ジャノの強気の発言を受けて王は意味ありげにニヤリと笑った。 「それはそうだな。」 王はジャノの意見に賛同する。だがそれはフランにとっては聞き捨てならない事だった。尋常でない動揺ぶりで王に詰め寄る。 「王!このジャノという男にたぶらかされてはなりません!空族を助けるための詭弁です!」 フランの動揺ぶりは常軌を逸していて不気味に思えてくる。 「フラン、お前は空を飛びたいのか、それともただ血が飲みたいのか、どちらなんだ。我にはお前が血に飢えているようにしか見えんぞ。」 王の厳しい言葉にフランは驚き戸惑った。何も言えなくなるフラン。王はジャノに向き直り 「よろしい、ではその翼を披露してみろ。成功すれば空族に手出しはしないと約束する。」 「本当ですか!!」 とたんにジャノの瞳が太陽を凌駕するくらいに眩しく輝きだした。 「我に二言はない。手出しはしないしさせない。約束しよう。」 ジャノは王を信頼した。そして安心してシュンケ達に向かって手招きをする。それに促されるようにシュンケ達はジャノの翼を抱えたまま地上に舞い下りてきた。思わず息を飲むラジィや兵士たち。ざわめく空気と微妙な感情の揺れを王は敏感に感じ取った。 「手出しはするな!これは国王の命令である!!」 その場の空気を一瞬にして支配する威圧感。ラジィ達は恐縮し王に従い粛々と銃をおろした。 シュンケ達が地上に下り立った。その姿は実に神々しく美しいものだ。背中の白い大きな翼が陽の光の中できらめいている。兵士たちでなくラジィさえもその美しさに圧倒されている。その中で一人、フランだけが空族の翼を見てごくりと唾を飲み込んだ。 「そなたが空族か。我が国へようこそ。」 王は空族に勝るとも劣らない威厳に満ちたオーラでシュンケ達を迎え入れた。シュンケ達は王に礼儀正しく会釈をする。その様子が兵士たちの目に意外なもののように映った。 自分たちが空族に抱いていた印象とはまるで違う。目の前にいる空族はとても紳士的な態度で佇み、攻撃的な要素などまるで持ち合わせていない。 それは町の人々も同じように感じたらしく、兵士の銃がおろされると同時に家の中からぞろぞろと這い出てきた。警戒しながらも空族を一目この目で見ようと集まってきたのだ。シュンケとルシアとジャノの周りを兵士や町人がぐるりと取り囲んだ。シュンケはこうも取り囲まれたらジャノが失敗したら私たちは終わりだなと思った。もっともジャノが失敗した時の覚悟はとっくに出来ているが。シュンケとルシアはジャノに翼を渡した。ジャノは覚悟を決め一つ目の翼を背負う。 「もう一つお願いがあります。」 ジャノは王に懇願した。 「何だ?」 「僕の翼が成功したらカリンを返してくださいませんか。」 「カリン?」 王はそれを聞いてあの捕らえられている空族はカリンという名前なのだと初めて知った。 「あの者はカリンというのか、いいだろう。カリンも開放しよう。」 それにはフランも異論はないようだ。役に立ちそうにない捕虜の翼などどうでもいい。なんせ目の前には立派な翼を持つ空族が二人もいるのだから、フランはそう考えていた。 「そうだ。」 王は何かを思い出した。そして 「成功したらもう一つお前たちに返してやろう。」 そう言うと王は従えていたレンドに何やら耳打ちし、レンドはかしこまりましたと言って城へ戻っていった。 「暫く待て。」 王が言う。ジャノは何だろうと不思議に思っていたら暫くしてレンドが荷車を引いて戻ってきた。荷車をジャノの前に置く。 「これはお前たちのものだろう?」 確かにそれはジャノ達には見覚えがある荷車。 「これは・・・。」 トーマスの荷車だった。荷車の中には皆に頼まれ買い込んだものが所狭しと並べられていた。薬、布、紙、キャンパス、たくさんの絵の具、鍋、そしておもちゃ。よく見るとジャノが頼んだ釘やのみなどもある。どれもこれも土埃を被っているがまぎれもなく皆が欲しがっていたものだ。 ジャノは泣きたくなった。トーマスがこれらを持って帰るのを皆とても楽しみにして待っていた。まだ帰ってこないかな、まだ帰ってこないかなと首を長くして胸を弾ませて。 それなのにこれらはまだ皆の元へ届けられていない。それどころかカリンは捕らわれたまま。 何もかもが上手くいかない悔しさに涙が溢れそうになる。それを必死でこらえる。絶対に飛んでみせる!飛んで皆を自由にするんだ!ジャノはこぶしを握り心で叫んだ。目を閉じるとナーシャの笑顔がジャノを包み込んでいく。絶対飛ぶ!! 王は二キロメートル先の城の塔の上を指差し 「塔の上にある旗を持ってきなさい。さすれば飛べたと認めよう。」 「はい。」 ジャノはスイッチに手を置くと大きく一つ深呼吸をした。そしてスイッチを入れる。ヴィィィンと機械音が鳴り出した。翼がゆっくり動き始めそしてその羽ばたきは徐々に加速していく。ジャノの体の周りに風が巻き起こる。 そして次の瞬間。町人も兵士も王もフランでさえ目を見開いた。ジャノのつま先が地上から離れたからだ。 「浮いている!!」 「そんな馬鹿な!!信じられない!!」 町人が驚き声を上げた。皆固唾をのんでジャノを見守る。ジャノは浮いてどんどん上昇していく。こんな事が起こるなんて・・・。誰とは言わず呟く。誰も皆、目の前で起こっていることがにわかに信じられない。人間が飛んでいるなんて。 ジャノが地上から人々を見下ろすと彼ら全員口をあんぐり開けて驚愕している。まるでお化けでも見たような表情だ。 ジャノはここからが勝負だと思った。ここまでは今までも上手くいっていた。問題はここから先だ。浮くことは浮く、ある程度までなら上へ昇れる。でもここから前進しようとするといつも墜落していた。だか、ずっと研究を重ね改良を進めてきたこの翼。
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