ただいま朝舞探偵事務所の前にいる。こうして見慣れたドアの前に立っていると昨夜の出来事は夢だったんじゃないかと思えてくる。夢だったらどんなにいいか。 それにしてもすぐに帰ってこいなんて伯父さんも容赦ないよな。観光もなにもあったもんじゃない、おかげで青森からとんぼ帰りだ。 「おはようございます。」 俺は元気よく挨拶しながらドアを開けた。挨拶から一日が始まる。まぁ始まるといってももうすぐ午後一時だけどね。でも今日は午後出勤も特別に許可が出ているから大丈夫。 それなのに 「遅い!今何時だと思っているんだ!お天道様も呆れているぞ。」 とたんに伯父の叱咤が飛んできた。俺は唖然とした。そして我に返り断固抗議! 「でも伯父さん今朝の五時にわざわざ電話かけてきて言いましたよね。昨日は大変だったろうから今日は十三時からの出勤で良いって。朝の五時に起こされて大変だったんですけどね。二度寝しようしても目がさえちゃって寝られないからずっとテレビ観てました。」 俺は恨みがましい目で伯父に訴えた。 「そうだったか?まぁいい。早くタイムカード押しなさい。」 伯父は涼しい顔ですっとぼけた。そうさ、分かっていたさ、伯父は反省しない性格。 俺はやれやれとタイムカードを押す。 ガコン。いつもの刻印の音が心地よい。 「おはよう、じゃなくてこんにちは、太郎ちゃん。」 茜さんがにこやかに挨拶してきた。 「こんにちは。茜さんは午後出勤で良いと言われなかったんですか?」 「私の所にも朝の五時に所長から電話がかかってきて太郎ちゃんと同じこと言われたんだけど私も妙に目が冴えちゃって。家にいてもやることないから普通に出勤してきたわ。」 なるほど、茜さんも伯父の被害者なわけか。改めて伯父を見やるが伯父はどこ吹く風、それどころか通帳を見てニヤついている。 「伯父さん、少しは反省してくださいよ。茜さんにまで迷惑かけて。」 抗議しても伯父は聞いてやしない。今の伯父の顔は恵比寿様もびっくりのえびす顔。おおかた戸田さんから報酬が振り込まれたのだろう。戸田さんからということはつまり政府からだから遠慮はいらんとばかりに伯父はかなりふんだくったに違いない。やれやれ、どうせ俺の給料には一円たりとも反映されることはないだろう。 「そんなことより太郎ちゃん。今朝のニュース見た?」 「はい、見ました。ニュースもワイドショーもそれ一色でした。どこにチャンネル変えても特番だらけ。ここにくる途中も誰もかれもその話題しかしてなかったです。」 「それもそうよね。一夜にして消えた自販機が一夜にして全て元通りなんてありえなさすぎて日本中、度胆抜いているわよ。私だってびっくりしたもの、もっと他にやりようがなかったのかしら。」 「あの宇宙人は派手なこと好きそうですものね。それぐらいはやるでしょう。」 「ちょうど十三時から政府の記者会見が行われるらしいわよ。」 「あれだけの大事件で皆も大騒ぎしているから政府も対応せざるえないんでしょうね。果たしてどんな芝居を打ってくるのか。」 「楽しみね。」 「はい。」 俺と茜さんは顔を見合わせて笑った。 すると突然茜さんがドアの方を見て 「あ・・・帰って来たわ。」 俺もつられてドアの方を見るが誰も来ない。でも来る。茜さんがそういうのだから間違いない。それから五分後、ドアが開いた。そこに現れたのは 「淳さん!」 「よう太郎君、久しぶり。一か月ぶりだね。」 「淳君、お帰りなさい。」 「茜さんも久しぶり。これお土産。」 現れたのは片桐淳。29歳。スカウト通りを歩いていたら間違いなく芸能事務所に声をかけられるだろうというほどのモデルのような容姿。ハーフに間違えられそうな端正な顔立ちに180cmはゆうにあるだろうという長身。おまけに超能力者だ。まったく神様って不公平だよな。せめて身長だけでも欲しかった。一応俺も世の男どもの平均ぐらいの身長はあるけど顔の差はいかんともし難い。 淳さんは茜さんに温泉饅頭を渡した。 「ありがとう、今お茶いれるわね。」 茜さんは早速給湯室に向かった。 俺は淳さんを尊敬している。もちろん茜さんのことも尊敬しているけど同じ男同士ということで他には言えない相談をさせてもらっているし淳さんも快く俺の相談に乗ってくれる。ありがたい先輩だ。 「それで淳さん、どうでした?見つかりました?」 「僕を誰だと思っている?というのは冗談で一応見つかったかな。」 「一応?」 常に自分の能力に自信満々の淳さんにしては珍しく弱気。 「今回は依頼主が三か所の候補地を上げてくれていたからその分助かった。どこにあるか見当もつかないからこちらで日本中を探し回ってくれなんて言われたら一年は戻ってこられなかったよ。」 「候補地って確か群馬と日光と埼玉でしたっけ?」 「そう。一か月間集中しっぱなしでいい加減疲れたよ。」 淳さんは言いながら苦笑いした。 一か月前のことだ。とある大富豪が朝舞事務所を訪ねてきた。そしていきなり淳さんを指名し 「祖先が残した埋蔵金を探して欲しい。この三か所のどこかに眠っていると思うのだがどこにあるのかが分からない。あなたの能力で探し当てて欲しい。」と言ってきた。お屋敷のどこかに隠れている秘宝を探すのとはわけが違う、漠然とした三か所の地名を出してきてここから探してくれなんて雲を掴むような話だと思ったが淳さんは快く引き受けた。 淳さんは自分の能力に絶対の自信がある。実際淳さんのダウジングには華々しい実績があるし。そして大富豪と共に旅立ったのが一か月前。 「それで出たんですか?埋蔵金。」 俺は胸を踊らせながら尋ねた。埋蔵金だぞ埋蔵金。ロマン満載だ。 「ここじゃないかという目ぼしいところはついた。ここ掘れワンワン的にそこを指示してきたけれどあとは実際掘って出るか出ないかのお楽しみだな。」 「見届けてこなかったんですか?」 「いやいや、掘るって簡単に言っても地下数十メートルだ。掘るだけで時間がかかる。そこまでは付き合いきれないな。他の依頼もあるしさ。まぁ数か月後に埋蔵金が出た!という新聞の見出しが出ることを祈るだけだよ。」 「それで一応なんですね。」 「そういうこと。」 本当に出るかどうかは分からないけどやっぱりロマンがあるよな。いや、淳さんのことだから間違いないだろう、信じて待つことの楽しさだな、うん。 「ちなみにその依頼者の名前なんでしたっけ?新聞に出た時に見つけられるように参考までに聞かせてください。」 地方のどこかの地主の埋蔵金だから新聞に出るかどうかも分からないけど、とりあえず聞いておこう。 「あぁ依頼主?依頼主は徳川さんだよ。」 「そうですか、徳川さん。」 徳川さんの埋蔵金。徳川埋蔵金、なんちゃって。・・・えっ徳川埋蔵金? 「じゅ・・・淳さん!?」 「急になんだ?すっとんきょうな声出して。」 「と、と、徳川さんって・・・。」 焦って噛みまくる俺を淳さんは不思議そうに見下ろしている。
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