ただいま新幹線の中。俺たちは贅沢にもグリーン車で移動している。 俺の隣には茜さん、前の先には淳さんとハヤトさんが座っている。そして俺の席の後ろには伯父さん。伯父さんは売店で買った蜜柑を食べながら涙目だ。 俺は振り返って伯父さんを慰めた。 「まぁまぁ伯父さん。たまには茜さんや淳さんの仕事ぶりを見るのもいい刺激になりますよ。」 「伯父さんじゃなく所長と言え。」 「はいはい。それにしても伯父さんはまた蜜柑食べているんですか。いい加減蜜柑食べ過ぎですよ。医者から食べ過ぎないように言われているんでしょ。」 「これが飲まずにいられるかってぇの!第一、医者からは蜜柑を食べるなと言われてないぞ。蜜柑の食べ過ぎだとは言われたが。」 「どんどん黄色くなってしまいますよ。良いんですか?」 「黄色いことの何が悪い?」 「いや別に悪いとは言っていませんが。」 「もともと黄色人種なんだ。多少もっと黄色くなっても問題あるまい。」 「いやそういうことではなくて何事も過剰すぎるのは良くないということです。」 「あーはいはい。太郎は大先生様ですねー。えらいですねー。すごいですねー。」 ・・・むかつく。伯父さん今年幾つだよ。子供かよ。 「乗車券拝見いたします。」 突然女性の声がしてそちらの方を見ると女の車掌さんがいた。 伯父は慌ててポケットから乗車券とグリーン券を出した。車掌さんはにこやかに 「ありがとうございます。」 車掌さんは俺のところにも来たので早速渡した。茜さんも同様。次に淳さん。 「ありがとうございます。」 女の車掌さんに涼しい声で礼を言われるとちょっとドキドキしてしまう。 でも車掌さんの声、淳さんの時はトーンが一段と高かった気がする。くそぉ、車掌さんは淳さんがタイプか。 次に車掌さんはハヤトさんに 「乗車券を拝見いたします。」 それを合図にハヤトさんの病気が出た!! 「はい、どうぞ。ねぇ、俺を君の終着駅に連れてってくれないか。」 さっそく車掌さんを口説きやがった。車掌さんはにっこりとほほ笑み 「グリーン券も拝見出来ますか?」 華麗にスルーした。ナイス車掌さん! 「孤独という長いトンネルを抜けたあとは君という美しい未来だった。俺はここまで走ってきた甲斐があったよ。」 いや、走ってきたのは新幹線でハヤトさんは座ってただけだろ。 しかしハヤトさんは尚も食い下がる。 車掌さんは素晴らしき営業スマイルで 「ありがとうございました。」とにこやかに爽やかに去って行った。 ハヤト撃沈。しかし本人はまったくめげていない。 「さすが固い職業の女はガードも堅いな。だがそこがいい。そこをドリブル突破してゴールネットを揺らすのが男ってもんだろ。な、太郎君。」 「知りません。僕は体育の授業ではいつもゴールキーパだったんで。それにそんな手当たり次第に女性に声をかけるから綾さんに相手にしてもらえないんじゃないですか?」 「言ったろ?俺が女に声を掛けるのは社交辞令だって。美しい女性には礼儀を尽くさないとな。」 「はぁーそんなもんなんですかね。」 すると茜さんはしょーもない話に業を煮やしたのか 「そんなことはどうでもいいから。まずは綾さんに合わないと。会って綾さんがどういう人なのか知りたいわ。」 「そうですね。そしてその後はいよいよ如月さんと対峙ですね。」 「・・・そうね。」 同意した後、茜さんはふと何かを考えこんだ。 「おいおい、怖気づいてもらっちゃ困るよ。依頼はちゃんと受けたんだろ?」 ハヤトさんの言い方ってちょい上から目線だよな、腹立つ。 「怖気づいてないわよ。失礼ね。ちょっと作戦を練っていただけよ。」 茜さんも負けじと応戦した。 「それならいいけど。あ、一応念を押しておくけどあいつは表向きは善人だ。そう簡単に裏の顔を見せたりしないだろう。あいつの言動に騙されるな。油断するなよ。」 「分かっているわ。」 ハヤトさんはそれを聞いて安心したのかおもむろに立ち上がり 「ちょっとトイレ行ってくる。」と言い残し席を立った。 「しかし如月さんは本当に連続失踪事件の犯人なのかしら。」 俺は茜さんの呟きに驚いた。そして憤慨した。 「何言ってるんですか!そうに決まっているじゃないですか!」 「あらどうして決めつけているの?」 「だってハヤトさんが嘘ついているようには見えないし。」 ハヤトさんは確かにチャラし軽いし、つい最近までカニカマを蟹だと勘違いしていたおバカさんだけど綾さんのこととなると真剣だった。あんなに必死であんなに真剣になって綾さんを救ってくれと懇願していた。あの姿が嘘だとは到底思えない。 「だからお前は甘いって言ってるんだ!。」 突然後ろからげんこつが降ってきた。伯父さんだ。 「いってぇ!何するんすか!」 「いいか?物事というのはあらゆる方向から見なければならん。片一方だけの話を鵜呑みにして決めつけては判断を誤ってしまうだろ。私たちは常に多くの情報を仕入れなければならん。特にこういう商売はな。」 「まぁそう言われればそうですけどぉ。」 俺はげんこつくらった頭をなでながらふて腐れた。伯父から見れば、社会人になったとはいえ俺はまだまだ子供なんだろう。そんな俺を見ていた茜さんはくすっと笑った。 「とりあえず会ってみなければね。百聞は一見にしかずよ。」 「ところで太郎。お前蜜柑持ってないか?もう食い終わっちまった。」 「はやっ!!持っているわけないでしょ!」 まもなくしてハヤトさんが席に戻ってきた。 新幹線は名古屋駅に到着し、そこから特急に乗り変え岐阜へと向かった。
岐阜に着いた時は辺りはすっかり暗くなっていた。 「今日はもう遅いですね。綾さんに会うのは明日にしましょう。」 淳さんの提案に皆賛成した。 俺たち朝舞組は空き室のあるホテルを探した。泊まるところは案外すぐに見つかった。ハヤトさんはそれを確認すると自分の家に戻っていった。 翌朝、ハヤトさんが俺たちが泊まっているホテルのロビーまで迎えにきてくれた。もちろんホテルのロビーでもフロント係の美人を口説いていたのは言うまでもない。ハヤトさんはいついかなる時でも自分の信念を曲げないようだ。ここまでくればあっぱれというしかない。
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