ルシアはなぜかとても後悔しているように見える。その体は小刻みに震え、強く噛みしめた唇には血が滲んでいる。今のルシアはいつも人をからかってばかりのルシアと同一人物だとは到底思えない。苦渋に満ちた顔で僕も同罪だと何度もつぶやいているのを見たシュンケは悟った。カリンの手伝いをしたな・・・。しかしシュンケはそのことを責めたりしない。 「後悔しても何も始まらない。今はジャノの翼に賭けよう。」 シュンケはルシアを諭すように言う。それを聞いてルシアもシュンケは全てを知ったのだと悟った。 「分かった。」 ルシアは一言だけ残して自分の家に飛んで行った。シュンケは静かに一つため息をつきジャノの家に向かって歩き出した。ジムは慌ててそれを追いかける。 「いいのか?ジャノにすべてをまかせて。」 「あぁ、今はそうするしかない。」 「しかし・・・。」 ジムは納得がいかない。 「私がジャノを運ぶ。お前は皆の指揮にあたってくれ。」 シュンケのいきなりの頼みごとにジムは思わず立ち止まった。 「俺に指揮をってお前、まさかジャノと一緒に行くつもりか?」 ジムは焦りながら問うた。 「ジャノ一人でいかせるわけにはいかない。それに元からジャノが行かなくとも私はカリンの救出に向かうつもりだったからな。」 「本気か!?」 納得いかないジムは苛立ち気味に聞き返した。 「ジャノはたった一人で人間に立ち向かおうとしている。カリンだってそうだ。今頃人間の酷い拷問に耐えているに違いない。それなのに何もしないで見捨てるなど私の性に合わん。」 シュンケがそういう男であるのはジムにもよく分かっている。だからこそ皆シュンケについてきたのだ。 しかし同時にシュンケは空族にとってなくてはならない存在。シュンケがいたから空族はここまで空中分解することなく辿り着けた。ここに来てからの五年、平和に暮らしてこられたのもシュンケのおかげだ。もし万が一、シュンケがいなくなったら・・・。そう考えるとジムの背中に戦慄が走った。 「お前なしで空族はどう生きて行けばいいというのだ!?」 ジムは強張った顔でシュンケに詰め寄る。ジムは穏やかな男だ。しかし友人の身の上に起こる事に関してはいつも熱くなる。いまにもシュンケの胸倉に掴みかかりそうな勢いだ。シュンケは、相変わらずのジムの友情の厚さに内心感謝しながら柔らかな笑みを浮かべ説得する。 「ジム。私がいようといまいと空族は空族だ。誇り高き一族の団結力は私ごときで左右されるほどやわなものではないぞ。」 シュンケはずるいところをついてくる。なんと反論していいか分からず、かといって納得もいかないジムは戸惑う。 「私だとて永遠の命を授かったわけではない。いつか頭領の座を誰かに譲る日が来るだろう。それが早いか遅いかだけの差だ。」 「それはそうかもしれないけど・・・。」 そうは言われてもそう簡単には受け入れられない。いまだ抵抗するジムにシュンケはおのれの笛を手渡した。 「後は頼んだぞ。お前が私の後継者だ。」 笛を渡され、ジムは驚愕し目を見開いた。 「後継者とはどういう事だ!?」 今までと比べものにならないくらいにジムが怒り出した。 「私がもし戻らなかったらお前が頭領となり皆を安全な場所へ避難させてくれ。」 予想だにしないシュンケの言葉にジムは取り乱す。 「そんな!俺には頭領なんて無理だ!俺はお前のような行動力も統率力もない。とても頭領なんて務まらない!」 しかし憤り焦るジムとは対照的にシュンケは落ち着き払っている。 「おばば様と相談してすでに了解は貰っている。避難場所は北の竪穴洞窟だ。お前も知っているよな?」 それでもジムは憤るばかりで覚悟を決めかねている。それも無理はない、こんな大事なことをこんな性急に。 「そんな勝手なことを言うな。俺には無理だ!!」 ジムは懸命に反論する。しかし 「頭領なんて誰でも出来る、空族を思う気持ちがあれば誰でもな。だが頭領は他の誰よりも強く空族を思う者がなるべきだ。そしてそれはジム、お前だ。」 「・・・。」 シュンケは有無を言わせない強い眼差しで説得する。ジムは思った。確かに自分は空族を愛している。でも自分にはシュンケのような恵まれた体格も決断力もない。頭領になるべきと言われても、はい、そうですかと素直に受け入れられない。そんなジムの戸惑いを感じ取ったシュンケは 「やるだけやってみろ。やって出来なかったら他の者に譲ればいい。やる前に出来ないではお前自身が一番お前の力を見くびっているぞ。」 ジムの自尊心に訴えかける。またしてもジムは反論出来なくなった。 「安心しろ、私が戻らなかった場合は、だ。私はそう簡単には死なない。必ずカリンとジャノを連れて帰ってくる。」 何も言い返さないジムを見てシュンケは説得できたと思い、また歩き出した。その足取りはとても堂々としている。ジムはシュンケの背中に声を掛けた。 「必ず戻ってこいよ!!」 シュンケはその言葉に手を挙げて答えた。
ジャノは家に飛び込むと一目散に完成間近の翼に駆け寄った。ジャノは翼に思いの丈を込める。 「頼むぞ!!」 すぐにナーシャもやってきた。翼を見つめ覚悟を決めるジャノ、そんなジャノを見つめるナーシャ。 「どうしても行くの?」 ナーシャが恐る恐る聞くと 「あぁ、カリンを助けなければ!」 ジャノは一寸の迷いもなく答えた。ジャノが翼を抱え外に出ようとした時だ。ナーシャはジャノの背中に抱きついた。ジャノの体に回された細く白い腕が小刻みに震えている。ナーシャは子供のように泣きじゃくる。本当はジャノに行って欲しくないのだがカリンのことを思うと行かないでとは言えない。ナーシャの引き裂かれそうな心の痛みを思うとジャノはいたたまれない気持ちになった。 「ごめんね、ナーシャ。」 ジャノは慰めるようにナーシャの手に自分の手を重ねてそっと握りしめた。
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