傷だらけの体を引きずって、自由が利く右手だけで器用に新しい翼を背負う。シュンケが慌てて止めた。 「もういい!やめてくれ!お前の気持ちだけで十分だ!!」 シュンケが止めると同時に町の人々も止める。 「無茶だ!!」 「やめろ!死ぬ気か!?」 「今度こそ死ぬぞ!!」 でもジャノはやめない。制止するシュンケの腕をぽんぽんと叩くと 「約束は守る。絶対に空族を自由にしてみせるよ。」 ジャノは海のように深い眼差しを向けた。だがそれでもジュンケはジャノを行かせるわけにはいかなかった。 「もしお前が死んでしまったらナーシャが悲しむ。ナーシャだけではない!我ら全員が悲しむ。一生悲しむ。我らを悲しませるようなことをするな!!」 シュンケの必死の懇願。ジャノはシュンケの言葉がとても嬉しかった、やっと自分も空族の一員になれた気がした。でも 「ここで諦めたら僕の人生は始めからなかったのも同じなんだ。この翼に人生の全てを賭けてきた。僕は今までの人生もこれからの人生も無意味なものにしたくない。だからどうか行かせてくれ。」 真摯な瞳で訴える。シュンケはもう何も言えなくなった。ジャノは一つ大きく深呼吸をする。覚悟を決めた。激痛が体中を襲うがそんなの関係ない。 「見ていてください、国王。」 ジャノはスイッチを入れる。先程と同じだ。機械音が鳴り翼が動きつま先が地上からゆっくりと離れる。そして体が少しずつ、だが確実に空中へ昇っていく。まるでデジャブだ。フランが「どうせまた失敗する。」と呟いた。 しかしその呟きは今までとは違う色が含まれていた。上手くは言えないが少し棘が薄れたような・・・。町の人々も兵士も今度こそ成功するようにと願いに力を込めた。 ここにいる誰もがジャノの成功を願っている。その願いがジャノの翼に乗り移った。ジャノは向きを変えまたスイッチを入れる。先程はここで失敗した。でも今度は失敗しない、成功させてみせる。ナーシャ、力を貸してくれ!ジャノは目を閉じた。 ナーシャと初めて出会った時のこと、シュンケと決闘した時のこと、空族の皆に紹介された時のこと、カリンのこと、ルシアのこと。何かと頼みごとをしてきては笑顔をくれる空族皆のことを思い出した。 「ナーシャ、君と出会えて本当に良かった。」 ジャノの体が前進し始める。人々に見守られながらゆっくりと着実にその距離を伸ばす。ジャノは興奮した。 しかし人々は先ほどの事があるので油断大敵とばかりに祈るような気持ちで見上げている。兵士たちは固唾をのんで見守った。ジャノはどんどん進んでいく。翼の羽ばたきは速度を緩めず規則正しい。 空族を自由にするというただその執念だけでまっすぐ城の塔に向かった。旗以外は何も目に入らない。ひたすら旗に向かって飛んだ。 そしてとうとう塔の上に辿り着いた。ゆっくり手を伸ばす。風ではためく旗が頬をかすめる。旗の棒に触れた。冷たい真鍮の感触。ジャノは思いっきり力を込めそれを引き抜いた。
今、旗は手元にある。
ふと辺りを見渡すと子供の頃から夢見てきた風景が広がっていた。様々な色をした屋根、小さく見える人々。細く長くどこまでも続く道。風に揺られ穂先を揺らし影絵を作る田園、地平線のはるか遠くまで続く大地。地上で見るよりもずっと近くに感じられる青空、空を自由に舞う鳥たちの羽音。 地上の歓声はここには届かない。 ジャノの瞳から涙がこぼれた。とめどなく流れる涙を拭い、今来た空をゆっくりと引き返した。次第に人々の歓声が耳に届く。皆、喜びにみち溢れていた。飛び跳ねながらジャノの帰還を待つ子供たち、両手を挙げて喜びの雄たけびをあげる兵士たち、涙を流して喜ぶ町の人々。国王とレンドは満足そうな顔でジャノの到着を待っている。シュンケとルシアも心からの笑顔で迎え入れた。ジャノのつま先が地面に着くと翼の羽ばたきは速度を落とし、やがて止まった。それと同時にひときわ大きな歓声が上がる。歓喜の波が町中を包み込んだ。 「成功したー!」 「やった!!人間が飛んだぞ!!」 「空を・・・空を飛べるんだ!!」 喜びと感嘆の叫びは瞬く間に町を越え国境を越え、全世界へと広がっていく。それはジャノの翼が世界を塗り替えた瞬間でもあった。
大理石の床が優雅な模様を奏で、この国の栄華を物語っている。ここは城の大広間、国王はジャノ達を招いた。だが、ジャノ達はこの眩しい程の華やかさに居心地の悪ささえ感じていた。自分たちには場違いな気がしている。王はレンドに命じる。 「カリンを連れてまいれ。」 レンドはかしこまりましたと会釈をし、広間を出て行った。ジャノ達の間に緊張が走る。カリンはどれほど無残な姿に変わり果てている事だろう。どんな姿になっていたとしても連れて帰るけど。 暫くしてレンドの肩を借りながらカリンが現れた。足を引きずり瞼は腫れ上がっている。だが腕や足や頭には包帯がきちんと巻かれていた。レンドの助けを借りてはいるが想像していたよりはずっとしっかりしている足取り。シュンケの目にはそれが意外に映った。もっと瀕死の状態で再会することになるかもしれないと覚悟していたからだ。正直言うと息をしていないカリンと再会せねばならないかもしれないと絶望した時もあった。だが思っていたよりずっとしっかりしていて心から安心した。 「カリン!!」 ルシアはカリンの姿を見るなりたまらなくなって駆け寄った。固く抱きあうカリンとルシア。カリンの瞳から涙がこぼれた。 「ごめん、ルシア。」 「ばかやろう。そんな目に合ったのは自業自得だ。」 ルシアは約束通りのことを言ったがその顔は安堵と喜びで満ち溢れている。
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