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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第64回   64
その意見にカリンも頷いた。トーマスはシュンケに黙って行くことに一抹の不安を感じたがカリンのはしゃぎようをみたら言い出せなくなった。
三人はばれない方法をあれやこれやと考える。やはり荷車の中に隠れていくしかないだろうという結論に至った。問題はジムだ。ジムはとても勘がいい上にシュンケと親友ときている。もしジムにバレれば間違いなくシュンケに話すだろう。逆に言えばジムにバレさえしなければ切り抜けられるという事だ。カリンの言う通りポクールの実の量を多く申告するしかなさそうだ。三人は上手い言い訳の仕方を考える。
夢中になって話し合う三人の知らない間に、月は天高く昇り柔らかな月光がカリン達を優しく包み込んでいた
「じゃあ、明日。」
カリン達はそう言って別れた。バレるもバレないも運次第だ。夜空に輝く星々が明日の天気を教えてくれている。
「上手くいってくれよ。」
トーマスはそう願いながら家に入った。

 心地よい青空がひろがっていた。爽やかな風が高山で健気に咲く小さな花を愛でている。今日の出発を後押ししてくれるかのように雲は東へと流れていく。トーマスの出発の時はいよいよ近づいてきた。トーマスの周りには一族が全員集まっていた。
「トーマス、気を付けてね。」
「頼んだぞ。」
「頼んだものが手に入らなくてもいいから無事に帰ってきて。」
皆がそれぞれトーマスに声を掛ける。トーマスは笑顔で皆からの言葉を受け取った。おばば様は一歩歩み寄り
「くれぐれも気を付けてな。無理をするのではないぞ。」
念を押す。トーマスはおばば様を敬うようにおじぎで答えた。シュンケはトーマスが持っていく荷物を見渡し不足がないか確認している。そのことがやけに気になるトーマスとルシア。ポクールの実が山積みされている中にカリンは身を潜めている。まだ日が昇らない早いうちにここに来てそれからずっと隠れているのだ。荷車にはシートがかけられているがシートをめくられ中身を確認されたら一貫の終わりだ。トーマスとルシアはバレやしないかと内心冷や冷やしている。するとシュンケが
「今回は随分ポクールの実が多いんだな。」
そう言いながら荷車の傍に立った。トーマスとルシアの心臓がドキッとする。やばい!バレたか!?二人は焦る。もちろん隠れているカリンにもシュンケの声は聞こえている。カリンは自分の心臓の音がやけに大きく聞こえてきて、シュンケにもばれてしまうのではないかと気が気ではなかった。嫌な汗も滲んでくる。バレませんようにとひたすら祈るカリンたちだが、祈りむなしくシュンケはシートに手をかけた。
今まさにめくろうとしたその時、ルシアはなんとかごまかそうとシュンケの横に立った。
「今年はポクールの実が豊作だったから積めるだけたくさん積んだよ。これならたくさん買えるね。良かった良かった。」
冷や汗を掻きながらなんとか芝居を打つ。シュンケは、暫く膨らみきったシートを見ていたが「・・・そうか。」と納得して荷車から離れた。あぶないあぶない、ルシア達は助かったと心の中でそっと安堵のため息を漏らす。
「では出発するぞ。」
シュンケが合図を送ると男たちはそれぞれの持ち場についた。ブロンとセルとカシヤはサンキットをもう一台用意している荷車の中に導いた。この荷車に馬を乗せ荷車ごと馬を運ぶのだ。サンキットももう慣れたものでおとなしく荷車に乗った。聞き分けのよい利口な馬だ。シュンケは「頼んだぞ」とサンキットに語りかける。サンキットはブルブルといな鳴いた。次にジムとトマックとラサールがポクールの荷車に手を添える。もちろんルシアも。
「運ぶぞ。」
ジムが言うと四人の翼が一斉に羽ばたき始めた。体全体に力が入り風も巻き起こる。四人の体が浮き始めると同時に荷車の車輪も地面から離れた。しかし四人の体にかかる重力はいつもの比ではない。ジムは眉をしかめ
「これはいつもよりだいぶ重いな。」
「ルシアがポクールを積みすぎなんだよ!」
ラサールが顔を真っ赤にして文句を言うと
「黙って運べよ。喋る余裕があるならもっと積んでも良かったな。」
ルシアは意地悪く返した。が、そう言うルシアも運ぶのに必死だ。ラサールはまだ文句を言いたそうな顔をしていたがとりあえず運ぶことに専念した。四人は顔を真っ赤にして汗びっしょり掻きながら必死で荷車を運ぶ。カリンは心の中で何度もごめんなさい!ごめんなさい!と謝る。ジム達はようやく河岸へ飛び立って行った。次にシュンケはトーマスの傍に立った。
「準備はいいか?」
「あぁ、よろしく頼む。」
トーマスが答えるとシュンケはトーマスの脇を抱え大きな翼を広げた。戻ってきたときの為にシュンケが確認をとる。
「待ち合わせは十二月三日の午後三時、今から四日後いつもの場所だ。それに遅れるなよ。」
「分かっているさ。その時間に間に合うように逆算しながら行動するよ。」
トーマスは誇らしげな顔で答えた。もうこれで七回目だ。手順ややるべきことは分かっている。
「じゃあ、行ってくる。」
トーマスは皆の顔を見渡し手を挙げた。
「行ってらっしゃい。」
「気を付けてな。」
たくさんの声がかかる。
「行くぞ。」とシュンケ。
翼をはためかせた。大の男を一人で持ち上げ運ぶのは容易ではないがシュンケには人一倍強い翼があるのでそれが出来るのだ。シュンケとトーマスは舞い上がると山を下り始めた。空族たちは小さくなっていく二人の姿を見送りとりあえずは安心した。
ジャノは空族の素晴らしさに改めて感動した。
自分がここに来る時も同じようにシュンケに運ばれたが空を飛んでいるあの感覚が昨日の事のように蘇ってくる。風を一身に受け地上の風景は小さくなって後ろへと流れていく。荒れ狂う河の流れも上空から見れば美しい機織りもの。人を寄せ付けない暗黒の森も万物の営みをその懐に抱える偉大な母。一生登ることはないと思っていた険しい山々も鳥が巣をつくるがごとく当たり前のように越えてきたあの日。ジャノはあの日の感動を思い出し、身震いがした。
「空族はやっぱりすごいな。」
思わずジャノが呟くと隣にいたナーシャは不思議そうな顔をしてジャノを見た。ナーシャ達にとって飛ぶ事は当たり前の事で、だからすごいなと言われても実感が湧かない。
きょとんとしているナーシャにジャノはもう一度言う。
「すごいよ、空族は。」
キラキラした瞳で見つめられたナーシャはなんとなく照れくさいようなくすぐったいような気持ちになった。
「ところでトーマスはどれくらい人里にいるんだい?」
「あぁそれなら町に辿り着くまで一日半はかかるからそれだけで往復三日はかかるわ。町に居られるのは一日だけよ。」
「一日だけか。それだけしか居られないのに頼まれたものを一人で買ってくるなんて大変だね。」
「だからトーマスにはくれぐれも無理はしないように言ってあるの。優先順位は命、薬、布って言い聞かせているわ。薬さえ手に入れば後は買えたらでいいの。」
人間から迫害を受けながらも人間たちが作るものに頼らなくはならない現実。こんなリスクを犯さなくても自由に買い物が出来る日が来ることを願わずにはいられないジャノであった。


険しい道や峠を越え、サンキットが引く荷車はやっと人間たちで賑わう町へと辿り着いた。やはりここに来るまでに一日半要した。
「着いたぞ。」
トーマスが荷車の壁を軽く叩く。するとポクールの実がごそごそと動き出し中からカリンがむくりと起き上ってきた。カリンはぷはぁと大きく息を吐きこれまた大きく背伸びをした。長い時間荷車で揺られ、ポクールの実に包まれながらの疲れを少しの食糧と水で凌いでいた。カリンもトーマス同様、すでに大きなマントを羽織っている。凝り固まった全身の筋肉をときほごそうと肩を回しながらトーマスに尋ねた。
「やっと着いたの?」
しかしトーマスの答えを聞くまでもなかった。カリンは目に飛び込んできた景色に思わず息を飲んだ。目の前に広がる風景、それはカリンが今まで思い描いていたものよりも遥かに活気に満ちている。
たくさんの人間が道を往来していて色とりどりの服を着て楽しそうに会話している。子供たちは大人の隙間をぬうように駆け抜けていき、鈴を転がすような軽やかな笑い声がそれについていく。道の両端には様々な店が立ち並び人目を引くようにと様々な趣向を凝らした看板があちこちにかかっている。コーヒーが自慢の店にはコーヒーカップの絵が、帽子屋には帽子の形をした看板がかかっていた。見ているだけで楽しくなり心が躍る。


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