを止めるが茜さんは綾さんの目をじっと見て答えを待っている。
「それは・・・。」
戸惑う綾さん。
「自分が半妖怪だから?」
「!!」
綾さんは驚愕して目を見開いた。
「茜さん!」
俺はたまらなくなって茜さんの腕を掴んで制止した。でも茜さんは止まらない。
「綾さんが普通の人間じゃないことはハヤトさんに聞いていました。いいえ、例え聞かなくても一目見て分かりました。あなたからは妖気が感じられる。」
「・・・。」
「そんなことないですよ、綾さん!どこからどう見ても人間にしか見えません。初めて見た時からそう思ってました。人間じゃないと言われても信じられないです!!」
俺は焦って、フォローになっているのか、なっていないのか分からない事を口走ってしまった。
すると綾さんはふっと悲しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。でもいいんです。茜さんの言う通りです。私も茜さんをひと目見ただけで霊感がとても強い方だと分かりました。だからきっと私のこともばれているんだろうなと思ってました。片桐さんもそうですよね。」
淳さんは辛そうに静かに頷いた。
「あなた方には私の本当の姿をみせてもいいかなと思いました。だからいろんなこと喋っちゃったのかな。」
綾さんは自嘲気味に笑うと周りを見渡して他に人がいないのを確認すると突然自分の左腕のシャツをまくりあげ始めた。
やがて見えてきた包帯。俺は見てはいけないものをこれから見るんだろうなと漠然と思いながら見ていた。
綾さんはおもむろに包帯を外していく。そこに現れたのは魚のうろこのように逆立った肌。そこだけ黒く毛羽立っていてどこからどう見ても人間の肌には見えない。
俺は息を飲んだ。茜さんたちは悲しげな目をしてそれを見つめている。
「普段はいつも包帯をして隠しているんです。だから真夏でも長袖。一番困ったのは学生の時でした。学校の授業で水泳がありますよね。包帯を巻いたままでは水には入れないから水泳の授業はいつも休んでいました。毎回、親に連絡帳に書いてもらうんです、体が弱いために休みますって。今までプールにも海にも入ったことありません。だって自分が普通の人間ではないということがばれてしまうから。」
「他の部分も同じなの・・・?」
茜さんが辛そうに聞くと綾さんは頷いた。
「両腕の二の腕がこうなっています。」
綾さんはそう言うと悲しそうにうつむいてしまった。
「ねぇ、半妖怪だということがそんなに恥ずかしい?」
いきなり茜さんが強い口調で尋ねた。
「え・・・はい。だって普通の人間じゃないから。」
綾さんは戸惑いながら答えた。
「普通の人間であるということがそんなに重要なこと?」
再び茜さん。俺は茜さんが言わんとしていることが分かった。綾さんは驚きを隠そうとせず茜さんを見つめている。
「みんな何かしら苦悩を抱えているわ。自分だけ他人と違うものを抱え人知れず悩んでいる人もいる。それとは逆に確固とした自分だけのものを持てずに悩む人もいる。それでも皆必死で生きているの。例え自分が他の大勢と違っていても、例え自分の個性が大勢の中で埋もれてしまっていてもそれぞれに懸命に生きているのよ。そりゃあ自信や自尊心が後押ししてくれればいいけどそう上手くいかないし。結局どんな自分でも生きていかなければならない。皆そうなの、あなただけじゃないのよ。」
「・・・。」


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