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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第67回   67
まずは薬だな。風邪薬、傷薬、鎮痛剤、解毒剤・・・。トーマスは手際よく店を回ると皆から頼まれたものを次々と買い込んだ。荷車にリクエストされたものがどんどん積まれていく。
いつの間にか夕陽が石畳の道や家の白壁を紅く染め、町は夕刻となっていた。これから晩御飯の準備が始まるのであろう。そこここから美味しそうな湯気が立ち上る。道ゆく人も晩御飯の準備に勤しんでいる。
待ち合わせの場所でトーマスはカリンを待っていた。
「遅いな・・・。」
心配そうに呟く。約束の時間から三十分も過ぎているのにカリンはまだ来ない。まさか・・・。トーマスの脳裏に不安がよぎったその時、向こうの通りからカリンが息をきらしてやってきた。トーマスはほっと胸をなでおろす。
「ごめんなさい!遅くなってしまって。」
着くと否やカリンは申し訳なさそうに謝った。
「いや、無事で何よりだ。ところで欲しかった絵の具は手に入ったのか?」
トーマスが聞くとカリンの顔が太陽のようにぱあっと明るく輝きだした。それだけでトーマスには十分だった。
「そうか、良かったな。」
トーマスは嬉しくなってカリンの頭をくしゃくしゃとなでる。
二人は今晩泊まる宿屋を探して歩いた。宿屋は割とすぐに見つかった。二人は従業員に案内され部屋に上がる。
「ではごゆっくり。」
従業員はにこやかな笑顔を向けたまま部屋から出て行った。トーマス達は従業員が部屋から離れていったのを確認してからマントを脱ぎ始める。やっとここで一息つけた。でも油断はならない。周りの気配に気を配りながら
「バレなかったか?」
「うん、バレなかった。」
「今日はとりあえず薬と布と紙が手に入った。明日はのみ、釘、鍋、おもちゃ、だな。」
「おもちゃ?」
「そうだおもちゃだ。おもちゃも大切なものだぞ。生きていくうえで必要な余裕というやつだ。」
トーマスの答えにカリンははっとした。衣食住だけを考えればおもちゃなど必要ないものだけど、楽しく生きていきたいと思うなら余裕はあった方がいい。怯えて暮らしていくだけでは人生はつまらないものになってしまう。ならば少しでも楽しく生きていきたい。どんな状況であっても笑えるひと時が欲しい、それがおもちゃなのだろう。
「買ったものを荷車に置いておいて大丈夫なの?盗まれたりしない?」
「それならちゃんと宿屋に預かってもらっているから大丈夫だ。さすがに荷物を全部この部屋に持ち込むのは無理だからな。」
「そっか。」
カリンは納得しながら自分の懐に忍ばせた青の絵の具の存在を確かめた。キャンパスは荷車に置いた。でもこのスカイ・イン・スカイだけは自分の手元に置いておきたかった。実はトーマスも懐に薬を忍ばせていた。お互い自分にとって一番大切なものを肌身離さず抱きしめているのだ。
「カリン、明日は朝早いぞ。もう寝よう。」
トーマスはそう言うとそそくさと自分のベッドに潜り込んだ。カリンも続いて自分のベッドに入る。疲れている二人はすぐに眠りの底に辿り着いた。

 朝の陽射しがカーテンの隙間から忍び込む。小鳥のさえずりが美しい朝の訪れを知らせている。洗い立ての大気が辺りを包み込みゆうべの悲しみや寂しさを浄化していく。
まだ起きるには少し早い時間。窓から外を眺めるとパン屋と新聞配達の人の姿しか見かけない。
しかしトーマスとカリンはもう起きていた。背中の翼を隠すようにマントを羽織る。こんな朝早くこの部屋を訪れる者などいないけれど用心に用心を重ねてだ。身支度を整え息を潜め、町の店が開店するのをひたすら待った。トーマスは皆に頼まれたものを頭に叩き込むべく何度も紙を見直している。
「今日はまずのみと釘を買い、あと鍋だな。そしておもちゃ。そうだ、念の為にもう少し薬を買い足しておくか。」
・・・のみと釘。カリンはふとジャノの顔を思い出した。ナーシャの家に遊びに行くといつもジャノは汗水たらしながら必死で翼を作っていた。
「ねぇトーマス。ジャノは翼を完成させることが出来ると思う?」
そう聞かれ暫く考え込んでいたトーマスだが
「出来るんじゃないか?あんなに頑張っているんだから。」
トーマスもまたジャノのことを思い出していた。一度だけジャノが翼の試運転をしているのを見たことがある。すぐに落下してしまいナーシャから手当てを受けていたが。その不恰好な姿が飛べない自分と重なって思わず苦笑いしたのを覚えている。でもジャノなら諦めないだろう。
「あいつならきっとやり遂げるさ。」
トーマスは祈るように呟いた。
二人は精算を済ませ宿屋を後にした。従者台に座り荷車を走らせる。今日は二人で行動するので荷車を留守にすることはない。それだけでも少し安心出来る。トーマスは当たり前のように懐にしまってあった薬を荷台に置いた。カリンもそれにならって絵の具を置く。
「俺は残りの買い物を済ませる。お前はここで待っていてくれ。」
「えっ、僕も買い物手伝うよ。一人で回るより二人で手分けして回った方が効率いいし。」
「いや、俺一人で回った方が都合がいいんだ。マントを着ているとはいえお前の方が多少背中のいびつさが目立ちやすい。それにこの町のことは俺の方が詳しいからな。」
確かにカリンの背中のマントは少しだけ出っ張っている。昨日は道ゆく人も画材屋の店主も宿屋の人もそれを気にも留めなかったがその幸運が今日も続くとは限らない。カリンは仕方なく了解した。わがまま言ってここまで来た。これ以上のわがままは言えまい。


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