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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第72回   72
「ナーシャ、君がお転婆で良かった。」
「?」
「君がここを抜け出して人里に下りるようなお転婆な娘でなかったら僕は君と出会えなかったからね。」
「・・・バカッ。」
ジャノの言葉でナーシャの心は幾分和らいだ。そしてより強くジャノに抱きつく。
「僕はね、君やカリンが好きな時にいつでも人里に行って好きな時に帰ってこられる世の中にしたいんだ。命を失う覚悟なんてしないで済む世の中にしたい。」
「分かっているわ。」
ナーシャの頬に伝わるジャノのぬくもり。
「空族の皆が自由に生きられる世界を僕が作って見せるから。」
ジャノはナーシャと向き合った。見つめ合う二人。ナーシャの瞳から涙が流星群のようにこぼれるとジャノはたまらなくなって思いっきりナーシャを抱きしめた。抱きしめ合ってお互いのぬくもりを心に刻む。
ナーシャはこのまま二度と会えなくなりそうな気がして不安になった。その不安を打ち消すかのようにもっと強く深く抱きしめる。ジャノはナーシャの震える体を抱きしめながら耳元に囁いた。
「僕は必ず帰ってくるよ。カリンを連れてね。」
海のように深く抱擁し合う二人。その時、思い切りドアが開かれた。シュンケだ。慌てて離れる二人。シュンケはタイミングが悪い時に来てしまったと気まずそうに頭を掻いた。ジャノとナーシャは恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「悪いが今は時間がない。続きは帰ってからにしてくれないか。」
「すみません。でもシュンケはどうしてここに?皆を北の洞窟に誘導しないといけないのでは?。」
「私もカリンの救出に行く。」
「えっ・・・。」
「空族の頭領としてカリンを見捨てることは出来ない。いや、頭領としてではなくいち友人としてな。それとも私がお前一人で行かせると思っているのか?」
私を見くびるなとでも言いたそうなシュンケの口ぶりにジャノは思わず苦笑いした。しかしシュンケが一緒に来てくれるなら心強いのは確かだ。シュンケを危険にさらすことになるがシュンケだったら人間に敗北しないだろうことも分かっている。シュンケはとてつもなく強い。手加減しまくりのシュンケに完膚なきまでにボコボコにされたジャノはそのことを身をもって知っている。
「お願いします!」
「うむ。」
ジャノは決意新たに二つの翼を両脇に抱えた。腕にかかるずっしりとした重みにジャノは眉をしかめた。これからは軽量化も考えないと駄目だな、こんな時でもそんな事を考えるジャノはまさしく発明家であった。
シュンケはまずジャノを山の麓まで運び、その後から二つの翼を運ぼうと考えた。往復する時間が余計にかかるが仕方がない。その旨をジャノに伝えるとジャノも了解した。
いざ、出発しようとしたその時だ。突然ルシアがシュンケたちの前に飛び込んできた。ルシアはシュンケの前に立ちはだかる。
「何だルシア。」
シュンケが問うがルシアは何も答えない。
「悪いがそこをどいてくれ。時間がないんだ。」
シュンケはそう言うとカリンが囚われている町にたどり着くまでの水と食料をジャノに持たせたりと忙しそうに動き回る。
「僕も行くよ。」
いきなりルシアが宣言した。突拍子もないことを言いだすルシアにシュンケとジャノは驚き思わず動きを止めた。
「何を言い出すんだ?」
冗談はよしてくれとばかりにシュンケが言う。だがルシアは二つの翼を指差しながら
「いくら空族一の馬鹿力のシュンケでもジャノと二つの翼を一度には運べないでしょ。すると往復することになって余計な時間のロスになると思うんだけど。でも僕が翼を運んでシュンケがジャノを運べば一度で済むよ。」
確かに時間は惜しい。こうしている間にもカリンの命の炎が消えかけているかもしれない。でもだからといってルシアを危険な目に合わせるわけにはいかない。
「余計なことをするな。お前は戻り皆と一緒に行動しろ。行先はおばば様とジムに伝えてある。一刻を争うんだ、さっさと避難しろ。」
シュンケはしっしっと追い払うがルシアは面白くなさそうだ。
「それってさ、カリンが人間に僕らの居場所を話したと思っているという事だよね。」
「万が一の為だ。私もカリンはそんな事をするはずがないと思っている。しかしこれはリスク回避だ。カリンが例え話しても話さなかったとしても我らがそこにいなければいいだけの話だ。」
シュンケの論理的な説明にルシアは思わず押し黙った。
「それにカリンだってどこまで痛みに耐えられるかは分からない。人間から拷問されこの場所を話したとしても私はカリンを責める気は全くない。しかし話したがために我らが危険な目に合ったとカリンが知ったらカリンは自分自身を責めるだろう。お前はそれでもいいのか?親友のお前までいなくなったらカリンがどんなに悲しむか少しは考えてみろ。」
シュンケは至極まっとうなことを言う。ジャノは感心した、これが頭領というものだと。シュンケはルシアが納得したとみてジャノに「行くぞ。」と合図を送る。だがルシアは
「僕はカリンに言ってやりたいんだ!!」
いきなり叫んだ。
「自業自得だとカリンに言ってやりたいんだ!」
ルシアは瞳に涙を浮かべこぶしを握り締め悔しそうにしている。これがルシアの本心なのだろう。自業自得と言ってやりたいということではなくただカリンが心配でシュンケたちについていきたいのだ。カリンの事が心配で心配で仕方がないくせにそれを素直に口に出せないルシア。今にも泣き出しそうな顔をしているルシアを見てシュンケはため息をつく。
「シュンケが駄目と言っても勝手についていくから。カリンに一言いってやらないと気が済まない!」
心配なくせに憎まれ口を叩くルシアを見てナーシャとジャノはやれやれと顔を見合わせた。ルシアは強情な性格なので一度言い出したら聞かないだろう。仕方がない、連れていくか。
「覚悟は出来ているのか。」
シュンケが遊びではないんだぞという真剣な瞳で問うとルシアは大きく頷いた。この場合の覚悟とは「死」だ。それでもルシアの瞳からは恐怖が微塵も感じられない。
「ついてこい。」
シュンケが許可をした。すると突然。
「私も行く!」
今度はナーシャだ。シュンケはがっくりと肩を落とした。全くどうして揃いもそろってこうなんだ?どうしてこうやっかいごとを増やす?シュンケは脱力しながらナーシャを見た。ジャノは驚愕のあまり固まっている。シュンケは説得を試みることにした。
「なるべく少人数で行動したい。人数が増えると目立ち、その分リスクも高くなる。今回は諦めてくれ。」
しかしシュンケの本音もまた違う。


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