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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第56回   56
「それどころか空族の居場所を兵隊に教えただけでも七百ロドが貰えるらしいぞ。こいつは美味しい話だよな。」
「美味しい話だけどよ、肝心の空族はどこにいるんだよ。めったにお目にかかれないのに。第一、どうやって捕らえるんだ?捕まえようとしたら空に逃げられるのがオチだろう。」
「だからそこを銃でババンとな。」
昼間から酒臭い男二人が大きな声で卑しい話をしている。ホエンは聞きたくもない話を聞かされ耳が腐ると本気で憤った。だがここで時間を割いている場合ではない。気を取り直し家へと向かう。やっと家に着いた。玄関のドアノブに手をかけると何やらドアの隙間に紙が挟んであるのに気づいた。
「何だろう。」
ホエンは紙を引っ張りだす。手紙だ。しかも驚いたことに元妻の字だ。
『留守のようなのでここに記しておきます。病院にもいったけどいないようですね。あなたは今どこにいるのですか。心配しています。リンダが病気になってしまいました。百万人に一人の難病だと言われました。今すぐにでも手術しないと助からないそうです。このままにするとあと半年ももたないとも。手術費用に七百ロドかかります。あなたどうかリンダを助けて下さい。身勝手なことを言っているのは分かっています。でもどうしようもないんです。あなたしか頼れる人がいません。お願いです。どうかリンダを助けて。』
手紙を読むホエンの指先が小刻みに震えてくる、顔は青ざめまるで蝋人形のようだ。リンダが難病!?リンダはまだ七歳だぞ!なんでよりによってうちの子が!?絶望で頭の中が真っ白になった。手紙をよく見ると涙が滲んだ跡がある。文面は冷静さを装っているが滲んだ涙の跡が元妻の気持ちを物語っている。
ホエンは今でも元妻を愛している。そして何より娘リンダを愛している。リンダの可愛らしい笑顔を思い出した。仕事で何かと家を留守にしがちだったがたまに家に帰るとホエンにしがみつきなかなか離れなかった。その温かい体温。無邪気な瞳。遊んで遊んでとおねだりしてはニコニコしている。おままごとの相手をしたり高い高いをしてあげるとリンダはとても喜んだ。愛らしい瞳で「パパ大好き!!」と抱きついてきた。
妻と別れてからは一か月にいっぺんしか会えなくなってしまったがそれでも会えるときは思いっきり甘えてくるリンダ。ここ半年は元妻が娘に会わせるのを嫌がるようになって残念ながら会えなくなってしまったが。あんなかわいいリンダがそんな事になってしまったなんて。どんなことをしてでもリンダを助けたい。しかしいくら稼ぎが良い医者とはいえ所詮雇われ医者に七百ロドもの大金を出せるわけがない。
リンダの笑顔、リンダの声、その全てがホエンを幸せにしてくれていたのに・・・。ホエンは膝から崩れ落ち泣きながら娘の名を呼ぶ。
「リンダ・・・。リンダ・・・。」

 どれくらい泣き崩れていただろう、ホエンはようやく立ち上がりふらふらと自分が勤めている病院に向かった。服を着替える気力は残っていなかった。ボロボロの服のまま病院のドアをくぐると同僚たちが一斉に驚きの声を上げた。酷く慌てた様子でホエンに駆け寄ってくる。
「どこへ行っていたんだよ!心配したんだぞ!」
「捜索願いを出してしまったよ。」
「どうしたんだ!?その恰好。ボロボロじゃないか。」
「自分の患者をほったらかしにして何をしていたんだ!!」
「とにかく無事で良かった。」
同僚の憤り、心配、安堵、それらが入り混じってロビーは騒然としている。しかしその喧噪もホエンには全く届かない。
心ここにあらずといった感じだ。ホエンの異様さにさすがに同僚たちも気づき始めた。
「ホエン?」
どうしたんだと声を掛けた時だ。ロビーの異様な空気に患者たちの会話が割って入ってきた。
「空族を見つけて通報したら七百ロドだってさ。」
「へぇ〜。」
興味深そうに話す患者たち。七百ロド・・・。空族の居場所を通報・・・。心ここにあらずのホエンの耳に胸糞悪い話が入ってきた。ホエンの表情が歪む。脳裏に浮かぶルリの顔、カーターやナーシャやシュンケ、カリンの顔も。ホエンは空族と過ごした満たされた一週間を思いだし生気を少し取り戻した。
だがリンダの姿を思いうかべたとたんホエンの心が凝固した。体中を駆け巡る通行人や患者たちの会話。雷に打たれたかのように目を見開いていたと思ったらその内、体が震えだした。ホエンの尋常ではない様子に周囲にいた者がざわつきだした。ホエンは何かに憑りつかれたかのように突然「リンダ!」と叫ぶと取り囲む同僚たちを押しのけて走り出した。
「ホエン!!」
自分の名を呼ぶ声はもうホエンの耳には届かない。ホエンは必死な形相で城に向かって駆けていく。その姿はすれ違う人にも異様に映ったのであろう、口々に
「なんだ、あれ。」
「さあな。空族でも見つけたんじゃないか。」
冗談めかして言うが。

 
 遅いな・・・。カーターは何度も林道の方を見る。ホエンが薬を取りに行ってもう三日間が経った。その間もルリの容態は悪化の一途を辿っている。カーターの顔に諦めの色がちらりと浮かんだその時だ。林道に陽炎のように人影が映った。
「ホエンだ!」
カーターにはそれが誰のものかすぐに分かった。人影はこちらに向かって歩いてくる。輪郭が次第にはっきりしてきた。やはりホエンだ。
カーターはとても嬉しくなった。戻ってきてくれた、信じて良かった。
だが大き過ぎる喜びはカーターの真贋を曇らせてしまった。いつもの冷静なカーターだったらホエンの様子がおかしい事にすぐさま気づいたであろう。ホエンの青ざめた顔、何かを隠している目、周囲に漂う不穏な気配。しかし今のカーターはそれに気がつかなかった。喜び勇んでホエンの元に駆け寄る。
「よくぞ戻ってきてくれた。礼を言う、ありがとう。」
だがホエンは何も言わない。カーターはホエンが持っている鞄を見るとさっそく尋ねた。
「薬はそこにあるのか?」
「・・・はい、ここにあります。」
ようやく一言だけ答える。言葉少ないホエン。それでもカーターは異変を察知出来なかった。たった一週間といえどもホエンと過ごした日々はカーターたちにとってかけがえのない大切なもので、その七日間をなかったものになど出来なかった。共に過ごした日々を無意味なものにしたくないと思いがカーターの警戒心に目隠しをしてしまったのかもしれない。
「行こう。」
カーターはホエンを連れて皆の元へ引き返した。ホエンは機械のような無表情でカーターの後をついていく。二人はようやくルリの元へ辿り着いた。三日前よりも悪化しているのは火を見るより明らかだ。
「頼む。」
カーターはホエンを促した。しかしホエンは微動だにしない。それどころか思いつめた表情でルリを見ているだけだ。
「ホエン?」
その場にいる者たちすべてが不思議に思いホエンを見つめる。


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