20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第63回   63
ルシアはカリンからありがとうなんて言われたことなんてめったにないからなんかとても照れくさくなった。もっともルシアがカリンから礼を言われるようなことをしてこなかったのが原因だが。照れていることをごまかそうとつれない態度をとる。
「別にカリンの為にやるわけではないよ。」
しかしそれでもカリンは嬉しそうだ。代わりにトーマスが聞く。
「なら何のためにそこまでしてやるんだ?」
「空族の為。」
ルシアは間髪入れず答えた。
「だってそうじゃないか。僕らはずっと耐えてきた。どこへだって行けるのにどこにも行けない。今だってそうだ。僕はどこだって行けるのに空族の為だ、我慢しろと言われてさ。そんなのつまらないじゃないか。」
「お前が我慢してきたとは驚きだ。いつもやりたい放題やってきたように見えるが。」
トーマスが意外そうな顔をして言うと
「空族に対してはやりたい放題やってきたけどね、おかげで随分ストレスも発散出来た。」
ルシアがなんの悪びれもなくけろっとして答えた。やれやれと顔を見合わせるカリンとトーマス。だがルシアの意外な一面を見た気がした。いつも自由奔放にやっているルシアでも耐えていることはあるんだな。
「だから行ってみればいいんだよ。行きたいところに自由に。」
ルシアは言い切る。
「まさかお前まで人里に行きたいと言い出すつもりじゃないだろうな。」
トーマスが警戒する。しかしルシアは飄々とした態度で
「いや、僕の翼はさすがに隠しきれないよ。すぐに見つかってしまう。トーマスとカリンの小さな翼なら見つからないだろうけどさ。」
あまりにあっけらかんとして言うのでトーマスはちょっとイラッとした。
「お前、他人事だと思って簡単に言ってないか。この任務はお前が思っている以上に危険な任務なんだぞ。」
トーマスは自分の役目を馬鹿にされた気がして少しむきになった。
「知っているよ。でも危険なことの割にはもう六回も成功してるよね。」
ルシアはああいえばこういうで応戦してくる。トーマスは命をかけたこの役目を舐められたくないので反論した。
「今まで成功したのはたまたまだ。次も成功するとは限らない!命懸けの仕事なんだぞ!」
にわかに怪しくなってきたトーマスとルシアの雲行きにカリンは焦った。せっかく人里に行くことをトーマスが認めてくれそうだったのにルシアは一言多いから。
「ルシアやめ・・・。」
やめろよと言いかけた時だ。ルシアな急に真面目な顔になった。そして
「だからその命がけの事をカリンにやり遂げて欲しいんだよ。」
真っ直ぐなルシアの言葉にカリンはハッとした。トーマスはなんだかはぐらかされたような気分になる。そんな二人を前にルシアにしては珍しいほどの真面目な眼差しでカリンを見た。
「カリンにとって空を描くことは空を飛ぶ事なんだろう?それなら飛び続けて欲しいと思ってさ。」
本当に目の前にいるのはルシアなのかと疑いたくなるような殊勝なことを言ってのける。トーマスはあまりに珍しいものを見たのでからかい半分で言う。
「お前がそんなことを言うと天地がひっくり返るぞ。いや、この世の終わりだな。」
しかしルシアはそれには構わず。
「僕たちは空を飛べるんだ。だから空を飛びたい。そんなささやかな願いを叶えたいと思う事の何が悪いのさ。」
トーマスは衝撃を受けた。ルシアは自分が思っている以上に空族の未来を憂いているのかもしれない。未来は変えようとしなければ変わらない。ルシアにそう言われた気がした。トーマスは苦笑いした。まさかルシアから空族のあるべき姿を教えられるとは。だがこれだけは言っておかなければならない。
「ルシアに言われなくてもとっくの昔にカリンが行くことを了承していたからな。」
ルシアに諭されたのが悔しくてこう言ってみるが、得意そうな顔をしたルシアは
「あぁもちろんそうだろうなと思っていたよ。」
トーマスはなんだか煙に巻かれたような気分になった。
しかしこれで腹をくくった。今更カリンに命がけだぞと念を押す必要はない。そんなこととうに分かっているはずだ。
「まずはその翼が問題だな。マントを羽織ればなんとかなるかもしれん。ちょっと試してみよう。」
トーマスはいったん家に戻りマントを取ってきた。カリンはトーマスが乗り気になってくれたことが本当に嬉しかった。カリンは早速マントを羽織ってみる。背中に少し出っ張りがあってコブか何かあるように見えなくもないが翼を体側に倒せば思っていたよりは目立たない。これを翼だと思うかどうかはその人間次第といったところだが空族の翼のイメージからすれば翼だとは思わないだろう。
トーマスはとりあえずほっとした。カリンは新しい絵の具を手にしている自分を想像しているのであろう、幸せそうな顔でマントを見つめている。それにしてもとトーマスは思った。シュンケはどうする。シュンケにだけは話した方がいいような気がする。そんなトーマスの不安を感じ取ったのかルシアは
「シュンケには内緒にしていた方がいいよ。シュンケに話したら絶対止められる。」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 7497