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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第74回   74
「こいつの翼を見てみろ。見るからに小さくて飛べないだろう。こいつは空族の中でも役立たずだ。死んでも悲しむ奴はいない!」
冷酷な目でカリンを見下し尚も無情にムチを振りぬく。バシィイイイ。生理的嫌悪が伴うこの音。血が宙に散らばる。
「ラジィ!いい加減にしろ!!王はこの者を殺せとは命じていない!!王の命令に逆らう気か!!」
ラジィの腕を掴みムチを振るうのを制止させて睨む兵士。ラジィはそれが気に食わない。
「レンド。お前は相変わらずの甘ちゃんだな。王に目をかけられているからって調子に乗るな!!」
ラジィはレンドに拷問を止められて酷く腹が立っている。一歩も引かないレンドとそれが気に入らないラジィの睨みあいが始まった。まさしく一触即発。他の兵士も固唾をのんで見守った。
しかし力の強さはレンドの方が断然上。やがて根負けしたラジィがぺっと唾を吐き捨て忌々しげな顔で牢屋から立ち去った。他の兵士も面白くなさそうにその場を去った。牢屋中に漂う血生臭さ。カリンは息を荒くしながらかろうじて生きている。レンドはカリンの傍にそっと膝をつき静かな声で問うた。
「このままではお前は死んでしまう。空族の居場所を言えばお前は解放されるだろう。なぜ言わない。」
レンドは明らかに他の兵士とは違う雰囲気を纏っていた。しかしカリンは何も答えない。
「仲間だからか・・・。」
レンドは誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
凍てつく冬の風が牢屋の中に忍び込んできてカリンの肌を突き刺す。冷水を浴びせられ、体温は驚くほどの急降下で致死へと向かっていく。レンドはぐったりとしているカリンを見てどこかに消えていった。そしてすぐに戻ってくるとカリンの体にそっと毛布を掛けた。カリンはささやかなぬくもりを感じうっすらまぶたを開け辺りを見渡す。しかしレンドは去った後だった。瀕死のカリン以外誰もいない無機質な牢屋の中、カリンは意識を手放し浅い眠りに落ちていった。

 城の大広間、上手の中央に瑠璃石と翡翠で飾られた立派な王の椅子が鎮座している。大理石の床が優雅に広がっている広間に二人の男が入ってきた。凛々しい眉に鼻筋が整った威厳溢れる顔。頭には輝く黄金の冠が権威そのままに飾られている。察しの通りこの男はこの国の王だ。王は後ろに一人の男を従えている。髭をたくわえ蛇のような鋭い目つきをしているこの男は王の側近。側近の名はフランという。
王はふと、大広間にぽつんと所在なさげに置いてある荷車に気づいた。この豪華絢爛な広間には異様なほど場違いに映るぼろい荷車。
「これはなんだ。」
王はフランに尋ねた。フランは慌てた様子で
「これは失礼いたしました。直ちに片づけさせます。」
「いや、いいんだ。これは一体なんなのだ?」
王は荷車の中を覗き込みながら問う。
中に置かれているのは埃を被った布や紙、キャンパス、それにのみや鍋などがある。他にもたくさんの絵の具、風邪薬や傷薬なども。おもちゃもある。それらが無造作に荷車の中に置かれていた。王は物珍しそうにおもちゃの一つを手に取る。
「それは空族のものでございます。」
フランが面白くなさそうに説明を始めた。
「あいつらは実にずる賢い。調査した所、あいつらはポクールの実を町に運び入れ換金しその金でいろんなものを買いあさっていたようです。」
フランは忌々しげに薬を掴むとポイッと乱暴に放り投げた。
「空族だとばれないようにマントを被り変装していたらしいのですが我が配下のラジィがそれを見抜きまして。空族の一人を捕まえました。」
フランは得意げな顔になり王から褒美の言葉を貰おうと期待したが、王は何を考えているか分からない表情で尋ねてきた。
「これらすべてこの国で揃えたのか?」
「はぁ・・・。そのようでございますが何か?」
期待していた労いの言葉を貰えずいささか拍子抜けしたフランだが今度こそはと
「もう一人仲間がいたのですが残念ながら取り逃がしてしまいました。しかし捕らえた者に空族の居場所を聞き出しているので空族全員捕らえるのは時間の問題かと。」
フランは唇を歪めしたり顔だ。だがフランの期待とは裏腹に王は厳しい表情になり逆に聞き返した。
「捕らえた者はどこにいる。」
王に捕虜の居場所を聞かれフランは酷く慌てる。
「王の手を煩わせるほどの事でもないかと。」
焦って聞かれてもない事を答えるフラン。明らかに動揺しているフランを見て王は我の命令に背き拷問しているなと勘付いた。フランに場所を聞かなくても大方分かる。王は身を翻し城の北の塔に向かった。フランが慌てて止めに入るが王は構わず一人でどんどん進んでいく。そんな王の後姿をフランは眉をしかめて見送るばかりであった。
 
 カリンは北の塔の一番高い所に監禁されている。王は塔の入り口に立った。見張り番をしている兵士が王に敬礼し王の後をついてこようとするが王はそれを制止した。
塔の中に入り長いらせん状の階段を一人で昇っていく。階段は暗く陰鬱。重々しくかび臭い空気が階段を昇る者の身も心も病ませる。まるで鉛を引きづって歩いているかのような憂鬱さ。やがて階段は終わりを告げ、塔の一番高い階に辿り着いた。そこに牢屋がある。
牢屋は血の匂いで塗り固められていた。壁や床にこびりついた陰惨で壮絶な歴史。この中で一体何人の人間たちが責め苦を負い死んでいったのか。
その中にはもちろん空族もいた。現国王が即位してからはほとんど使われなくなった牢屋だがそれでも染みついた血の跡は消せない。王は牢屋に前に立ち中を見た。瀕死の状態で力なく横たわる空族。拷問するなと命じたのにそれに背くラジィたちを苦々しく思った。いまだに世の中で信じられている血生臭い言い伝え。王は、生きているか死んでいるか分からないその者に声を掛けた。
「そなたが空族か。」
しかし中の者は答えない。よく見るとわずかに肩が動いているから生きているはずなのだが。
「名前は何と言う。」
しかしカリンはそれにも答えない。ただ体を震わせているだけだ。暫し流れる重苦しい空気。どれくらいの時が流れたか、ようやくカリンが口を開いた。今にも消え入りそうなか細い声で訴える。
「空族の・・・血を飲んでも・・・翼をもぎろうとも人間は・・・空を飛べない。」
「・・・分かっておる。空族の血肉を食しても空を飛べるようにはなれない。もしなれるのなら私の父はとっくに飛んでいたはずだ。」
王は瞳になんの色も浮かべず答えた。カリンは王が言い放った言葉の意味におののいた。


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