シュンケはひたすら祈り続けた。それなのに父さんはこない。ナーシャたちもこない。シュンケの鼓動はどんどん速くなる。動揺と緊張が体と心を支配する。何度も空を見上げる。シュンケの不安と動揺に気づいたジムがそっとシュンケの傍らに立ち慰めた。 父さん!!ナーシャ!!早く来てよ!!!シュンケは心の中で血を吐くほど叫んだ。 皆は傷ついた体、疲れ果てた体を地面に投げ出して闇夜を見つめている。その目に光はない。あるのは絶望だけだ。誰一人言葉を話さないまま夜が明けた。諦めが茜の空に充満していく。 その時、空に小さな影がぽつんと一つ映った。始めは鳥かと思ったがその影はどんどん大きくなりこっちに向かってくる。皆、飛び起きて目を凝らした。 「ナーシャだ!!」 シュンケの喜びの声がこだまする。皆の顔に明るさが舞い戻った。大喜びでナーシャを迎え入れる仲間たち。しかしナーシャの顔は絶望そのものだった。とたんに皆、口を噤んだ。ナーシャ一人で逃げてくるという事はハルとルリはもう・・・。喜びは一転、苦痛に変わる。ナーシャは疲れ果てた小さな体を必死に動かしてシュンケの前に立った。 「ナーシャが無事で本当に良かった。」 シュンケは嬉しそうにナーシャの手をとる。だがナーシャは弱弱しく「カーターは?」と聞くだけ。シュンケは辛そうに首を横に振った。そのとたんナーシャが泣き始めた。 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 泣きながらシュンケに謝る。だがシュンケにはなんの事だか分からない。ナーシャは泣きじゃくりながら 「シュンケのお父さん、私を助ける為に・・・。」 心の壁が決壊したナーシャはそういって号泣している。 シュンケは幼き心ですべてを悟った。滝のように溢れてくる涙を必死で拭いナーシャを慰める。 「ナーシャが無事で良かったよ。」 嗚咽しているナーシャの頭をいつまでも優しくなでた。
朝日が昇ってからも二時間待った。しかしナーシャの後にここに辿り着いた者はいない。 「行こう。」 覚悟を決めたおばば様が苦渋に満ちた顔で告げた。空族は静かに立ち上がる。皆一様に諦めの顔をしていた。 父さん・・・。シュンケは空を見つめ立ちすくむ。そんなシュンケの背中をサラはそっと押した。シュンケも覚悟を決める。涙の跡はまだ乾いていないけどいつまでもここにこうしていられない。どんなことをしてでも生き延びなければならないのだ、それがカーターが遺した意志であり空族たちの矜持。 シュンケたちは新天地を目指し翼を広げる。そしてカーターが次の住処と決めていた場所を目指し飛び立った。 シュンケたちは無事に新しい住処へと辿り着いた。カリンは父を、ナーシャは両親を、他の者も家族や友人を失った。しかしいつまでも悲しんではいられない。生き延びることが空族に課せられた使命。空族の血を絶やしてはならない。 皆、何も持たずに命からがら逃げてきたけどカリンだけは大切なものを抱え逃げてきた。いつも肌身離さず持ち歩いていたもの、どうしても手放せない大切なもの、それは絵の具と絵筆だった。カリンにとって命に並ぶ大切なものだ。 空族はこれからのことを話し合った。カーターはもういない。頭領を失う事は船頭を失う事も同じ。船頭がいなければ船は前に進めない。
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