腕の中で怯え震えるナーシャにカーターは言う。 「逃げなさいナーシャ!!」 だがナーシャはあまりの出来事に茫然自失をしている。カーターは尚いっそう大きな声でナーシャを叱った。 「しっかりしろ!!父さんと母さんの為に逃げなさい!!」 カーターの気迫でナーシャは我を取り戻した。小さな翼を広げ飛び立とうとしたまさにその時、カーターの体がグラッと揺れた。 「何?」 不思議がるナーシャにカーターは優しく微笑んだ。 「行きなさい、ナーシャ。」 ナーシャはわけが分からずもとりあえず頷きカーターの中から飛び立っていった。ナーシャが高く舞い上がるのを見届けたカーターの口の端から血が溢れだしてくる。背中には剣が刺さっていた。指揮官の仕業だった。指揮官はカーターを背中から刺したのだ。カータはナーシャに気を取られて無防備になってしまっていた。息荒く残酷な眼差しで剣を握る指揮官。カーターはその場に倒れこんだ。 「シュンケ・・・たくましく生きろ・・・。」 そう呟くと静かに瞼を閉じた。この世の地獄の底で茫然自失していたホエンが倒れたカーターを見つけ慌てて駆け寄る。 「カーター!!カーター!!」 半狂乱になってカーターの名を呼ぶがカーターの瞼は二度と開かれることはなかった。
シュンケは母親の元へ飛んでいく。母は空中でシュンケがくるのを待っていた。 「父さんが・・・父さんが・・・。」 シュンケは泣きじゃくっている。シュンケの首にかけられている笛を見てサラは胸を引き裂かれる思いになった。苦しそうに目を閉じ唇を噛みしめる。 あなた・・・。しかし今は悲しんでいる暇はない。 「行きましょう。」 力強くサラは言った。サラは空族の頭領の妻だ。頭領の妻として今最優先すべきことは何かを知っている。 シュンケは父が後から来ないかと何度も振り向きつつ母の後を追った。おばば様やジム達もいる。飛べない者や怪我をしている者を他の余力がある者たちで抱えあいながら北へと急いだ。 遠のいていく銃声とけたたましい叫び声。シュンケたちはただ黙々と逃げ続ける。 どれくらい飛び続けただろう。暗闇で閉ざされた深い森の中に舞い下りていく。辺りは獣の鳴き声さえしない。不気味なくらい静かだ。サラは地上に下り立つと早速生存者の顔と数を確認する。ほどなくして仲間に抱えられたカリンとトーマスもやって来た。サラはひとまず安堵した。サラは皆の怪我の具合を見てまわりおばば様に報告する。 「生き延びた者は六十一人です。十五人は残念ながら・・・。」 そこまで言うとサラは張りつめていた緊張がゆるんだのか声を詰まらせて嗚咽した。おばば様はサラの背中を優しくなでながら 「サラ、よくやった。まだ遅れてくる者がいるかもしれん。明日の朝までここで待とう。」 シュンケは胸に手を当て父が来るのをひたすら待った。そしていまだ姿を見せないナーシャがくるのを待った。一睡も出来ないまま闇はどんどん深くなる。まるで奈落の底に落ちていくような錯覚に陥った。いや、錯覚ではない。本当にここは奈落の底なのだ。 生き延びた者たちは一人でも多くの仲間がここに辿り着くことを願い続ける。
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