ナーシャを巻き込みたくない、ただそれだけだ。そしてそれはジャノも同じであった。 「君の気持ちも分かるけど君はここに残ってくれ。君を危険な目に合わせたくないんだ。」 ジャノは優しく諭した。でもナーシャはそんなことで引く性格ではない。 「私だって役に立つわ。カリンを助けるの!」 ナーシャは女戦士の如く闘志をみなぎらせている。ルシアはやれやれと肩をすぼめ手のひらをひらひらさせた。 「ナーシャの事だから敵におとなしく捕まることはなさそうだけど考えなしに剣を振り回して逆に人間を人質にとってやっかいごとを増やしそうだよね。闘志が空回りするってやつ?」 こんな時でもルシアの憎まれ口は健在だ。しかしそれが今はありがたい。ナーシャのやる気を削ぐにはもってこいだ。 「なんですって!?」 ナーシャはむきになってルシアにくってかかった。それでもルシアは相変わらずのすまし顔。 「ナーシャ、お前にはお前にしか出来ないことをやって欲しい。皆のことはおばば様やジムにまかせたがさすがに全てに目を配ることは無理だ。特に女、子供に目配せをしてくれないか。」 シュンケはこれはナーシャにしか出来ないことだと念を押す。ナーシャもそれならばと渋々了解した。 ジャノとシュンケとルシアの時は満ちた。 「気を付けて。」 心配そうにナーシャが声を掛けるとジャノは嬉しそうに微笑みんだ。 「後は頼んだよ。」 ジャノは一言残しシュンケと共に夜の空へと消えて行った。それに続いてルシアもジャノの翼を持ち飛び立つ。三人の無事を心から祈りながらナーシャは星空を見上げた。星は今燃え尽きても今生悔いはないと主張するかのように精いっぱい輝いている。
河岸ではサンキットがうろうろしていた。シュンケ達の姿を見つけると嬉しそうにヒヒーンといななく。シュンケは地上にジャノを下ろした。 「ジャノ、馬に乗れるか?」 「もちろん。馬は人間界での唯一の友達だ。」 嘘か本当か分からないことを言ったジャノはすぐにサンキットの所に駆け寄り、宥め、飛び乗った。ルシアも翼を抱えて飛んできたがさすがに二つ同時に持つと重いらしい。やっとの思いで運んできたのか、はぁはぁと息が荒い。 「一つ持とう。」 シュンケの申し出にルシアは喜んで一つ差し出す。休む暇もなく三人はカリンの元へと走り出す。ジャノは馬で、シュンケとルシアはもちろん飛んで。電光石火の勢いで駆け抜けていく三人。 森は林に、獣道は舗装された道に、荒地は田園風景にその姿を変貌させていく。それは人間がすぐそばにいるという事。しかしもうシュンケ達は自分の姿を隠そうとはしない。三人はずっと全速力で駆け抜けた。ひと時も休まずに飛び続けているがさすがに限界が近くなってきた。一刻を争うが体力を養わなければカリンの元へたどり着けない。シュンケはジャノの元へ急降下し 「一度休憩を取ろう。」と提案する。ジャノもそれに賛成した。 シュンケは再び上昇し、休むにはちょうどいい雑木林を見つけところでジャノに合図を送る。ジャノは人間が周りにいないことを確認しシュンケ達を手招いた。空族が舞い下りた途端、カッコウの鳴き声が三人を包む。 カッコウ・・・カッコウ・・・とやけに寂しく心に沁みる。三人は無言のまま近くにあった倒木に腰を下ろした。野生の狐が少し離れた所で三人の動向を窺っている。サンキットがヒヒンとひと鳴きすると狐は慌てて林の奥へと消えて行った。 シュンケとルシアはさすがに飛び疲れたのであろう、肩で激しく息をしている。無理もない。自分自身を飛ばすだけでも力がいるのにジャノの翼を持って常に全速力だ。ジャノは持参している水筒をシュンケに渡した。 「すまない。」 シュンケは一言礼を言うとぐいっと水を一口含んだ。そしてルシアに水筒を回す。ルシアは待ってましたとばかり勢いよく水筒を傾ける。一口どころか五口も六口もごくごくと水を飲む。一息ついたところでルシアが早速尋ねる。 「カリンがいる場所はどこだっけ?」 「ハラレニ国だ。後一日ぐらい飛べば着くだろう。というか半年に一度トーマスが行ってる場所ぐらい覚えていないのか。」 「そういうの興味ないし。」 「相変わらずだな。」 飄々と答えるルシアにシュンケは呆れた。ルシアは肩が凝ったのか腕をぐるぐる回しながら 「それにしても後一日飛び続けるのかぁ。そんなに長い時間飛ぶのは5年ぶりだよ。体力持つかな。」 「無理そうならお前は引き返してもいいんだぞ。」 「ご冗談を。なにがなんでもシュンケについていくよ。」 休み休みとはいえ飛んでいる間は全速力だ。体力の消耗は半端ではない。しかし、一刻も早くカリンの元へ急がねば。気だけが焦る。 「とにかく今はここで休もう。3時間後に出発する。」 見張りを一時間ごとに交代することにしてまずジャノとルシアが先に眠ることにした。夜空には星々が輝き月光が艶やかに雑木林を濡らす。シュンケは枝の隙間から垣間見える夜空に語りかけた。 「カリン、無事でいてくれよ。」 シュンケの祈りは届いたのだろうか、カッコウの憂いをおびた鳴き声だけが夜の孤独に許され果てなく流れていく。
ビシッ!バシッ!ムチが鋭く振るわれ、肉体に当たるたびに鈍い音が牢屋に響き渡った。 「言え!空族はどこにいる!?」 「・・・っ!」 「言え!!言わぬか!!」 兵士が力任せにムチを振りぬく。その度にムチで打たれた体が悲鳴をあげ血を飛び散る。カリンは手足を紐で縛られ拷問に合っていた。殴られ蹴られ出来た傷、青あざは数えきれない。口の中も切ったのであろう、唇の端から血がしたたり落ちている。瞼は腫れ上がりカリンの顔は変形していた。違う兵士がカリンの腹部にけりを入れた。ぐふっ。カリンは腹を庇うようにうずくまる。庇いたくても手足が縛られていて庇えない。されるがままだった。 「女みたいな顔をしているくせに強情な奴だ!!」 兵士は忌々しげに言うとカリンに冷水をぶっかけた。びしょ濡れになるカリン。床に染みるカリンの血と凍り水。 「翼をもぎとってしまえ!」 兵士の一人が吐き捨てるように言う。肉を裂く冷酷なムチの音も鳴る。 「こんな出来損ないの翼をもぎとっても何の役にも立たん!」 また違う兵士がカリンの翼を踏みつけてじりじりと地面にこすりつけた。カリンはひたすら激痛に耐えた。唇を真一文字に結び何も話そうとしないカリン。だがカリンが無言の抵抗を続ければ続けるほど拷問は残忍さを増すばかりだった。そこへとある兵士がやってきてこの惨状を目の当たりにした。 「何をやっているんだ!死んでしまったら元もこうもないだろう!」 その兵士は拷問している兵士たちを咎めるように制止した。しかし兵士たちは拷問を止めようとはしない。
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