「人間は宇宙人というとタコみたいな姿を想像する。タコじゃないからな。この姿は地球人を真似て変身しているだけだ。本当は人間の姿などしていない。かといってタコみたいじゃないからな。」 「・・・分かりました。で、本当はどんな姿をしているんですか?」 「知りたいか。」 宇宙人が纏う雰囲気がいきなり変わった、脅迫めいたおドロおドロしいものに。宇宙人の背後からゴゴゴゴッという怪しい音がする。なんか怖い。 「知りたくありません。そのままでいてください。」 「うむ。」 世の中には知らない方がいい事もある。 「なぜ僕が日本語を話せるかと聞いたな。それはこれがあるからだ。」 そう言うと宇宙人は耳から小さな黒い物体を取り出した。見るからにイヤホンのようだが。 「これは地球語翻訳機だ。地球上のあらゆる言語がこの中にインプットされている。お前たちが喋っている言葉は瞬時に解析され、僕が言いたいことは脳の中に表示される。それに倣えば地球語もスムーズに話せるというわけだ。まぁ地球人が千年かかろうと開発出来ない優れものだがな。優れた技術、優れた僕の頭脳があってこそ可能になるのだ。」 なんかいちいち気に障る物言いをする宇宙人だな。地球の事馬鹿にしてないか?さすがにむかついたので嫌味の一つも言ってやりたくなった。 「そんな優れたお方が小銭泥棒とは世も末ですね。」 「だから小銭泥棒ではないと言っているだろうが!!」 「じゃあなんなんです!!自販機丸ごと盗むなんて小銭泥棒以外考えられないでしょ!」 「それは・・・。」 俺の物おじしない勇気ある問いかけに怖じ気づいたのか宇宙人はどもってしまった。 「もしかして自販機マニア?それなら納得いくわ。」 茜さんがなるほどという表情で割って入ってきた。確かに納得だ。 「それも違う!!」 宇宙人はむきになって否定してきた。 「だったらなんだっていうのです。一体なにが目的なのですか。地球征服でもしようというのですか。」 突如ここにはいないはずの第三者の声が響いた。振り向くとそこには戸田さんと園山さんとトムがいた。俺たちと宇宙人のやりとりを見て近づいてきたのだろう。 だが、すっかり警戒心を解いた俺や茜さんと違って三人の表情は硬い。それはそうだ、さっきまでの宇宙人との漫才のようなやりとりは聞いてないから。 俺はそんなに緊張することないのにと思いつつ宇宙人を見やった。しかし、そこにいたのは先ほどまでの宇宙人ではない。殺気、それも俺と初めて対峙した時の殺気なんか子供だましだったんだなと思えるくらい今は遥かに禍々しく生々しい。戸田さんたちを恫喝する目はひと睨みで相手の内臓を焼き尽くす凶器そのものだった。 俺の中に再び戦慄が走った。そうだ、こいつはやっぱり宇宙人なのだ。そして戸田さんのいう事は間違っていなかった。この宇宙人は俺たちだから近づいてきたのだ、危険はないと分かっていたからだ。俺と茜さんは舐められていただけ。 キーンと張り詰めた空気で耳が痛くなる。一側触発。遅れをとったものがヤラレル。 「目的はなんだ。なぜ自動販売機を盗む。」 トムが言いながら間合いを計ってにじり寄る。その手には拳銃。えぇー!拳銃!?ドラマや映画でしか見たことがない本物の拳銃。果たして宇宙人に拳銃がきくのか分からないがトムのことだから普通の拳銃ではなく対宇宙人用か。え?でもいくらFBIとはいえ日本で拳銃所持が許されるの? 「そんなもので僕が殺せると思っているのか。」 宇宙人が流暢な日本語で挑発した。 「そんなものかどうかは撃たれたあとに気づくだろう。その時はもう遅いがな。」 トムの迫力は凄まじい。ビリビリと殺気が伝わってくる。トムの標的ではないはずの俺が身の危険を感じるほどだ。これが本物のFBI。こえーよ、トム・・・。 すると宇宙人は大げさにため息をついた。宇宙人でもため息つくのかと俺は妙なところで感心した。宇宙人のため息が戸田さんの眉間にしわを作った。 「なにが言いたい。」 戸田さんが尋問した。すると宇宙人は実に飄々とした態度で 「僕は別に地球に危害を加えるつもりなんて毛頭ないのに地球人はなにをそんなに警戒しているのか思ってね。考えが浅いよ?宇宙人といえば地球征服しにきたとか考えが安直。」 戸田さんの眉間の皺がよりいっそう深くなる。まぁ宇宙人の物言いが不快だから仕方がない。 完全に地球人を舐めている態度。地球人なんて弱すぎて相手にならないと言いたげだ。 「それならなぜ自動販売機を盗む?なにが欲しいのだ。目的はなんだ。」 戸田さんは一歩も引かず問う。小銭泥棒と言いたいだろに我慢している戸田さんは偉い。 「目的もなにも、僕はただアンを探しているだけだ。」 「「アン?」」 戸田さんたちが訝しげに聞き返した。 そういえばこの宇宙人、さっきもアンって叫んでいたっけ。俺はぼんやりとつい先ほどの事を思いだした。トムが警戒心を張り詰めて聞く。 「アンとはなんだ。」 「アンとは僕の彼女だ。」 「?」 宇宙人以外のその場にいる全員の顔にはてなマークが浮かんだ。彼女?なんでここで彼女が出てくるの? 「彼女を探しているだけだ。彼女を連れて帰りたいだけなのだ。」 宇宙人がもう一度答えた。いやいや、そんなこと今は聞いていないぞ。自販機を盗む理由を聞いているんだ。 「あの・・・すみません。彼女と自販機がどう関係しているのでしょう?僕たちが知りたいのは自販機を盗む理由ですよ。あなたの彼女のことではないです。」 俺は宇宙人の機嫌を損ねないようになるべく丁寧に聞いてみた。 「だから理由を話しているだろう。」 宇宙人はすごく真面目に答えた。俺たちをからかっているのか?それにしてはやけに真剣そうだけど。 「理由になってないわ!それとも彼女が自販機とでも言うの!?」 茜さんが業を煮やしたように反論した。イライラした茜さん、嫌味を言ったんだな。 それにしても彼女が自販機ってナイス嫌味だ。だが宇宙人は、とても、真面目に。 「そうだ。」 俺は一瞬耳を疑った。今、そうだと宇宙人は答えた。そうか、宇宙人でもジョークを言うのか。新たな発見だ、友人に教えてやろう。 「ふざけるな!!いつまで我々をからかうつもりだ!!」 堪忍袋の緒が切れた戸田さんが叫んだ。戸田さんはジョークが通じないタイプなんだな。 「ふざけてなどいない。ふざけて一国の自販機を消失させるなんて酔狂な趣味など僕は持ち合わせていないぞ。カジル星人と一緒にしないでくれ。」 カジル星人って誰?初耳なんですけど。 しかしその言葉が戸田さんたちを納得させるとは思いもしなかった。戸田さんたちの様子が変わった。戸田さんがぼそっと呟いた。 「本当なのか・・・。」 えぇ!?戸田さん正気!?なんでこの宇宙人のいうこと真に受けているの?こんなのジョークに決まっているじゃん。というかカジル星人ってなに者!? 「あぁ、僕は消えたアンを探しているだけだ。決して小銭泥棒などではないぞ。」 地球にきて小銭泥棒と言われたのがよっぽど気に入らないらしい。 「自販機の中にアンさんが隠れているとでも思ったの?」 茜さんもこいつ(もうこいつ呼ばわりでいいや)のいう事を信用したようだ。霊感で相手の嘘本当を見抜いたのかそれとも疑うことが馬鹿馬鹿しくなったのかは知らないが。 「いや、自販機がアンなのだ。」 「はい?」 またこれだ。もう堂々巡り。この宇宙人は頭がおかしい。頭が良すぎて頭がおかしくなったんだろう。そういうことは世の中にはある、天才と馬鹿は紙一重だ。 「いやいや自販機は自販機でアンさんではないですよ?この自販機は何十年も前からここで自販機やっていました。」 言ってやった。はい、論破。俺って親切。 「だが今はアンなのだ。」 「意味わかんねーーーーー!!」 俺は叫んだ。もう限界だ。意味が分からないのも程があるだろう。もう切れていいだろう。 だが宇宙人は俺の目をまっすぐ見据えて 「アンが自販機に変身しているのだ。アンを自分たちの星に連れて帰るために自販機を集めた。それだけのことだ。」 宇宙人は俺たちをからかってもなければ嘘をついているわけでもない。至極真面目に答えている。これが芝居だというならハリウッドスターにもなれるだろう。
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