二人は揺られながら町の中心部に向かっていく。太陽はどんどん上昇しそれにつられて気温もぐんぐん上がっていく。今は12月、今寒くなければいつ寒くなるのだと問いたくなるほど今日は珍しいくらいの陽気になった。ここ10年でも記録に残るくらいの温かさだ。小春日和と風流なことを言えばそれはそうだけどトーマスとカリンにとっては歓迎できることではなかった。 町の人々はたまりかねてコートやマントを脱いでいくがトーマスたちは絶対に脱げない。二人は額どころか全身が汗びっしょりになっていく。それでもマントは脱げない。トーマスは 「ここで待っていてくれ。」 と一言残して金物屋に入った。のみや釘、鍋などを買い込んでくると早速荷車に積んだ。次に薬屋。念の為ともう一度薬を買いそろえる。トーマスは実に効率よく店をまわり無駄のない行動でどんどん買い足していく。カリンはトーマスの手際の良さに感心した。 そしていよいよ町での最後の買い物、おもちゃだ。カリンはおもちゃで遊ぶ子供たちの顔を思い浮かべると自然に笑顔になった。トーマスはおもちゃ屋の前に到着すると「待ってろ。」と一言残し店の中へ消えて行った。 後少しだ・・・、カリンは思った。その油断がカリンの気をゆるませたのかもしれない。すると町を闊歩していた一人の兵士の目にカリンの姿がふと目に留まった。 そして訝しげな目で見つめている。 おもちゃ屋の中にはそれはそれは様々なおもちゃが飾られていた。ブリキで出来た兵士、木のぬくもりが伝わる積み木。可愛らしい人形、ミニチュアサイズの馬車。小さな小さな人形の家。可愛らしくデフォルメされた動物のぬいぐるみ。大人が見ても心躍る風景だ。 どれにしようかトーマスは正直迷っていた。さっさと選んでさっさとここから出たいのにあまりのおもちゃの豊富さに迷ってしまう。 カリンはおとなしく荷車で待っていた。それにしても町の活気は素晴らしくカリンは興味深げに周りをキョロキョと見渡す。 通りの向こうを見た時、小さな画廊があるのに気づいた。そのとたん胸がドキドキと高鳴り始める。カリンは今まで自分が描いた絵しか見たことがなかった。見てみたい・・・。カリンはその衝動を抑えられなかった。ふらふらと荷車を降り引き込まれるかのように画廊の前に立った。 ショーウィンドウの向こう側にある「風車のある風景」郷愁が漂うその美しさにカリンはすっかり虜になってしまう。その絵に魅入られてしまい周りのことなど全く目に入らなかった。まるでこの世に自分とこの絵しかないような気持ちになりその世界にどっぷり浸るカリン。背後に忍び寄る怪しい影に気づくはずもなく。 トーマスはようやくおもちゃを選び終え荷車の元へ戻った。しかしそこにカリンの姿はない。おもちゃを荷車に置くと早速辺りを見渡した。カリンの姿はすぐに見つけることが出来た。 「カリ・・・。」 声を掛けようとして思わず息をのんだ。カリンのすぐ後ろに人間が立っている。しかも兵士だ。鉄の鎧を身に着け威圧感を漂わせている。トーマスの背中に脂汗が流れた。驚きのあまり声も出ない。 戦慄で固まるトーマスとは裏腹にカリンはまだ風車の絵にうっとりと見とれている。 だが暫くしてカリンは背後にある不穏な気配に気づいた。ショーウィンドウに映る自分とすぐ後ろにいる兵士。カリンの背中は瞬時に凍った。足が震える。体中を這う尋常ではない脂汗。 「なぜこんなに暑いのにマントを脱がない。」 兵士が言い放った。訝しげな音を含んだ言葉がカリンの耳に突き刺さる。地を這うような重低音の声はよりいっそうカリンに襲い掛かる。あまりの恐怖に何も答えられず立ちすくむカリン。振り向くことさえ怖くて出来ない。 「よく見るといびつな背中だな。」 兵士が続けて言い放つ。カリンの心臓の鼓動は限界近くまではね上がった。自分の早鐘が兵士に聞こえてしまうのではないかと焦る。どうしていいか分からないカリンは絶望で気が遠くなりそうだ。 「カリン!!」 突然自分の名前が呼ばれた。カリンはとっさにそちらを見てしまう。トーマスだ。 カリンがトーマスまで巻き込まれることを危惧した瞬間、兵士が強い力で強引にマントを引っ張った。ほどけないようにと固く結んだマントの紐がひきちぎられる。いきなりの兵士の荒業にカリンはよろけて転んでしまった。マントは無残にも体の傍に落ち、背中に小さな白い翼が現れた。次々と周りにいる人たちから悲鳴が上がる。 「なんだこれ!?」 「空族よ!!」 トーマスは青ざめた。しかしカリンは何が起こったのか分からなくて茫然としている。ようやく顔をあげ周りを見渡してこの身に起こった事を理解した。町の人々は口元に手を当て驚きの表情でカリンを見つめている。 終わった・・・。カリンはそう思った。自分が空族であることがばれた。恐る恐る兵士の顔を見上げる。兵士は無言のまま背筋も凍るような陰惨な目でカリンを見下ろしていた。 人間に見つかったら殺されるという覚悟は村を出る時から持ち続けてきた。だから今更ここで取り乱すことはしたくない。でもトーマスだけは生き延びて欲しい。そう思ったカリンは立ち上がり兵士の前で毅然とした態度で問う。 「僕に何の用ですか。」 トーマスとはまるで無関係だとばかりに兵士を睨む。挑発的なカリンの態度にいらだった兵士はガシッとカリンの腕を掴んだ。それを見たトーマスは驚き 「カリン!!」 大声で叫んでしまった。兵士は何かに気づいたようにトーマスを見る。カリンは心の中でばかっ!!と叫んだ。兵士はトーマスもカリンの仲間だと勘付いたのであろう、カリンの腕を掴んだままトーマスに向かって歩き始めた。カリンは抵抗するが兵士の馬鹿力には敵わず。兵士が足を踏み出すたびに鎧がギシッと鳴る。その音にカリンは戦慄を覚えた。カリンは大声で叫んだ。 「逃げろ!!」 カリンの叫びはもちろんトーマスにも届いた。だがトーマスは戸惑って立ちすくんでいるままだ。 「捕まえろ!!」 兵士の怒声でトーマスは我に返る。 「逃げて!!」 カリンの必死な声。カリンの悲痛な叫びがトーマスの頭の中に響いた。
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