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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第61回   61
そしてまもなくおばば様は宣言をした。
「シュンケを頭領にする。」
シュンケは驚き戸惑った。シュンケはまだ九歳だ。九歳で一族を率いる事なんてとても出来ない。でも・・・。シュンケは胸にかけてある笛を握りしめた。この笛は頭領だけが持つことを許されるもの。父さんがくれたこの笛を他の誰にも渡したくない。それに父さんは今も僕を見守ってくれている。ここで逃げたら父さんに叱られる。シュンケは決心した。
「僕、やってみる!!」
シュンケが何ものにも屈しない強い眼差しで宣言すると、うおおおおっと空族が歓喜の声を上げた。
もちろん九歳で空族の全てことを取り仕切る事は出来ない。分からないことや戸惑う事もたくさんあった。泣きたくなる夜も。
だがシュンケはひたすら耐えた。小さな体で意地を張った。分からないことはおばば様からアドバイスを貰った。母も全面的にシュンケを支える。空族の誰も九歳の子供だと笑う者はいなかった。皆でシュンケを支えシュンケは支えられめきめきと統率力と戦闘能力を身につけていく。カーターを越えるかのような立派な鋼の体格と素晴らしい翼、そして頭領としての才覚に恵まれた。
シュンケが十五歳になった頃、空族を今の土地に導いた。ここに辿り着くまでは大変な思いもした。時に人間に見つかってしまい危機一髪の時もあったがシュンケは類まれな戦闘技術と父親譲りの剣さばきで兵士たちを翻弄し時になぎ倒し空族の皆を逃した。シュンケは父親に勝るとも劣らない頭領となった。サラはシュンケが十六歳になった年に体を患い、シュンケの成長を見届けるようにしてカーターの元へと旅立っていった。
 一方、両親を失ったナーシャは母の姉夫婦に育てられる事になる。しかし空族は全員が家族同然。皆でナーシャの面倒を見た。ナーシャは十五歳で一人暮らしをするようになった。
カリンはずっと絵を描きながら一人で暮らしているがルシアの両親やシュンケ、ナーシャや仲間たちが入れ替わり立ち代わりカリンの家を訪ねてきてはあれやこれやと世話を焼くのでちっとも寂しくはなかった。ルシアが毎日のようにカリンをからかいに来ていたし。
カリンはホエンの裏切りによって父やカーター、仲間たちが殺されたのだと知った時はホエンが憎くて憎くてたまらなかった。ホエンから貰った絵の具や筆を何度投げ捨てようとしたことか。でもそれでもカリンは絵筆を捨てる事はとうとう出来なかった。なぜならやっぱり絵を愛しているから。

 トーマスは半年に一度、物資を調達しに人里に下りているがその案を出したのはシュンケであった。ここですべてを賄えればいいのだがこんな標高が高い所では出来る事にも限りがある。それになるべく皆にストレスが溜まらないようにしたかった。そして何より薬で不自由な思いをさせたくない、そう考えた。シュンケのアイディアにトーマスは喜んで乗った。
正直いって人里に下りる事は息抜きにもなった。人間は憎いし怖いが人間が作り出す街並みを見るのは大好きだ。町には躍動感と生命力が溢れている。
ナーシャは成長するにつれ美しい女性になった。お転婆で気が強いのは相変わらずだが。両親を亡くした時の心の傷は徐々に薄れていったようにも見える。
だが、それにしてもだ。あろう事か一人で人里に下り、人間と出会い一目で恋に落ちるなんて思いもよらなかったが。シュンケは何度も十年前の事を忘れたのかと言いそうになったがその度にそれを飲み込んだ。あんなに悲しくて辛い過去は忘れてしまった方がいいのだ。それにナーシャが愛した男なら間違いないだろう、シュンケはそう思った。
しかし今、またナーシャの身近にいる人間が空族の元から離れ人間の所へ行くという。いくら戻ってくると言っても絶対戻ってくるという保証はない。戻らないだけならまだましだ。もし、他の人間をひき連れて来たら・・・。十一年前の悲劇が脳裏をかすめる。

 
 シュンケは言う。
「ジャノ、お前がホエンとは違うという事は分かっている。お前は私たちを裏切らないだろう。だが私はナーシャの心が心配なのだ。」
ジャノはシュンケ達の過去をずっと沈痛な面持ちで聞いていた。ジャノの瞳から大粒の涙がこぼれる。シュンケは慌てた。
「お前を信じてないということではないんだ。お前が作っている翼も完成すると信じている。だがやはり皆に余計な心配はさせたくない。何よりナーシャがどんな気持ちでお前が帰ってくるのを待ち続けるのかと思うとお前が人里に行くことを快く承諾は出来ないのだ。」
その言葉でジャノの涙が止まった。
「ジャノ、お前だけはずっとナーシャの傍にいてやってくれ。」
シュンケは真剣な眼差しでジャノに訴える。するとジャノは誤解されたくない涙の理由を話しはじめた。
「違う、違うんだ。信じてもらえないのが悲しいのではなくそんな事があったのも知らないで人里に下りたいなんて無神経な事を言った自分が情けないんだ。」
「いや、知らなかったのだから無理もない。」
「でもこれだけは絶対に言える。僕は空族皆を自由にする。約束する。絶対に飛んでみせる!」
ジャノの瞳は今、決意の旗を掲げている。そこには先程までの涙はもうない。
「あぁ信じているさ。その日が来るのを楽しみにしている。」
「人里に行くのはトーマスにまかせるよ。」
ジャノは受け入れたようだ。シュンケはほっとする。ジャノはじゃあそろそろ帰るよと挨拶し帰ろうとするが急に何かを思い出したのか立ち止まった。シュンケは今度は何かと身構えるが、ジャノは振り返ると
「どうして僕を空族に迎え入れようと思ったの?そんな辛い過去があったならもし僕がシュンケの立場だったら絶対受け入れないのに。」
おかしな事を言い出す男だなとシュンケは愉快な気持ちになる。受け入れてもらいたくてあんなに必死だったではないか。でもちゃんと答えないとジャノは納得しないだろう。
「空族に新しい血を入れたかったというのは確かにある。だが。」
「だが?」



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