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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第81回   81
夜も昼も関係なく翼と向き合ってきた長い長い年月。空族を自由にするという切なる想い。ジャノの額に汗が滲む。体勢を整えて別のスイッチを入れる。翼が微妙に角度を変えた。するとゆっくりと体が前進していくのを感じた。いや、感じただけではない、実際に前進しているのだ。
「や・・・やったのか?」
ジャノは翼が方向転換出来たことにまだ半信半疑だ。それとは対照的に町の人々や兵士たちは初めて見る光景に一斉に湧き上がった。拍手喝采が波のようにうねる。
「すごい!!」
「人間が飛んでる!!」
「動いている!!翼が動いている!!」
「こんな日が来るなんて信じられない!」
感激で泣いている者もいた。つわものぞろいの兵士でさえ泣いている。シュンケは人間がこれほどまでに飛びたかったのかと改めて気づかされた。
「成功したよ・・・?」
ルシアが信じられないものを見たかのように呟いた。
しかし喜びもつかの間、次の瞬間。ジャノの翼がピタッ動きを止めた。とたんにジャノの体が真っ逆さまに落ちていく。
予想してなかった急展開にシュンケ達は出遅れた。ジャノを受け止めようと飛び立とうとするが人々に取り囲まれていて思うように翼を広げられない。狭い空間の中、やっとの思いで翼を広げ飛び出すがスピードが思うように出ず間に合わなかった。ジャノはシュンケ達の目の前で地面に叩きつけられた。
「ジャノ!!」
叫ぶシュンケ。
「きゃああ!!」
人々が悲鳴を上げた。地面と激突したジャノはぴくりとも動かない。シュンケとルシアがジャノの状態を確かめようとしゃがんだ時、地面に赤い血が広がった。ジャノの体から流れる血の筋が地面に溜まる。
「し・・・死んだ!?」
「いやぁあああ!!」
町の人々は絶望の悲鳴を上げた。地獄のような衝撃的な光景を目にし、いたたまれなくなって目を背ける。王は修羅場の中、苦渋に満ちた表情を浮かべる。
やはり無理だったか・・・。王は諦めの境地でレンドを呼び寄せた。
「レンド、ジャノの怪我の手当てを・・・。」
手当てをしてやれと言いかけたところでいきなりフランが大声を張り上げた。
「今すぐ空族を捕えろ!!」
フランの声は場違いなほど生き生きとしていてまるでこの事態を待ち構えていたみたいだ。王はフランの嬉々とした顔を見て腹立たしく思った。
だが、ジャノは飛んでみせるという約束を果たせなかった。それは空族を自由の身にすることは出来ないということだ。不本意だがここで空族を捕えなければいつ空族が人間に復讐を企てるか分からない。王は仕方なしにフランのやりたいようにさせることにした。
シュンケはジャノを失ったショックで自我を放出し体に力が入らない状態だ。いとも簡単に兵士たちに囚われてしまった。兵士たちはシュンケ達を取り押さえると、うおおおと勝利の雄たけびを上げた。しかしその雄たけびもシュンケの耳には入らない。
「ジャノ・・・。」
立っているのもやっとのシュンケと万事休すと諦めるルシア。
なぜこんなことに・・・。シュンケは瞼を固く閉じこみ上げてくる悲しみにひたすら耐える。王も踵を返し城へ戻ろうとした。その時だ。ジャノの指先がピクッと動いた。そのわずかな動きをシュンケは見逃さなかった。
「ジャノ!」
シュンケが叫ぶ。ルシアも驚きジャノを見た。ジャノは確かに動いている。息をしている。
「ジャノ!」
ルシアも叫んだ。
王は立ち止まり振り返る。周りの人々も目を凝らしジャノを見つめた。その中でジャノはゆっくりと起き上る。額からだらだらと血を流し左手をぶらりとさせている。おそらく骨折したのであろう。体中埃まみれでそれに血が混じり異様な様相を呈している。それはそれは痛々しい姿だ。それでも人々の間から安堵のため息がもれた。
生きている、死んでなかった。人々にとってもはや飛べる飛べないよりも目の前の人間が生きていてくれたことの方が重大だった。
シュンケとルシアも同じ思いだった。自由になんかなれなくていい、ただジャノが生きていてくれればそれでいい。シュンケとルシアの顔に笑顔が戻った。
王はジャノに歩み寄り
「今すぐ怪我の手当が必要だ。それ以上動くな。レンドこの者の手当てを!」
「それには及びません!」
ジャノは国王の申し出を強い口調で断った。
ジャノは諦めていなかった。ジャノはよろめく体でふらふらと荷車の所まで歩き、そして残っている力を振り絞って叫んだ。
「これが何だか分かりますか!」
突然ジャノにそう問われ、なんのことか分からずに戸惑う人々。
「これは空族が自分の正体を隠してこの町で買ったものです!」
人々はジャノの言葉につられ荷車の中を覗き込んだ。兵士も覗き込んだ。薬とか布とか紙とか絵の具とかおもちゃとかいろいろなものがある。
「空族の皆が欲しいと思っているものをトーマスに頼んでトーマスがこの町でそれらを買ってくるんです。」
ジャノはおもちゃを取りだしそれを掲げ人々に見せた。
「本当に必要なものは薬ぐらいです。でもおもちゃとか絵の具とかキャンパスとか、こんなにもたくさんの遊び心がここにはある。人間に追われ人間に迫害され住む場所を追われても空族はこんなにも人間が作るものを欲しがっている。これらが自分たちの元に届くのを空族がどんなに楽しみにして待ちわびているかあなた方には分かりますか!!」
大怪我した人間とは思えない力強い声が町中に響く。
「人間に裏切られ命を狙われて奪われ続けても空族は人間とのつながりを断とうとはしなかった。いつもどんな時も人間との共存を夢見て。人間と一緒に生きていくことを空族がどれほど願い続けてきたかあなた達は分からないんですか!!なぜ分かろうとしないんですか!!!」
ジャノは血を吐く思いで叫んだ、空族の想いを、空族の願いを。
雷に打たれたかのように静まり返る人々。もう一度、荷車の中を見つめる。その時、町人の一人がぽつりと呟いた。
「このおもちゃ・・俺が作ったものだ・・・。」
その瞳には涙が滲んでいる。
ここにあるのは空族の希望そのものだ。これを手に取った時、空族の心に希望の灯がともる。こんなささいなものでさえ必要とし、喜び、心から楽しそうに笑い合う。
その場にいる者全てが空族の真の姿を垣間見た気がした。シュンケとルシアを見る。翼を持つ以外、自分たちとなんら変わらない種族。ささやかな暮らしの中で人間との共存を夢見ながら慎ましく生きる空族。
自分たちは一体空族の何を恐れていたのだろう。ただ翼があるだけのことになぜこんなに怯えていた?自分たちの愚かさに今、気づいた。
シュンケとルシアを押さえつけていた兵士の手からふと力が抜けた。シュンケ達はただジャノを見つめている。
「僕の翼はもう一つあります!!」
ジャノが叫んだ。



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