「だから一人になりたいと言ってもそれはずっと僕と一緒にいたいという意味だ。」 「あの・・・アンさんとは恋人同士ですよね?」 俺は頭に浮かんだ三文字を確信しつつ試しに恐る恐る聞いてみた。 「当たり前だ。その証拠に僕は結婚も申し込んでいる。アンは一向に了解してくれないがまぁ照れているんだろう。かわいい奴だ。」 「ただのストーカーじゃん!!」 俺は思っていたことを思っていたとおりに口にした。叫んだ。後悔はない。例えそれで俺自身が滅びようと。 だが宇宙人は心外だという顔をしている。 「ストーカー?僕が?ははは。それはないない。アンは優しい女だ。だから僕が愛の口づけをしようとした時、アンの聖母性が開花しついに『自動販売機になる!!』と宣言したのだ。」 意味分からん!! 「へぇーそれで?(棒)」 宇宙人以外のこの場にいる人間たち全員の感情が白くなっていく。唖然、茫然。 「アンは地球人を思うあまり地球人の役に立ちたいと言って自販機に変身したのだ!!」 「なぜそうなる!!」 戸田さんがツッコんだ。 「アンに逃げられただけでしょ!!」 茜さんの言う通り。 「逃げられたのではない。アンは地球人の役に立つため自販機になったのだ。地球人の乾いた喉を潤す為にな。だが今頃日本のどこかで自販機となって僕が迎えにくるのを待っているはずだ。アンは去り際に『私のことは探さないで!忘れて!!』と言っていたがそれもアンの本心ではない。アンは僕を待っている。だから僕はアンを探しているのだ。」 もう言葉も出ない。これが現実に起きていることなのかと疑いたくなる。 なんでアンさんもよりによって自販機になるとか言いだすの?この男あってこの女ありか?なんかどうでもよくなってきた。自販機のことはもういいじゃん、宇宙人の気が済むようにさせとけば。 想像を絶するショックで全身脱力した俺。他のみんなも唖然として口から魂抜けていますよ。 思い込みの激しい者は少なからずいる。それがたまたま度を越していたんだろう。音声機能付きのだけを選んだという理由も分かった。どうせ自販機が喋ったというだけでそれをアンだと思い込んだろう。この宇宙人は地球の文化水準をとことん馬鹿にしているから喋る自販機なんてとっくの昔に開発されていたことなんて知らなかったんだろう。 こうしてこの目の前の宇宙人は思い込みだけで日本中の自販機を盗むという偉業をやってのけた。実に大胆な犯行だ、呆れたけど。 「トンダ星人は機械にも化けることが出来るのか。それは特筆すべきことだな。ははは・・・。」 トムが自分に言い聞かせるように呟いた。むろんその声は乾いていたが。宇宙人がストーカー行為で自販機を盗んでいましたなんて母国に報告出来ないもんな。 この馬鹿馬鹿しい結末から何かしら成果を見つけ出そうと苦心しているのが痛い程伝わってくる。ドンマイ、トム。 なのに、それなのにこの宇宙人はそんなトムの苦労も知らずに 「は?機械になんて変身できるわけがなかろう?地球人はなにを夢見ているんだ。夢見る夢子さんだな。」 宇宙人は言いきった。 「貴様がたった今言ったんだろうが!!」 トムがキレた。そして宇宙人に掴みかかろうとしたところを戸田さんが止めた。戸田さんが目で訴える。 (気持ちは痛い程分かるがここは耐えてくれ。地球の平和の為に) トムは息を荒くしなんとか自らを制した。凄いなトム。俺なら殴ってる。 「トンダは確かに他の物体に変身できることが出来る。でもそれは生物に限るのだ。いや、我々の科学的水準をもってすれば機械に変身しようと思ったら出来ないことはないだろうが残念ながら今はその技術を身につけていない。言っておくけど出来ないのではないぞ。それをする必要性がないからだ。なにが悲しくて機械にしかも自販機に化けなくてはならないのだ。」 宇宙人は実に誇らしげだ。 ・・・キレていいっすか?ここまで我慢できたのが奇跡ですよ。 すると茜さんが無表情で口を開いた。なんか動きもカクカクしている。怒りマックスか、はたまた仏の境地に至ったか。戸田さんたちはもう帰りたいという顔をしている。 「ではなぜアンが自販機に変身したのだと思ったのでしょうか。自販機には変身出来ないことを知っていますよね?」 「アンが自販機になると言ったからもしかして本当に自販機になったのかもしれないと思ったまでだ。」 「アンが自販機になったところを見たんですか?」 「見てない。アンを追いかけたが見失ってしまった。」 「じゃ、本当にアンがそう言ったからというだけの理由で?」 「他に理由なんてあるか。」 ドッカーン!!茜さんがとうとう切れた。体から凄まじい霊力が放出され突風が吹き抜ける。 大気が轟轟とうねりを上げ、稲穂が狂気を飲み込んだかのように乱れまくった。 かみそりの刃のような鋭い風が旋風しながら上昇していく。 「なっ・・・なんだ!?」 戸田さんが焦って周りを見渡す。園山さんは何ごとかと警戒して身を伏せた。 トムは・・・見える人だからか、感心したように茜さんを見つめている。 俺の体感温度はとんでもなく急下降。 ぎゃあーー、助けて!!このままだと茜さんの霊力で魑魅魍魎が寄ってきてしまう!! 伝説の妖怪の封印が解かれてしまう!!富士山噴火したらどうするんだ! 「茜さん!!落ち着いて下さい!!日本が滅びてしまう!!」 俺の懸命の訴えが届いたのか茜さんはハッと我に返った。とたんに風は凪、辺りは嘘のように静けさを取り戻した。 「今のはなんだったのだ。」 戸田さんはキョロキョロしながら不思議そうに呟いた。トムさんは愉快そうに 「Oh,ジャパニーズガール、クレイジー」とはしゃいでいる。 嵐が去ってひと段落。俺は宇宙人を見た。残念ながら宇宙人は無事だった。 「あー地球人もなかなかやるな。見直したぞ。」 宇宙人はおもちゃを得た子供のように目を輝かせて茜さんを見ていた。どこまでも上から目線の宇宙人だがちょっと憎めなくなってきた。 それにさっきから少し引っ掛かっていることがある。一か八か聞いてみよう。 「あのぉ、トンダ星人さん。」 「なんだ。」 「本当にアンさんが自販機になったと思っていたんですか。」 「・・・。」 とたんに宇宙人は黙ってしまった。茜さんは俺のことをなにを言いだすのという目で見てくる。 「僕にはそう思えないんです。確かにあなたは態度偉そうだし上から目線だし地球のことばかにしているし。おまけに思い込み激しいし女心分かっていないしストーカーだし。」 「ちょっと太郎ちゃん、いくら本当のこととはいえ本人の目の前で失礼よ。」 茜さんがフォローにもなってないこと言って俺を窘めるが俺は構わずに続けた。 「でも僕はあなたがそんなばかには見えないんです。本気で自販機を恋人と思い込むようには見えない。」 「口を挟むようで悪いが現に思い込んで世界中を大騒動に巻き込んでいるぞ。」 トムがやれやれという口調で割って入ってきた。 「でもそれはトンダさんの本心ではないというか・・・。上手く言えないけど、思い込もうとしているだけなんじゃないかと。」 「思い込もうとしている?」 茜さんが反芻してハッとして宇宙人を見た。宇宙人はなお口を噤んでいる。 「僕も女にモテないからトンダさんの気持ち分かるんですよ。女に告白してフラれてすぐにその女を忘れられるかというと忘れられない。フラれたと分かっていてもそれを認めたくない。往生際が悪いというか・・・実際フラれたのに。」 俺はそう言って自嘲気味に笑った。 「モテないお前と一緒にするな。」 宇宙人がようやく反論した。だけどその目は俺を責めてない。それどころかどこかすっきりした顔をしている。 「だからトンダさんもそうなんじゃないかと思って。本当はアンさんは自販機になどなっていない。ただ自分から逃げたくてそんな嘘をついたのだと分かっている。分かっているけどどうしようもない。アンさんを探すふりをしてアンさんが出した答えを見てみないふりをしているだけなんじゃないかと。分かっていながらもそれを繰り返して・・・。自分と一緒にいるのが嫌でアンさんは逃げたのでなく地球人の役に立ちたいと思ったから自分の元から立ち去ったのだと思いたくて・・・。」 「・・・・。」 また沈黙を重ねる宇宙人に皆の視線が注がれる。先ほどまであった視線の棘は薄れていた。 「僕間違っていますか。勝手にトンダさんの気持ち想像してごめんなさい。でも僕思うんです。トンダさんは頭がいい人だから本当は分かっているって。」 「どうしてそう思う。」 トンダ星人が真摯に俺の目を見て聞いてきた。俺はちょっと照れながら答えた。 「だっていつか起こる闘いの為にも地球人同士仲良くしろと言ってくれたから。」 俺の答えを聞いたトンダ星人はふっと笑った。馬鹿にしたような笑いではなくもっとこう・・・降参したみたいな。 「確かにお前の言うとおりだ。アンが僕から離れたなんて思いたくなかった。だから自販機になるなんていうアンの嘘を嘘だと思いたくなくて、それならいっそ真実にしてやると足掻いていただけだ。お前の言う悪あがきというやつだ。」 「・・・。」 皆が小さくて柔らかなため息をついた。戸田さんが静かな足取りで自販機に近づいていく。 「悪あがきで日本中の自販機を集めたんですか。人騒がせにも程がありますね。でももうこれっきりにしてくださいよ。」 そう言って自販機に小銭を入れた。 ガコン。ジュースが落ちてくる音がした。 『ありがとうございます。お仕事ご苦労様です。またお待ちしています。』 例の音声が流れた。 戸田さんはおもむろにジュースを取り出しトンダ星人に渡した。 「これ飲んで一息ついてください。そして自販機を元の場所へ返してください。」 「・・・あぁ、そうしよう。」 宇宙人はそれを受け取った。 それにしてもだ、宇宙人がここにいるのに放射能測定器は反応しない。警戒音も鳴らさない、それが不思議でならなかった。もしかしてこの測定器壊れているのでは?そう思って何気なく手元にある測定器を眺めた。するとトンダ星人は俺の考えを見抜いたのか 「心配するな、放射能とやらはお前たち地球人にとって毒になるのだろう?だから今は放射能の放出を抑えているのだ。」 「それは本当ですか!?そんなことが可能なのですか!?どうすればそんなことが出来るのですか!教えてください!!」 「ぜひ我々に放射能の放出を抑える方法を伝授してください!お願いします!!」 トンダ星人の言葉に戸田さんと園山さんが騒然とし、ものすごい勢いで食いついた。俺もそれを聞きたい。茜さんも興味深そうにトンダ星人を見つめている。トムも本国に報告するつもりだろう、懐に忍ばせていたICレコーダーを取り出した。しかしトンダ星人は 「どうやってと言われても放射能の放出をやめとこうと思っただけでそれが出来るのだから説明のしようがないぞ?地球人が喉が渇いたから水を飲もうと思って蛇口を捻ることぐらいに簡単なことだ。放射能の放出の出し入れ自由はトンダ星人に生まれついた者なら全員出来る。それこそ生まれたての赤ん坊にもな。」 「放射能の放出の出し入れの自由が水道の蛇口を捻るくらいに簡単なこと・・・。」 俺たちは唖然とした。どんなに地球が科学的発展を遂げてもトンダ星の足元にも及ばない、そのことを改めて思い知らされた。 戸田さんたちは落胆しきって今にも膝から崩れ落ちそうになっている。まぁ気持ちは分からないでもない。放射能の問題こそ間近に迫った国家の存亡の危機なのだろう。
とにもかくにもこうして自販機盗難事件は解決した。
「で、集めた自販機は今どこにあるのです?」 戸田さんが聞くと 「それなら僕の船の中にある。」 「宇宙船に!?宇宙船そんなにでかいの?」 俺は驚いてトンダ星人に尋ねた。 「でかいぞ。だが地球人ごときに我らの船の存在も大きさも分からんだろうな。」 いちいち言い方がムカつく。やっぱり殊勝な宇宙人なんて夢幻。 「あぁでもいくつかの宇宙船は地球人に目撃されているらしいな。トンダ星の宇宙船は地球人に見ることは出来ないがトンダ星の文明より下の星人なんて腐るほどいるからな。そいつらの船なら地球人でも見ることが出来るだろう。同じレベル、似たり寄ったりというやつだ。」 このトンダ星人、万方位敵に回しています。 「自販機、本当にちゃんと元あった場所に戻してよね。」 茜さんが宇宙人を睨みながら念を押した。 「もちろん。たやすいことだ。」 自分がしたことなんててんで反省もせず、しかもやってやる風な態度が気に入らないがそれを言ったところでこの宇宙人の性格は変わらない。俺はトムに向き直り 「それにしてもトム。自販機が元に戻ったところで騒ぎは収まりませんよ。どうするんですか。宇宙人の仕業ということを世界に告白してしまいます?大騒動にはなるけどこれはいくらなんでもごまかしきかないし本当のこと話すしかないですよね。」 「いや、窃盗団の仕業ということにしておこう。」 「えっ。」 俺も茜さんも驚いてトムをまじまじと見つめた。あまつさえ宇宙人も驚いたようだ。 「窃盗団の仕業ってそんなこと出来るはずないじゃないですか。窃盗団がわずか一日で数千台の自販機を跡形もなく持ち去ったなんて誰も信じないですよ。第一、どこの窃盗団に濡れ衣着せるつもりですか。着せられた窃盗団も黙っていないでしょ。」 「架空の窃盗団のせいにしてしまえば問題ない。」 「そんなこと出来るわけが・・・。」 「出来る出来ないではない。やるのだ。そうやって世界の秩序は保たれるのだよ。」 トムの顔が近づいてきて俺を脅す。有無を言わせない目力、迫力ある。怖い。 「地球人って怖いな。」 ぼそっと宇宙人が呟いた。 「元はと言えばあんたのせいでこうなったんでしょうが!!」 トムさん即ツッコミ。意外とこの宇宙人といいコンビになれそうじゃないか。 園山さんはあまり多くを語らない人だがふと心配になったのか 「でも宇宙人の存在は世界中で認識されつつあります。もう公表する時期が近づいているのかもしれません。」 「そうだな・・・。」 戸田さんが頷き、その場にいる全員の心に感慨深いものが湧き上がった。 恐れるだけでは前には進めない。受け入れて覚悟して困難を掻き分けて足掻いて前に進んでこそ、そこに道が生まれるのだと。地球人の味方は地球人なのだ。
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