だがまずいことに町を闊歩していた他の兵士もこの騒ぎに気づき何事かと集まってきた。こちらにやってくる兵士たち。町の人々はただ唖然としてこの状況を見ているだけだ。 「逃げて!!」 カリンの叫び声が一層激しくトーマスの胸を貫いた。それに背中を押されるように荷台に飛び乗り早急にサンキットに出発の合図を送る。サンキットも危機を察したのかすぐに走り出した。精いっぱいにスピードを上げていく。 しかし荷車は様々な荷物でいっぱいだった。重量が早駆けの馬の足を鈍らせてしまう。トーマスと兵士たちの距離はみるみるうちに狭まってくる。恐ろしいまでの殺気をみなぎらせトーマスを追い詰める兵士たち。 このままでは追いつかれると思ったトーマスは少しでも重量を軽くしようと打って出た。揺れまくる荷車の木枠を手綱を持ったまま器用に渡るとサンキットの背中に飛び乗った。そして荷車を切り離したのだ。身が軽くなったサンキットは翼が生えたかのような軽さでぐんぐん加速していく。兵士たちはどんどん引き離されていった。 しかも切り離した荷車がバランスを崩してひっくり返り豪快に中の物が道の上にぶちまけられた。薬や布や紙やのみや鍋、おもちゃなどが散乱し道をふさぐ。 「チッ」 もはや追いつけないと悟った兵士たちは悔しそうに舌打ちしおもむろに引き返していく。カリンは先ほどの兵士に捕らえられたままだ。両腕を後ろに回され引きずられるようにして兵士に連れていかれる。町の人々はそれを遠巻きに見ているだけだった。 ふと、カリンはとある人間と目が合った。昨日の画材屋の店主だ。店主は驚きと悲しみの色が入り混じった目でカリンを見ている。 カリンの心の中に昨日の出来事が蘇った。店主とあんなにも楽しく幸せな会話をし、時が経つのも忘れるほどのあの満たされた幸せな時間。あの時の幸福感が今自分が置かれている状況を忘れさせてしまい思わず立ち止まってしまった。あれほど楽しかった時間が幻だとは思いたくない。 しかしすぐに兵士に歩くんだと促された。城へ向かって連れて行かれるカリン。そんなカリンの後ろ姿を店主は心配そうに見つめている、カリンの行く末を案じながら。
道なき道を駆け抜け幾つもの林をくぐり抜け、浅い川を渡り、ひと時も休まずトーマスは馬を走らせた。 「すまないカリン!すまないカリン!」 トーマスは心の中で何度も謝った。拭っても拭っても涙は後からこみあげてくる。でも泣いている暇はない。今は一刻も早くシュンケ達に知らせなければ。カリンを連れていった事をどんなに後悔してもカリンが解放されるわけではない。この非常事態を一刻も早く知らせる為、からからになった喉を潤す時間も惜しみ夜通しサンキットを走らせた。 その甲斐もあってか予定より半日早く待ち合わせの場所へ到着出来た。だが辿り着くのが早すぎたせいでシュンケたちはまだ来ない。 早く!早く来てくれ!!トーマスは祈るような気持ちでシュンケたちがくるのを待った。シュンケがくる東の空を見続けては早く来てくれと叫ぶ。飛べない自分が心底情けなくなった。もし飛べたら今すぐにでもシュンケに知らせにいけるのに。 悔しい!飛べない自分が悔しい!握りしめた手のひらに血が滲んだ。 するとバサッ。バサッ。突然翼の羽ばたきが耳に入る。驚いて振り返るとそこにはなんとシュンケがいた。トーマスはシュンケの顔を見たとたん気が緩み涙が溢れた。 「どうした?」 心配になったシュンケが尋ねる。トーマスは一刻も早くカリンを救うべく今までの事を一気に話した。 「何だと!?」 シュンケは驚きのあまり絶句した。 「すまない!カリンを連れていくべきではなかった。」 心底後悔しうなだれたまま顔を上げない。 「今は後悔している時ではない。どうするべきかを考えよう。」 シュンケはうなだれるトーマスの肩をポンと叩く。 「とにかく一度皆の所へ戻るぞ。」 シュンケはトーマスの体に腕をまわし翼をはためかせる。 「しっかり掴まってろ。」 シュンケが注意を促した途端二人の体は宙へと舞い上がった。力強い羽ばたきでどんどん目の前の風景を追い越していく。トーマスはふと疑問に思った事を聞いてみた。 「そういえばなぜシュンケはあの場所にいたんだ?約束の時間より半日も早かったのに。」 「・・・何が起きるか分からないからな。念の為に様子を見に来ていた。」 「もしかして俺たちが旅立った時からずっとあの場所に?」 シュンケは当たり前のことだというかのように一言だけ「あぁ。」と答える。トーマスはそれを聞いてカリンを連れていくことをシュンケに話せば良かったと後悔した。シュンケならカリンが行くことを止めるのではなく許したのではないかと思えてきたからだ。そしてその上でもっとも安全な方法を模索してくれたのではないかと。シュンケならそれが出来たのではないかと思えてならなかった。ふと横を見ると、鳥が二人の隣を並走しながら飛んでいる。 「遊んで欲しいのか?」 シュンケの真剣な顔が一瞬ほころんだ。
河を越え森を越え山を越え二人は一族の村へ舞い下りた。シュンケはトーマスにここで待っていろと告げると皆を呼びに回った。これからすべきことを決める為だ。皆が青ざめた顔で集まってくる。 「あのカリンが・・・」 「なんてことをしてくれたんだ。」 頭を抱え込む者もいれば厳しい視線をトーマスに向ける者もいる。最後にシュンケはおばば様を連れてきた。
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