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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第70回   70
おばば様も今回はさすがに怒っているらしく皺で隠された目には厳しい色が浮かんでいる。トーマスは改めて自分がした事の罪深さを思い知らされた。
「皆すまない。こんな事になってしまって。」
トーマスは土下座して謝った。おでこを地面にこすりつけて血が滲んでも土下座を止めない。しかし謝罪されたとことでカリンは戻ってこない。空族は荒れに荒れ怒りを露わにする者もいれば泣き崩れる者もいる。
「謝れてもな!」
「なんてことをしてくれたんだ!お前がカリンが行くのを止めていればこんなことにはならなかった!!」
「カリンを今すぐ取り戻してこいよ!」
「カリン・・・!!」
怒涛が悲痛がトーマスに殺到した。だがその中にあってシュンケだけは冷静だ。
「今はトーマスを責めている場合ではない!」
皆をビシッと窘めた。空族たちの怒りや悲しみは収まらないがシュンケの言う通りトーマスを責めたところでカリンが戻ってくるわけではない。一様に口を噤んだ。
「なぜカリンが・・・。」
ジャノがぼそっと呟いた。
「カリンの気持ち、私には分かるわ。」
ナーシャが答えた。それを聞いた者がナーシャを咎めるような口調で
「そりゃあそうだろう。お前さんも脱走した口だからな。」
シュンケがその者をキッと睨む。シュンケの厳しい視線を受けその者は黙った。ただならぬ空気が皆の体に重くのしかかっていく。
多くの者が内心カリンはもう殺されているかもしれないと思っているがそんな現実を受け入れたくなくて心の中で必死にカリンの死を否定している。生きていると思いたい。
だが人間に捕まった空族が生き延びた例などかつて一度もなかった。繰り返されるこの悲劇、この惨劇、誰にも止められないのか。空族は空族である限り人間に迫害され続けなければならないのか。
誰も口を開かない。ジャノはいたたまれない気持ちになった。人間の愚かさをこんな形で思い知らされるなんて。そして申し訳ない気持で胸が張り裂けそうになる。おのれの非力さを呪いながらカリンの笑顔を思いだした。素朴で優しい笑顔。
思えばカリンがナーシャと自分を引きわせてくれたようなもの。カリンは恩人だ。ジャノはカリンをどうにかして救いたい気持ちでいっぱいになる。その時ジムがふと呟いた。
「俺たちの居場所を吐かせられたんじゃないか?」
それは皆も不安に思っていたことで、ジムの言葉が引き金となり皆の心にあの時の恐怖が蘇ってきた。怖くなってお互いの顔を見合わせる空族たち。そこでおばば様はしわがれた声で告げる。
「カリンに限ってそんな事はないと思うが念の為じゃ、皆ここを引き払う準備をしておくれ。早急にな。出発は一時間後じゃ。」
ジャノは心の中で自問自答を繰り返していた。このままでいいのか。これでいいのか。このままカリンを見捨てていいのか・・・。
いや、これでいいはずがない!体中に流れる血が沸騰し熱くなる。皆が各々の家に散りかけた時、ジャノは叫んだ。
「待ってくれ!」
ジャノの叫びに何事かと振り返る。ジャノは大きく深呼吸をすると息を整えシュンケの前に歩み出た。
「僕はカリンの所へ行く!」
シュンケもおばば様もその場にいる者全てがぎょっとしてジャノを見つめ息を飲んだ。そして誰よりも驚いたのはナーシャだった。
「何を言い出すの!?」
ナーシャはジャノに詰め寄る。ジャノはナーシャを手で制すると、生死をかけた戦に向かう戦士のような覚悟を決めた目でシュンケと向き合った。
「僕は人間だ。僕が説得すればカリンは解放されるかもしれない。」
「・・・。」
それを隣で聞いていたジムは絶望に満ちた声で呟く。
「そんなことをしても無駄だ。カリンはもう殺されている。」
「そうだ、そうだ!そんなことをしても無駄だ。説得など出来やしない!」
「そうよ!無理だわ!」
次々と批判が噴出した。だがジャノはひるまなかった。
「僕には翼がある!」
ジャノの気迫が一瞬にして皆を押し黙らせた。ジャノが作っているあの翼。
「僕の翼を人間に見せれば自分たちも飛べる事が分かるはず。そうすれば空族の血なんて必要なくなるんだ!」
空族を懸命に諭すジャノ。そして次にシュンケにそうだろう?と目で問いかける。それなのにシュンケは何も答えない。ジャノはじれったくなった。ナーシャは取り乱しそうになる自分を必死で抑えジャノを止める。
「でもあの翼はまだ完成してないはずよ?危険だわ。」
「もうほとんど完成している。大丈夫だよ。」
「でも・・・。」
ナーシャは納得出来ない。ジャノを行かせたくないナーシャの気持ちは痛い程分かる。不安と戸惑いをまるで隠そうとしないナーシャの瞳をジャノは優しく覗き込み
「大丈夫だ。僕を信じて。」
真摯に諭した。
「それに君もカリンを助けたいだろう?」
「・・・!」
ナーシャはそれを言われたら何も反論出来なくなった。ジャノを行かせたくない、でもカリンは助けたい。相反する二つの切実な願いに挟まれて息をするのも苦しくなる。ジャノを見ればその決意が折れることはないだろうというのは見て取れる。ジャノは一度こうだと言い出したらそれを曲げない男。シュンケとナーシャはそれをよく知っている。シュンケは腹をくくった。
「ジャノ、お前に賭ける。」
シュンケの一言でその場の空気が一変した。皆の心の中でジャノへの期待がどんどん膨らんでいく。もちろん失敗する可能性もある、しかし今はただ信じていたいのだ。
「おばば様、構いませんか?」
シュンケが尋ねるとおばば様はニヤリと笑った。
「我ら一族の頭領はそなたじゃ。我らはそれに従うまで。」
シュンケはおばば様の後押しを受け深く頷いた。そしてジャノに向き合う。
「ジャノ頼んだ。今すぐ準備をしてくれ。」
「はい。」
ジャノは家に向かって走りだした。その目は信念に溢れている。ナーシャもジャノの後を追いかけた。ジャノの足があまりに速くて追いつけないので翼をはためかせジャノを追った。二人の姿が消えたのを確認したシュンケは皆に命令した。
「念の為、ここを引き払う準備をしておいてくれ。ジャノが失敗した時の為だ。」
シュンケの命令を受け、皆は一斉に自分の家に向かって飛んでいく。ここにまだ残っているのはシュンケとおばば様、ジム、そしてルシアだけだ。ルシアは唇を噛みしめ立ちすくんでいる。それに顔から血の気が引いていて真っ青だ。ルシアの異変に気づいたシュンケはルシアに忠告する。
「ルシア、どうした。お前も早く退避の準備にとりかかれ。カリンのことは私たちに任せろ。必ず救い出してみせる。」
しかしルシアは動こうとしない。それどころか
「僕も同罪だ。」と呟くだけだ。
ジムは不思議に思いルシアを見つめた。


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