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作品名:朝舞探偵事務所〜この蜜柑を君に〜 作者:空と青とリボン

第12回   12
ホテルから少し歩きバスに乗り込み西へ行くこと数十分。公園前で俺たちは降りた。
「綾はこの近くの会社で働いているんだ。昼休みはこの公園のいつものベンチで一人で弁当食べているんだけど・・・。今日は見当たらないな。ちょっと探してくるわ。」
ハヤトさんはそう言うと広い公園の中へ消えて行った。
俺たちは公園の入り口で待つことにした。
すると道の向こうから三人の女性たちが会話しながらやってきた。どこかの会社員だろう、白い長そでシャツに紺色の制服が黄金色の落ち葉に映える
「緑川綾って本当見ていてイライラする。」
ふいにその内の一人の会話が耳に入ってきて驚いた。自然と俺の耳がダンボになる。
「秀美って緑川のこと本当嫌いだよね。なんで?」
もう一人の女が愉快そうに聞きかえした。
「嫌いっていうかさ・・・。あいつっていつも自信なさげで周りの人間の顔色窺っててさ。おまけに一年中長袖着てるとか。なんかイラつくんだよね。」
「あー確かに。絶対長袖だよね。もしかして大きな痣とかあるんじゃないの?」
「さぁね、そんなことどうでもいいわ。でもムカつくからさぁ、パシリにしてやった。ハムカツサンド買ってきて!と言ってやったわ。」
「何それ。昨日は緑川に自分の分の仕事押し付けていたし、秀美って容赦なーい。」
酷いことを言ってる自覚がないのかケラケラ笑っている。
「だってムカつくんだもん!いつもおどおどしていてさ!」
そこでさっきから二人の会話を聞いていたもう一人が口を挟んだ。
「でも最近、緑川さんって変わってきたと思わない?以前は朝、顔を合わせてもおどおどしながら会釈するだけだったのにこの頃は自分から「おはようございます」って言うようになったりさ。いきなり挨拶されてこっちはびっくりしたけど。」
「あーそういえば私も挨拶されたわ。相変わらず小さい声だけどね。秀美もおはようございますって言われてたじゃん。」
「あんなの変わったうちに入らないよ。」
秀美という女はきっぱりと言い捨てた。
「どちらにしろほどほどにしときなよ。あまりやり過ぎると上司にチクられるよ。」
「緑川にそんな度胸あるわけないじゃん。」
秀美とその同僚達は自分たちの日頃の所業を恥じる事もなく大きな声で会話しながら通り過ぎていった。一人だけまだマシなのがいるのがせめてもの救いか・・・でもっ!
さっきの女たちは綾さんの同僚だ。綾さんの陰口を言っていたんだ。俺はなんか腹が立ったのでそいつらに一言言ってやりたくて後を追いかけようとした。でも伯父が俺の肩をつかんで止めた。
「なんで!?」
俺は憤った。
「綾さんの知り合いでもないお前が何を言うつもりだ。綾さんにとって余計なお世話じゃないのか。」
「でも!!」
俺は納得出来なくて茜さんと淳さんを見た。茜さんも淳さんもあいつらの会話を聞いたんだ。二人とも辛そうな顔をしている。とたんに俺は複雑な心境になって押し黙ってしまった。あいつらに一言いってやるのが余計なお世話なのかな・・・。俺には分からない。
「お待たせーーー。待った?」
そこに実に軽いノリのハヤトさんが戻ってきた。隣には女性がいる。肌は透けるように白く、瞳は大きくてはっきりいってかわいい。超俺の好み。この人が緑川綾さんか。
綾さんはコンビニ袋を持っていた。袋の中にはハムカツサンドが入っている。俺はなんとも言えない気持ちになった。綾さんは俺たちを見て戸惑っている。おどおどしていると言ってもいい。
「あの・・・この方たちは・・・?」
隣のハヤトさんに尋ねた。今にも消え入りそうな小さな声。耳を澄まさなければ聞き取れない。
「さっきも言ったろ。俺の友人たち。」
「そうですか。」
綾さんは恥ずかしそうに半歩前に歩み出て自己紹介を始めた。
「私は緑川綾と申します。初めまして。」
「私は轟茜です。初めまして。よろしくね。」
茜さんは親しみやすそうな笑顔で挨拶した。そんな茜さんを見て綾さんはほっとしたのかちょっと勇気がでたようだ。ハニカミながら笑顔を見せてくれた。
「僕は片桐淳。よろしくね、綾さん。」
「よ・・・よろしくお願いします。」
「僕は朝舞太郎、そしてこっちが僕の伯父の朝舞俊次。親しくしてやってください。」
「あ、こら!太郎!なんでお前が私の分まで自己紹介するんだ。私にも挨拶させろ!」
「伯父さんの自己紹介って長いじゃん。聞いてるカラスもあほーあほーってあくびしますよ。」
「馬鹿だなぁ太郎は。あくびしながら鳴けないぞ。そんなこと出来たら前代未聞だ。ムツゴロウに教えてやらなければならん。」
「いや、つっこむところはそこじゃなくて。」
力説する伯父さんに呆れる俺。いつもの光景。でも綾さんはくすくすと笑っている。
「あ、ごめんなさい。とても仲良さそうだったからつい。」
綾さんは勝手に笑って悪いと思ったのか慌てて謝った。
「いいんですよ。いつものことです。大いに笑ってやってください、特に伯父さんを。」
俺の言葉にまた微笑んだ綾さんを見て俺はなんだかほっとした。確かに綾さんは内気だけど人づきあいは悪くないと思うんだ。
その時だ。
『女々しくて女々しくてつらいよ〜ぉ』
いきなり携帯電話の呼び出し音が鳴った。慌ててハヤトさんがポケットをまさぐる。
「もしもし?あ、店長?俺今日休みっすよ。え?え!?マジっすか!?分かりました、今すぐ行きます!!」
急用の電話だったのかハヤトさんは焦っている。
「どうしたんですか?なにかあったんですか。」
俺もちょっと焦って聞いてみた。店で何かあったのか?というかなんの店?
「わりぃー。俺のお得意さんが店で酔って暴れてるんだそうだ。麗磁浪を出せ!麗磁浪に会わせろってね。まったくモテる男はつらいよなー。まぁちょっと行って鎮めてくるわ。俺の顔見れば落ち着くだろう。」
ハヤトさんは言うが早いか突風のように去ってしまった。
「れいじろうって誰?」
俺がきょとんとしていると綾さんは困ったように笑いながら教えてくれた。
「ハヤトさんはホストなんです。」
「・・・・。」
やっぱり。いかにもって感じだ。ということはれいじろうって源氏名だな。というかどんな漢字書くんだよ。茜さんも呆れている。
「ちなみにお店では人気実力ナンバーワンだそうですよ。ハヤトさんがそう言ってました。」
綾さんが小声ながらも楽しそうにハヤト情報をくれた。うん、綾さんやっぱり人づきあい苦手じゃないね。
しかしハヤトさんのナンパっぷりはもはや職業病か。根っからの女好きなんだろうなぁ。それにしてもちゃんと綾さんが本命なんだよな?自信なくなってきた。いやいや、信じるんだ!あれは仮の姿だ!ハヤトさんは綾さんに一途なんだ!!・・・のはず・・・。
「あんなハヤトさんに口説かれてあなたも大変ね。」
茜さんが心中お察ししますとばかりに綾さんに同情を寄せた。
「知っているんですか?」
「まぁ一応彼の友人だから(本当はただの依頼者だけど)」
「そうですか・・・。実はちょっと困っています。」
綾さんは気まずそうに答えた。
「あういう輩にはびしっと言ってやった方がいいのよ。甘い顔見せるとつけあがるから。」
茜さん、きびしーい。
「一応友達としてもお付き合い出来ないとは言ったんですけど・・・なかなか聞いてくれなくて。」
綾さんは顔を赤くして必死で答えている。あれ?でもこれじゃハヤトさんが言っていることと違わない?ハヤトさんは友達として付き合うならオッケーしてくれたと言っていたぞ?
なんだか雲行きが怪しくなってきた。


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