国王は空族たちと一人の人間の後姿をいつまでもいつまでも温かく見送っていた。
町の中を進むのはシュンケ達にとって至難の業だった。町の人々がわらわらと出てきては四人を取り囲むからだ。 「もう行ってしまうのかい?」 「もう少しここに居たらいいのに。」 誰もが別れを惜しんでいる。先ほどからシュンケのすぐ隣を陣取る、シュンケと同い年くらいの青年が翼を見てしきりに感心している。 「ちょっと翼を動かしてみてくれよ。」 シュンケはいきなりせがまれて照れくさい気持ちになりながらも少し動かしてみせた。その青年はすげぇ!!とやたら感動して瞳を輝かせている。周りからもおおっと歓声があがりなんとも照れくさいシュンケ。 一方、小さな子供がジャノの足元にまとわりつき 「僕ね、大きくなったら空を飛ぶよ、ジャノの翼で。」と嬉しそうに無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねる。ジャノは子供の頭を優しく撫でながら 「それは楽しみだな。」 小さき冒険者にエールを送った。 「カリン。」 人ごみの中でカリンの名を呼ぶ者がいる。カリンが呼ばれた方を見るとそこにはあの画材屋の店主がいた。店主は人ごみをかきわけカリンの前に立ちその手をとった。 「いつでも遊びにおいで。カリンの為にいつでもスカイ・イン・スカイを置いておくよ。」 店主の思いやり溢れる言葉にカリンの涙腺は突如崩壊した。泣きじゃくるカリンを見たルシアがからかう。 「あぁ、また泣いたよ。本当にカリンは泣き虫だな。」 すると今度は一人の男がルシアに近づいてきて声を掛けてきた。 「トーマスによろしく伝えてくれ。ポクールの実、いつでも待っているぞ。今度ゆっくりお茶でも飲みながら話そう。」 「えっ、あ、うん。」 ルシアは戸惑いながらもとりあえず返事をする。なんだ?このおっさんと思ったことは内緒だ。 シュンケたちは町人たちとの温かい交流に心から感激した。どんなに望んでも叶うことはないと思っていた願いが今、叶った。これが幸せというものだ。 その一方で死んでいった仲間たちを思うと自分たちだけこんなに幸せでいいのかという罪悪感に襲われそうにもなったが、これからの空族の未来を担う若者や子供たちのことを考えればこれでいいんだと思えた。 ハラレニの人々との別れは名残惜しいがそれも一時のこと。シュンケたちはまたここに訪れるつもりだ。 四人はようやく町のはずれに到着した。そこではレンドが荷車とサンキットをつないで待っていてくれた。シュンケはレンドに歩み寄ると礼をした。 「いろいろ世話になった。ありがとう。」 思えばカリンもこのレンドに助けられた。カリンもありがとうとおじぎをする。レンドはにこやかに笑いながら 「気にするな。またハラレニに遊びにきてくれ。」 シュンケたちはその言葉をありがたく受け取った。 ジャノはここまで見送りに来てくれた人々に大きな声で「ありがとう!!」と手を振った。シュンケ達も会釈をする。町の人々も大きく手を振り 「ありがとう!!」 「また来いよ!!」 大声援を送る。 シュンケとルシアは翼をはためかせ空へと舞い上がった。ジャノとカリンは荷車に乗り込み手綱を握る。ゴトゴトとゆっくり荷車は動き出した。振り返るとまだ町の人々やレンドが温かい言葉と共に手を振っていた。胸が痛くなる程の優しい人間たちの声が四人の心に染みこんでいく。 見覚えのある懐かしい風景が見えてきた。村から出てまだ八日間しか経っていないのにもう一年も帰っていない気がしてくる。長くて短い、短くて長い八日間。四人は皆にやっと会える、はやる気持ちを抑えるのに必死だ。 もうすぐ河岸に着くはずだ、ジャノがそう思った時、頭上を飛んでいたシュンケとルシアが舞い下りてきた。もうここから僕らを運ぶのかなと思ったがどうやらそうではなさそうだ。シュンケとルシアはジャノ達と一緒に歩いている。 やがて前方に人影が見えてきた。一人や二人ではない、大勢いる。ジャノは目を凝らしてそれらをじっと見つめた。人影は空族だった。 「皆!!」 ジャノがたまらなくなって思わず叫んだ。彼らはジャノ達の姿を見つけるとすごい勢いで駆け寄ってくる。 「シュンケ!!」 「カリン!!」 「ルシア!!」 「ジャノ!!」 本当に嬉しそうに皆が破顔し四人に抱きついてくる。うれし涙を流す者も大勢いた。 「良かった、四人とも無事で。」 「なかなか帰ってこないから心配したんだよ。」 「4人とも無事で帰ってきてくれてなによりじゃ。こんな奇跡は滅多にないのぉ。」 おばば様の皺くちゃな顔が破顔し、より一層皺くちゃな顔になった。 安堵と感動に包まれる空族。シュンケ達も皆の笑顔を見て心からほっとした。ジムは何も言わずシュンケに抱きついた。ジムの妻も笑顔いっぱいでシュンケに抱きつく。この二人はいつもそうだ、いつもシュンケを心配している。 「心配かけてすまなかった。」 シュンケは仲間たちの温かい出迎えに感謝した。 「しかしなぜここにいる?身を隠すように言ったはずだが?」 シュンケは照れ隠しからか頭領然とした態度で尋ねる。ジムはおばば様と一瞬目を合わせこれまた照れくさそうに 「始めはシュンケに言われた通りに身を隠していたんだけどシュンケ達のことが心配でことあるごとにここに来て待っていたんだ。そのうち身を隠している意味がなくなってさ。じゃあ全員でここでシュンケ達を待とうという事になって。」 ジムが説明するとシュンケは驚いて皆の顔を見渡した。皆、照れたような顔をしている。 「まったくお前たちは・・・。」 シュンケは胸にこみ上げる嬉しさを噛みしめながら苦笑いした。 ジャノはナーシャの姿を探し、周りをキョロキョロしている。ジャノの思いに皆気づき、そっと後ずさりした。取り囲む輪の一角が崩れる。そしてその向こうに愛しい人の姿が見えた。この世界でもっとも尊く愛しい人の姿が。 「ナーシャ!!」 ジャノはたまらなくなって叫んだ。そのとたんナーシャの瞳から涙が溢れる。 「ジャノ!!」 ナーシャはジャノの所へ駆け寄った。そして思いっきりジャノの胸に飛び込んだ。ジャノは全身で受けとめ、きつく熱くナーシャの体を抱きしめる。良かった・・・。良かった・・・・。ナーシャは子供のように泣きじゃくっている。 ジャノは愛しい人の体をぎゅっと抱きしめた。ナーシャの鼓動を感じ今自分が生きていることを実感した。 「これからもずっとナーシャのそばにいるよ。」 ナーシャの耳元に、その心に囁く。そんな二人を空族は慈しみ深い瞳でいつまでも祝福している。
ジャノがハラレニの町で飛んでみせてから二年もの年月が流れた。空族の村は以前と変わらない場所にある。柔らかな風が吹き抜け、農作業に勤しむ空族の額にうっすら汗が滲んだ。 「今年も良い実がなった。」 ジムは大きく育った果実を美味しそうに頬張る。 シュンケはというとおばば様の家に様子を見に来ていた。 「村に残っているのは半分くらいかねぇ。」 おばば様がふと聞いてきた。 「えぇだいぶ人里に下りていきましたよ。」 シュンケの答えを聞いておばば様は目を細めた。 「ジャノは相変わらずハラレニで発明を続けているのかね。」 「ジャノの翼は作るのにまだコストがかかるらしくコストを抑えて量産する為にフランの元で日々研究を重ねているようです。まぁジャノはいないとあの翼は始まらないということです。」 「ナーシャも一緒かい?」 「もちろん。」 「ここでも研究は続けられただろうに。」 おばば様が残念そうに言った。 「ジャノは根っからの発明家ですからね。ここにいるより刺激が多い人里にいた方が発想も湧きやすいでしょう。」 「ジャノのこと、よく知っているんだねぇ。」 おばば様はからかうように言うと 「まぁ、ライバルでしたからね。」 シュンケは茶目っ気いっぱいの笑顔で答えた。こんなシュンケを見るのは珍しい。 「カリンもハラレニかい?」 「カリンはハラレニで出会った画材屋の店主の厚意で本格的に絵を習う為、学校に行っていますよ。」 「ルシアはどうした?最近見かけないが。」 するとシュンケはふっと笑って 「ルシアは遊びに出掛けた先でとある人間の娘を見染めたとかで。その娘を口説くのに必死ですよ。」 それを聞いておばば様もはっはっはっと大笑いした。 「まったくルシアらしいのぉ。」 おばば様は愉快そうに暫く笑っていたがふと急に真面目な顔になり感慨深げにため息をついた。 「皆それぞれに自分の空を見つけて自由に飛び回っているんだねぇ。」 「そうですね。今の空族を父さんにも見せてやりたいです。」 「喜ぶだろうねぇ、カーターも。」 おばば様はそう言うと窓の外を見上げた。シュンケもつられて空を見上げる。 過去を知らない純白の雲が穏やかに流れていく。 「では。」 シュンケはそろそろおいとましようと挨拶をした。 「どこへ行くんだい?」 「ポクールの木を見に行ってきます。トーマスがハラレニに遊びに行きたがっているのでそろそろ収穫しようかと。」 シュンケはにこやかにおじぎをするとおばば様の家を後にした。おばば様は満足そうに瞼を閉じる。なんて穏やかな午後だろう。 空族は永遠の自由を手にしたのだ。
甘い香りが木々を飾る。ポクールの実はだいぶ大きくなりその重みで枝がしなっている。シュンケはその一つを手に取った。 ガザッ・・・。近くで葉がこすれる音がした。人影も揺れる。 「誰だ。」 シュンケが目を凝らすとそこには一人の女性が立っていた。背中には美しい白い翼。 「ローラ。」 シュンケがその女性の名を呼ぶと女性は瞬時に頬を赤らめる。 「シュンケ様のお手伝いがしたくて。」 ローラは恥ずかしそうにシュンケの返事を待つ。シュンケは優しい笑みを浮かべ 「では手伝ってもらおうか。」 そのとたんローラの顔がお日様のように明るく輝いた。弾けるような笑顔でシュンケの隣に歩み寄る。隣り合う二つの影が草原の上にたおやかに揺れている。
空はその奥に悲しみの雨、怒りの嵐を隠しそれでも青く輝き、世界を優しく包み込んでいる。 鳥たちは空という至高の遊び場の中で戯れ、愛の言葉を交わす。 孤独なはずの風に子供たちの笑い声が編まれ、煌めきながら流れていく。
世界は今、とても穏やかな風景を見ている。
END
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