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作品名:朝舞探偵事務所 〜自販機がない!〜 作者:空と青とリボン

第7回   7
俺と茜さんは今青森行きの新幹線の中にいる。帰省ラッシュが始まるお盆前の平日のグリーン車ということで周りに人はほとんどいない。ちなみにグリーン車乗車代金も経費に入っている。そうでなければケチな伯父がグリーン車で行くことを許すはずがない。
車内にいるのは俺たち以外に四人。その内二人はもちろん戸田さんと園山さん。戸田さんたちは一番前の座席に座っている。
俺は窓際の席でぼんやりと窓の外を見ていた。流れゆく景色。のどかな田園風景が広がっている。青々とした稲穂が揺れる様は平和そのものだ。この平和な世界で俺たち以外の誰が宇宙人の存在を信じているというのだろう。
そんなことを考えていた時だ。
「こんにちは。」
突然隣に座っている茜さんがにこやかに挨拶をした。茜さんの視線の先には・・・誰もいない。通路があるだけだ。
はぁ・・・俺は一つため息をついた。茜さんは見える人だ。茜さんと行動を共にしていると度々こんな場面に出くわす。
「いるんですか?そこに。」
俺が恐る恐る尋ねると茜さんはにっこりとほほ笑み
「えぇ、すぐ目の前に立っているわ。若い女の人よ。」
「えぇー!?」
俺はおののいた。度々こんな目に合うがいっこうに慣れない。いっそ見えた方がそういうものに慣れるのが早いのでは?と思うほどだ。茜さんは、びびっている俺を見てこれまた小さな子供を労わるような優しい目で
「怖がることはないわよ。彼女は成仏したくて私のところへ来たの。私たちに危害を加えるつもりは全然ないから安心して。」
「はぁ・・・そうですか。」
見えない以上、茜さんのいう事を信じるしかない。
茜さんは誰もいない空間に向き直り静かに話しかけた。
「それであなたは大丈夫なの?この世に未練はないの?」
もちろん誰も答えない。沈黙が漂うだけ。それなのに茜さんは一人納得したような顔で
「そう、それなら大丈夫ね。良かったわね。」
聖母のような包容力のある眼差しで言った。はたから見ればひとりごとを言っているようにしか見えない。俺は茜さんにそっと聞き返した。
「大丈夫って何がですか?」
すると茜さんは左斜め前の席を指差し
「ほら、あそこに座っている小さな女の子。あの子の母親が今、目の前にいる人なの。残してきた幼い娘さんと旦那さんのことが心配で今までなかなか成仏できずにいたのだけどようやく旦那さんが妻を亡くしたショックから立ち直りしっかりと娘さんの面倒を見ているので安心したそうよ。見届けたので天国に行きたいと言っているわ。」
俺は茜さんの指差す方を見た。小さな女の子が隣に座っている男性と楽しそうとおしゃべりをしている。ちょっとだけ見える男性の後頭部、まだ若そうだ。しかし手慣れた様子で娘をあやしている。俺はそれをみて心がほっこりした。あの男の人は妻を、女の子はお母さんを亡くしたのだろう。それはとても悲しく辛い出来事だったはず。でもこうやって悲しみを乗り越えたくましく慎ましく生きているのだ。
「天国に送ってあげる。でもここではなんだからデッキに行きましょう。」
茜さんはそう言うとすうっと立ち上がりデッキに向かった。その後を霊がついていく、多分。俺には見えないから想像だが。
茜さんがデッキに立ってから五分が過ぎた。俺はひたすら茜さんが戻ってくるのを待った。それからまた一分ぐらい経ってようやく茜さんが戻ってきた。
「お待たせ。」
「もう済んだの?」
「えぇ。この世に未練がない霊だからすんなりと天国に旅立っていったわ。もともと私が助けなくてもじきに自分で天国に行けたぐらいよ。だからあっという間。」
茜さんはほっとしたようにため息をついた。
茜さんが行っている成仏のさせ方、それはなにやら怪しい呪文を唱えながら何やら指で文字を描き、内に秘めたるもの凄い霊力を放出させるというやり方。その霊力の凄さは俺には見えないがもの凄いものだということだけは分かる、なんとなく雰囲気で。
今、あなた鼻で笑いましたね?ええそうですよ、どうせ俺には見えませんよ。凡人ですから。
茜さんの一仕事が終わりほっと一息ついた時だ。背の高い一人の男がやってきて俺たちの前の座席に座った。金髪の頭部が座席の上に頭一つ飛び出している。どうやら外国人のようだ。だが俺はそれ以上のことは気にも留めず窓の外へ視線を移した。
「いいものを見させていただきました。」
突然の男の声。前の席の外国人の声だ。しかも流ちょうな日本語。
驚いて金髪を見やった瞬間、前の座席が突然180度回転した。外国人と正面から向き合う。体格の良い体にこれまたグレーのスーツが決まっている。俺はあまりに突然のことに一瞬にして固まってしまった。
座を回転させる時の無駄のない洗練された動き、訓練されたかのような身のこなし、何より鋭い視線が自分は只者ではありませんと自己紹介している。目は口ほどにものをいうとはこのことだ。俺を取り囲む小さい世界が一瞬にして変わった。張り詰める空気。
「あの・・・。」
びびったダンゴ虫のように身を縮こませた俺だがなんとか声は出せた。
そのなのに茜さんときたらダンゴ虫の俺をよそに涼しげな顔で
「あら、あなた、先程おみかけしましたわね。」
ときたもんだ。
「覚えていてくださって光栄です。」
外国人はこれまた流ちょうな日本語で返してきた。
「だってたった十分ぐらい前にお会いしたばかりですもの。」
「茜さん、この人と会ったことがあるの?」
俺が不思議に思い聞くと茜さんは悠然と答えた。
「さっきデッキに出た時にこの方と目が合ったのよ。隣の車両の一番前に座っていたわ。」
俺は外国人を凝視した。わざわざ挨拶にくるということは戸田さんの知り合いだろう。それとも茜さんの成仏させ現場を偶然目撃して感激して報告しにきてくれただけか?
答えは前者だった。
いつの間にか戸田さんがやってきて目の前の外国人の隣に座った、それもごく当たり前のように。俺はちらっと園山さんを見たが園山さんは変わらずに一番前の座席で新聞を広げている。しかし俺には分かる。園山さんは新聞を読んでいない。読むふりをしてこちらの動向を窺っている。背中に目がついていると思わせる空気を存分に漂わせていた。実に恐ろしい世界だ。
それに目の前にいる外国人はおそらくNASAの人かFBIの人。隙のない身のこなしから察するとFBIか。まるで映画の世界に飛び込んだようだ。
すっかり恐縮しあたふたする俺を見て戸田さんは
「そう緊張することはないですよ。この人はトム。僕の友人です。」
「初めまして。トム・デークスです。よろしく。」
トムは和やかに自己紹介すると握手を求めてきた。俺は素直にその手を握ったがトムの握力はすごかった。別にトムは締め付けようとしてはないが握っただけで相手の力強さは分かるというものだ。トムは次に茜さんにも握手を求めた。快くそれに応じる茜さん、しかも余裕のスマイル付きで。茜さんはまるで平然としている。女は度胸というが本当そうだ。いざとなったら男よりもはるかに度胸が据わっている。
「実に早い到着ですね。いつ日本に来られたのですか?」
茜さんが物おじせずにトムに聞いた。
「私は日本に住んでいるのですぐに直哉の元に駆けつけることが出来ました。日本で地球外生物に出会う事が出来るなんて日本に住んでいて良かったです。」
ガタイに似合わない当たりの柔らかい笑顔でトムは答えた。なるほど日本に住んでいるから日本語が上手なわけね。というか日本がスパイ天国だということをいまさらながら実感しました、はい。
しかし一番初めは怖かったけどよく見たら気の良さそうな人だな。この人がFBIとは驚きだ。というか俺、さっきからトムのことをFBIと決めつけているけど実は戸田さんの英会話教室の先生とかか?NASAの人という可能性もありうるけど、いずれにせよどちら方面の方ですか?と聞いても答えてくれなさそうだからやめとこう。こういうのって国家機密とかなんだろうし。
俺が一人であぁでもないこうでもないと考えていると戸田さんが鞄の中からごぞごそと何やら取り出した。
「あなたたちに渡しておきたいものがあります。」
「なんですか、これは。」
俺は興味津々で渡されたものを見つめた。これは見覚えがあるぞ。確か・・・
「放射能測定器です。」
やっぱり。宇宙から降ってきた隕石には放射能が含まれているから素手で触るなと聞いたことがある。でもそうなるとやっぱり俺たちにこなせる仕事ではないです。
「この測定器はかなり精密なものなので粗末に扱わないでくださいね。測定器が警告音を鳴らしたらただちにその場から離れて下さい。例えもう少しで宇宙人の正体が分かるという時でも構わずに一目散にその場から逃げて下さい。」
戸田さんの言い聞かせるような低い声で俺の中に緊張が走った。というか素人をそんな危険な目に合わせるってどうよ?それこそ警察や自衛隊の出番ではないの?って警察や自衛隊に申し訳ないけど。
俺は怪訝に思い眉をしかめた。それを敏感に察知したトムが
「本当はその役目は我々が背負うのが筋だと思うのですが残念ながら我々にはそれが出来ない。」
「なぜですか?」
「我々では宇宙人に警戒されてしまうからです。」
そういうことなら戸田さんからも聞いたけどね。
「あぁ、それってエリア51の宇宙人に聞いたんですよね。」
俺は何気なく言った。だって戸田さんが暗にそう言ってたし。だが俺のこの言葉を聞いた途端トムの様子が変わった。トムの目の奥が怪しくギラリと光り、全身で俺の思考を読み取ろうとしている。殺気が俺を貫く。トムの研ぎ澄まされた鋭さを目の前にして俺は一瞬にして後悔した。言うんじゃなかった・・・。殺される。
だがそこで戸田さんが助け舟を出してくれた。
「トム、そのことを太郎君に話したのは僕だ。太郎君は何も悪くない。話のなりゆき上、話さざる得なかった。それに太郎君は未確認物体に対する偏見はないしその存在を否定もしていない。太郎君も轟さんもすべてを受け止めている。警戒するには及ばないよ、トム。」
トムは友人である戸田さんの言葉を信用したのかとたんに柔らかな表情に戻った。
「すまなかったね、太郎君。」
トムは申し訳なさそうに謝った。目の前にいるのは気のいいフレンドリーな金髪蒼目。
「いいえ。」
うん、でももう騙されない。この人はやっぱり軍人だ。さっきの殺気を見たら分かる。
余計なことを言ったら次の瞬間あの世行きだ。
「まぁでもエリア51のことは都市伝説みたいに世界に広まってるから今更隠すことでもないんだけどね。」
トムはそう言って豪快に笑った。自分からその話題に触れちゃってますけどいいんですか。
「それともう一つ渡すものがあります。」
戸田さんはまた鞄の中に手をやり何やら取り出した。それをおもむろに俺たちに渡し
「無線機です。我々は自販機には近づけません。勘付かれてしまいますから。それなので遠くからあなたたちを見守りますので何かあったらその無線機で知らせて下さい。すぐに我々が駆けつけますので。」
「無線機で知らせたところで間に合いますか?相手は宇宙人ですよ。」
茜さんが俺が聞きたいことを聞いてくれた。
「出来るだけ迅速に対処しますのでご安心を。」
戸田さんは自信満々に言うがなにを根拠に安心しろというのだろう。俺は何気なく戸田さんの鞄の中を見た。鞄の口が開いていて中身がちょこっとだけ見える。
そこにあったのは双眼鏡、それも軍事用のだ。以前、ミリタリーヲタクの友人からそれによく似た双眼鏡を見せてもらったことがある。あれはバッタもんだろうけど戸田さんが持っているのは本物だ。友人が見たら喜びのあまりちびるんじゃないか?まぁそれは置いといてその双眼鏡で俺たちの動向を監視しているというわけね。
「あぁ、一つ忠告しておきますが無線機のチューニングは絶対に弄らないでください。政府専用の周波数に合わせてあるのでチューニングがずれると通信出来なくなります。」
「政府専用って・・・。」
俺はまじまじと手元の無線機を見た。政府専用の周波数ってあるのかよ。日本の平和ってこうやって守られているんだな。魑魅魍魎の恐ろしい世界だ。知らない方が幸せってもんだな。俺の気持ちを知ってか知らないでかトムはニコッと意味ありげに微笑み
「興味が出てきたらいつでもおいで。歓迎するよ。」
「いいえ、結構です。」
俺は丁重にお断りした。
青森駅に着き、そこで特急に乗り込み八戸駅へ。そこからタクシーを走らせること数十分。戸田さんが指定していた場所が遠くに見えてきた。実に閑散としていて、この町なりの商店街に導く数個の店の案内看板が立っているだけ。それに並ぶようにして自販機がぽつんと立っている。
「あれだ。」
俺と茜さんはタクシーを下り、東北の夏に舞いこんだ。瑞々しい稲穂がゆらゆらと風に揺れ夏の歌を歌っている。耳にではなく心に聞こえてくる豊潤な歌だ。
周りにはほとんど人がいない。とても静かで穏やかな時間が流れている。時折農作業にきたおじいちゃん、おばあちゃんがあぜ道に立っている俺たちの顔を見て声を掛けてくる以外に音はしない。するとまたおばあちゃんが親しげに声を掛けてきた。
「あんだそったらどこでなしてらっけ。ぬぐぐないか。」
「脱がなくても大丈夫です。こんにちは。」
青森の方言はよく分からないが暑いから服を脱いだら?と聞かれたと思ったのでこう答えた。東北の人は親切だなぁ。
おばあちゃんは首を傾げて去って行った。
狭いあぜ道の上、がたがたと揺れながらトラクターがやってきた。あたりに漂う土の匂いが強くなる。トラクターはあぜ道を器用に走って行った。
俺たちは例の自販機の前に立っている。
「無事だったか。」
俺は妙に安心した。しかしこれが日本に残る唯一の音声機能付自動販売機だということがにわかに信じられない。
「茜さん、宇宙人現れると思います?」
「さぁどうかしら。そんな都合よく事は運ばないと思うけどね。」
「ですよね。そんな漫画みたいなこと簡単に起こりませんよね。」
といいつつ日本中の自販機が盗まれるなんて漫画みたいなことが現実に起こっているわけだけど。
「とにかく宇宙人が来てくれることを信じて待ちましょう。どこかに隠れるところないかしら。」
茜さんはそう言って辺りを見回した。俺もつられて見回す。自販機から少し離れた所にちよっとした土手があるのを見つけた。
「あそこはどうですかね。」
「あ、いいわね。あそこにしましょう。」
俺と茜さんは土手に身を滑らせ身を隠した。夏草がひんやりと体を冷やす。
簡単に宇宙人が現れてくれるとは思わない。これは長期戦になりそうだ。いやそもそも現れない確率の方が高い気がしてくる。いくら俺たちが一般庶民で宇宙人に警戒されないからといって人間がいたら普通現れないだろう。内心そう思っていたが戸田さんには言わなかった。それに報酬に目がくらんでいる伯父さんの顔を見ると言いだせなかった。とりあえず一日中自販機を見張っていましたが宇宙人は現れませんでしたと報告すればいいだろう。空ぶりに終わろうがなんだろうが報酬は遠慮なく頂いておこう。危険手当だ。
土手で腹這いになって待つこと一時間。黄昏時を迎え、辺りの景色は橙色の提灯を灯したような色合いに変わった。金色に染まった稲穂は夕日を眺めている。烏がカァカァ鳴きながら茜色に染まった空を往く。烏は自宅へご帰還。でも俺たちは家に帰れない。
「もうすぐ陽がおちますよ。」
「そうね。徹夜も覚悟した方が良さそうね。」
茜さんは案外徹夜に慣れてるのか俺に軽く覚悟を促すが俺は徹夜は御免だ。夏だから凍えることはないけど何が悲しくて宇宙人待ちの徹夜をしなければならないのだ。
先を急ぐ夕陽が地平線の下に潜ろうとしたその時だ。
「来たわ。」
いきなり茜さんが言った。声が強張っている。茜さんが緊張していることは容易く読み取れた。茜さんが緊張するのは珍しいことだ。緊張はすぐさま伝染して俺の体も小刻みに震えだした。こえーよ、やっぱり。なんでよりによって宇宙人なんだよ。妖怪の方がまだ意思の疎通がとれそうじゃないか。
しかしこのまま恐れおののいて隠れたままでは伯父に叱られる。戸田さんたちは遠くから双眼鏡で俺たちの様子を窺っているし。もし、俺がびびって何もしないでいたことを伯父にチクられたら伯父は俺に軽蔑の眼差しを向けるに違いない。そしてそこから説教されること二時間という流れだろう。それならまだ宇宙人の顔を拝みに行った方がマシというもの。それにいざとなったら戸田さんたちが助けに来てくれるはず。
俺は覚悟を決めて腕に力を込めた。匍匐前進して土手を昇る。それにつられるように茜さんも匍匐前進。土手のてっぺんに辿り着きそこからほんの少しだけ顔を出して自販機の方を見た。
いる。
誰かいる。
自販機の前で微動だにせず立っている。
人間だ。人間の姿をしている。背が高く細い体躯の茶髪の男。男のくせに肌は透けるように白い。
(なんだ、ジュースを買いに来ただけか)
そう思った。しかしすぐにそれを自ら否定した。俺にも分かったのだ。その者が人ならず存在だと。
この人間が漂わす雰囲気が変だ。攻撃的なとかおどろどろしいとかそんなんじゃなくてただひたすら存在感が薄い。今にも消えてしまいそうな儚げな存在感。どんなに年季の入った影薄人間でもここまでの儚さを身に着けることは出来ない。体重も感じさせない。ひょっとして息をしていないんじゃないかと疑いたくなるような色素の薄さ。人間ではない。直感的にそう思った。
俺は震える手で懐からそっと無線機を取り出し、戸田さんに連絡しようとしたまさにその時。
「アン。君はアンなのか?答えてくれ。」
人間、いや、宇宙人が喋った。俺は自分の耳を疑い隣の茜さんを見た。茜さんも頷いた。茜さんも今の言葉を聞いたらしい。なんで宇宙人が日本語喋っているんだ。もしかして普通の人間か?宇宙人っぽい人間って少なからずいるしな、きっとそうだろう。
疑問に思う俺たちの目の前でそいつはおもむろに自販機に小銭を入れた。ボタンを押し、ガタン。ジュースが落ちる音がした。
なんだ、やっぱり人間か。俺はがっくりきてうな垂れた。
「ありがとうございます。今日もお仕事ご苦労様でした。またお待ちしています。」
聞き覚えのある声。自販機の音声が再生された。しかし次の瞬間。
「アーーーン!!」
いきなりそいつが自販機に向かって大声を張り上げた。
俺はかなり驚いた。なんだ?なにがあったんだ。心臓に悪いわ。勘弁してくれ。
得体の知れない行動にびびりながらもそいつを凝視していると、そいつは鉄を貫くんじゃないかと思うほどの熱い視線を自販機に注ぎ始めた。例えようのない異様な雰囲気が陽炎のように男の周り漂う。
俺、今、ヤバいもの見てない?しかし超能力者の仕業とは考えもしなかったな。
オーソドックスに人間による自販機泥棒だったとはね。茜さんはというとただ黙って奴を見ている。
それにしても自販機泥棒捕まえた方がいいのかな。このまま見て見ぬふりしていいものか。でもこれって警察の仕事だよね。相手は宇宙人じゃないんだもの。俺は忘れていた無線機の存在を思い出し戸田さんに連絡をとろうとスイッチを入れた。
すると茜さんがふと俺の手を止めた。俺は不思議に思い茜さんを見る。茜さんがこれ以上ないほど緊張しているのが見えた。嫌な予感がする。
おそるおそる自販機の方を見た。自販機はあるが誰もいない。なんだ、逃げたのか。
そう思ったのもつかの間だった。突如背中に悪寒が走った。もの凄い殺気を感じる。
「そこで何をしている。」
聞いたことないような低い声が俺の頭に響いた。戦慄が体中を駆け巡る。恐怖で体が固まり上手く動けないがなんとか首だけを動かして声がしたほうを見る。
そいつだった。獰猛な禽獣のような目で俺を射抜いてくる。震える俺の手から無線機が零れ落ちた。俺、ここで殺されるのか・・・?例えようのない恐怖と不安に蹂躙される俺の耳の元で突如茜さんの声がさく裂した。
「この小銭泥棒!!観念なさい!!」
あ・・・茜さん?なに言っちゃってるの?なんでわざわざ犯人を怒らせること言うかな?
慌てた俺はあなたに抵抗などしない力のない小動物ですよ、だから見逃して?というアピールを試みることにした。
とりあえず唇の両端をほんの少しあげてスマイルだ。そして降参の合図で両手を上に掲げた。なのに、なのか、それとも、だからなのか。
「誰が小銭泥棒だ!!失礼な地球人だな!」
小銭泥棒は想像もしていなかったことを言った。しかもその口調は脅しの口調ではない。漫才の突っ込みような口調。えっ?なにこの人・・・。
「小銭泥棒なんてそんなせこいまね僕がするわけないだろうが。さもしい地球人じゃあるまいし。」
しかもその後もぶつぶつ文句を言っている。さもしい地球人とかなんとか。ということはこいつは宇宙人か!
呆気にとられる俺。茜さんも同様に口をあんぐり開けている。なんというか一瞬にして気が抜けた。
「あなた、宇宙人ですよね?」
なんの前触れもなくいきなり茜さんが核心をついた。茜さん、怖いもの知らずにも程がある。しかし宇宙人らしきものはそれには答えない。
「そんなことよりなぜお前たちはそんなところに寝そべっているのだ。僕が気が付かないと思ったのか。地球人というやつは実に考えが浅いな。」
などと言ってきやがった。
「なっ・・・。これは戸田さんが俺たちだったら気が付かれない可能性があるというからっ!!」
なんかむかついたので反論した。ついでに恐怖は消え失せ俺はいつの間にか立ち上がっていた。茜さんもやれやれというふうに立ち上がる。
「なぜあなた日本語が喋れるんです。あなた人間でもなければ日本人でもないでしょ?」
茜さんはそのことがやけに気になるらしい。自販機を消せるんだから地球語はおろか、日本語ぐらい話せるんじゃないのかと俺は思うけどね、根拠はないけど。
「なぜお前は僕のことを宇宙人だと決めつけている?」
「だってあなた、さっきから私たちのことを地球人地球人と言ってるし。」
「しまった!!」
・・・宇宙人が一人ボケツッコミしている。これって現実?俺の中の宇宙人像が崩れていく。
「それがなくても私はあなたが宇宙人だということに気が付いていました。私にはそういうものを感知する能力があるのです。」
「そうか。なら隠す必要もないな。そうだ。僕は地球の者ではない。」
へーそうですか。でもこの宇宙人なら話しかけても大丈夫そうだ。
「人間の姿をしているんですね。意外でした。てっきりタコみ・・・。」
「タコ言うな!!」
「へっ?」


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