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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第83回   83
シュンケがカリンの傍にそっと立った。カリンはシュンケに申し訳なくて
「シュンケ、ごめんなさい!」と何度も頭を下げ謝った。
「いや、いいんだ。無事で良かった。」
シュンケは安心したようにカリンの頭をそっと抱き寄せる。カリンは今まで味わってきた悲しみも苦しみもこの瞬間すべて過去のものとなったように思えた。やっと報われた気がした。心から安堵して安らぎの笑みを浮かべる。次にカリンはジャノの元に歩み寄ると心からの感謝を伝えた。
「ありがとうジャノ。ジャノのおかげで僕は助かったよ。」
「また会えて良かった。」
感極まったジャノはカリンを抱き寄せハグした。。カリンは顔をほころばせる。ふとジャノの左腕を見ると当て木と三角巾をしているのに気づいた。
「怪我しているの?」
「なに、たいしたことはないよ。怪我には慣れているんだ。」
ジャノは笑って答えた。
「じゃあ、僕と同じだね。」
ジャノとカリンは顔を見合わせて笑い合った。国王はそんな四人の姿を見守り満足げに微笑む。そして一転、兵士たちに向き直ると圧倒的権威ある者の顔に変貌した。
「この日、我々人間は長年の夢である翼を手に入れた。もう空族の力を借りずとも人間は空を飛ぶ事が出来る。だから空族の血は必要ない!これから誰一人として空族に手を出すことは断じて許さぬ!万が一、空族に無用な手出しをするようなら極刑をもって対処することを肝に銘じよ!!」
岸壁のように立ちはだかる威厳が国王の声に乗り大広間の空気を支配する。兵士たちはそれを当たり前のように受け入れた。そして一糸乱れぬ敬礼を国王に送る。これは永遠の誓いの証だ。それを見て国王は貫録たっぷりに頷く。そしてフランを見据えた。
「フラン、お前も例外ではないぞ。」
フランは口を真一文字に結んでいる。受け入れる覚悟はあるが納得はいかないという表情だ。国王はフランの前に立ち、ジャノの翼を手渡した。フランの両手にずっしりかかる重み。国王は言う。
「ジャノの翼は優れたものだ。だが完璧ではない。ジャノから預かったその翼と設計図を基に、より完璧なものとなるようお前が指揮を取れ。その翼はお前に預ける。」
突如としてフランは国王から重大な任務を任された。
先ほど飛んだばかりの翼が手元にある。フランの脳裏に浮かび上がる飛行術を手にした己の姿。自由に空を飛んでいる姿。フランの胸の中で何かが大きく変わる音がした。フランの表情が引き締まる。そして
「はっ!」と国王に敬礼をした。国王は深く頷く。レンドは心底、我が主君に感服した。フランに大役を任せ懐柔するつもりだということが分かったからだ。フランが本当に欲しいのは国益ではなく自分の思い通りになる飛行術なのだ。国王はそのことを把握していてフランを操縦するつもりなのだ。レンドはこの先も一生、国王についていくと心から誓った。
「傷が癒えるまでここでゆっくりしたらいい。」
国王はそう言うと四人を客室に案内した。超高級品であろうふかふかのベッドが四人を出迎える。
「こんな良い部屋では逆に居心地が悪いです。」
ジャノが遠慮すると王は笑いながら
「せめてもの償いだ。受け取ってくれ。」
カリンにしたことだけではなく今まで空族にしてきたことへの償いの意味もあるのだろう、シュンケたちは厚意を受け取ることにした。ついでにずっと心に引っ掛かっていることを聞いてみることにした。
「なぜカリンを生かしておいたのですか?」
シュンケが問うとジャノとルシアとカリンもそれを知りたいと国王を見つめた。三人も疑問に思っていたのだ。だが、さすがの国王もシュンケの質問に答える事を躊躇しているようだ。それでもシュンケは引かなかった。
「今まで人間の捕虜になって生き延びた空族は一人もいなかった。でもあなたはカリンを殺さなかった。そのことに何らかの意思があるなら聞きたいのです。」
シュンケは真摯に王からの答えを欲しがった。その眼差しは妥協を許さない。王はシュンケの本気を知り、隠すことを諦めたのか重い口を開いた。
「空族の血を飲んでも飛べるようにはならないということは子供の頃から知っていた。ただそれだけの事だ。」
国王は答えた。しかしそのあと暫く考え込んでしまう。国王は遠い日の記憶を手繰り寄せるかのように窓の傍に立ち、外の風景を眺めた。夕日で赤く染まる街並みが宗教絵画のように美しい。やがて。
「我の父の空族への執着心は尋常ではなかった。それはフランの比ではない。子供の自分にも父の姿は異様に思えたよ。もはや人間だとも思えないほどに。」
国王は静かに語りだした。シュンケ達は息をのむ。
「我の父は生涯、空族を渇望しその為だけに生きた。父の目には我の姿は映らなかったのであろう。そしてそれは我が生まれてから父が亡くなるまで変わらなかった。父は今際の際で我を呼び寄せてこう言った。『空族の血をくれ』と。最期の最後まで空族を求め続けた父、いや前国王を見続けて我は誓った。我には空族の力など必要ない。我は我のやり方でこの国を治めてみせる!と。」
国王は振り返り真っ直ぐにシュンケを見つめた。
「今思えば我なりの父への抵抗だったのかもしれん。」
国王はそう言って自嘲気味に笑った。
「だがそうは言っても前国王に仕えてきたフランや部下たちの空族の血への信仰を解くことはなかなか出来なかった。国民たちの空族への恐れも消すことは出来なかった。それは我自身が空族を恐れていたからであろう。すべては我の力不足だ。空族たちには本当に申し訳ないことをした。」
「国王・・・。」
一国の国王が謝罪するなど政治的にも権威的にも重大なことだ。シュンケたちはなんと返事をしたらいいか分からない。
「だがこれからはこの国も世界もジャノの翼で変わるだろう。改めて礼を言う。ありがとう。」
国王は威厳に満ちた優しい顔でジャノに礼を言った。
「国王、そんなもったいないお言葉です。僕の翼を信じてくれてありがとうございます。」
ジャノは感動で胸が一杯だ。国王は再びシュンケたちに向き直り。
「許せとは言わん。許せるはずがないだろうからな。だがこれだけは知っていて欲しい。欲望は人を強くもするが弱くもする。」
国王は謎めいたことを言い残し穏やかな微笑みを浮かべながら部屋を出て行った。血のような真っ赤な夕日が地平線に沈んでいく。まるで人間と空族の長く暗い悲しみの歴史の幕が今下りたことを告げるかのように。
「欲望は人を強くもするが弱くもするなんてそんなこと言われても分からないよ。」
ルシアはそう言うとふてくされてベッドにダイブした。しかしベッドのふかふか具合は分かったようですっかり気に入った様子。
「こんなの初めてだ。」
ルシアは犬の尻尾ように翼をパタパタさせて喜ぶ。シュンケはルシアの適応能力の高さに思わず苦笑いした。


 ハラレニに来てから四日目の朝が来た。
「すっかり長居してしまったな。これ以上長居したら皆が心配するだろう。そろそろ行こう。」
シュンケが他の三人を促す。ジャノとカリンは賛成し早速身支度を整え始めた。だがルシアはふかふかのベッドから離れられない。それどころか近くにあった自分の服を遠くに放り投げた。これは帰りたくないという意志表示だ。ルシアは三人が身支度を整えているのが気に入らない。
「皆もう引っ越したんでしょう?村に帰っても誰もいないよ。僕たちのことなんてもう忘れちゃったんじゃないの?だからもう少しここにいようよ。」
ルシアはすっかりここの暮らしがお気に入りのようだ。
それはそうだろう、ふかふかのベッドに豪華な食事、あれやこれや召使に世話をされいたれりつくせりだ。しかしシュンケはルシアのごねを気に掛けることもなく
「北の竪穴洞窟に身を隠すように言ってあるから皆そこにいるだろう。」
どんどん帰りの支度を整えていく。
ふかふかベッドと別れ難いルシアは「えーっ」と言ってだだをこねまくるがカリンに無理矢理引っ張っていかれた。


 「行くのか。」
国王は実に残念そうな顔だ。
「えぇ。皆もそろそろ心配している頃だと思うので。」
シュンケが答えた。
「そうか・・・残念だが仕方あるまい。ジャノ、そなたの翼をもっと完璧なものにするべくフラン達がずっと研究を重ねている。時々様子を見に来てくれぬか?」
「もちろんです。三か月に一度くらいは様子を見に来ます。」
ジャノは嬉々として王の要望を聞き入れた。すると傍にいたフランが
「三か月は長い。二か月にしろ。」と注文を付けてきた。レンドはフランの変わりように目を丸くする。
「何だ?」
フランが恨めしそうにレンドを見る。
「いやいや、何でもない。」
そう言いつつもレンドの顔は愉快そうに笑っている。王はシュンケの前に歩み出ると
「そなたたちの荷物はレンドが国境まで運んでおくからそなたたちは町をゆっくり見学でもしながら帰るといい。そしていつでも好きな時に我が国へ買い物に来てくれ。だがもうマントはいらないぞ。」
王は右手を差し出す。王の温かい言葉にシュンケの胸は熱くなった。シュンケも右手を差し出し二人は固い握手を交わす。
人間と空族の固い握手。交わされる雪解けと深い友情。
「さて、行こうか。」
シュンケが静かに身を翻す。ジャノ達もそれに続いた。


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