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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第53回   53
「心配するな。この者は医者だ。お前を診察してくれる。」
ナビスに告げると信頼した様子で医者に身を委ねた。医者はナビスの足に大きな傷があるのを見つけた。傷跡の具合からして最近出来たものだ。
「これはいつ怪我しました?」
「一昨日です。」
「熱がありますね。倦怠感などはありますか?」
「はい、少し。」
「軽い敗血症を起こしている可能性があります。抗生剤を投与しましょう。」
医者はナビスに抗生剤を投与した。カーターは次々と体が弱っている者や怪我をしている者の所へ医者を案内した。空族たちは人間を見た途端怯え逃げ出そうとするがその度にカーターが心配するなと宥めた。医者は次々と的確な治療を施しその手腕はたいしたものだった。
カーターは感嘆した。
どれほどの時間が経ったのだろう、月は夜空を遊覧し終え東の空が明るみ始めていた。それでも医者は治療の手を休めない。カーターはずっと医者と共に皆の所を回った。太陽が地平線から顔を出した頃、ようやく診察と治療を終え、医者はほっとした様子で鞄をパタッと閉める。カーターはそれを見届け
「すまなかった。我々はそなたに感謝している。剣を向けた事も謝る。すまなかった。」
カーターは頭を下げた。頭領が頭を下げるのを見た医者は慌てる。
「いやいや、私はあなた方を治療出来て良かったです。医者として良い仕事をさせてもらいました。だから頭を上げて下さい。」
丸顔の人のよさそうな医者が動揺しながら頼み込んだ。カーターの心に温かいものが広がる。
「そういえば道に迷ったらしいな。道に出られる所まで私が案内しよう。ついてきてくれ。」「え?でもいいのですか?私を帰したら他の人間に空族の居場所を・・・。」
「でもそなたはそんなことはしないだろう。」
カーターはそう言い切った。医者が目を見開く。心に熱いものが沸き上がって来る。それは空族に信頼されたという喜び。
カーターはゆっくり歩き出した。しかし、医者はついてこない。カーターは不思議に思い振り向いた。医者は立ち止まったままだ。
「どうした?ついて来い。」
「その事なんですけど・・・。患者が良くなるまで一緒にいては駄目でしょうか。」
カーターは思いもよらない医者の申し出に驚き思わずその場に立ちすくんだ。
「一度、診た患者を途中で放り出すなんて私の性に合わなくて。」
「・・・。」
「患者さんの容態も気になりますし。せめて快方に向かっていると確認出来るまでここに居ては駄目ですか。」
医者は無理は承知で訴えた。その瞳は真剣そのものだ。
「・・・そうしてもらえるとありがたいが。でも何日この森を彷徨っていたかは知らないがそろそろ家に帰らないと家族が心配するのではないか?」
カーターは医者を気遣った。医者は照れくさそうに頭を掻くと
「家族はいないのです。だから家に帰っても誰もいなくて。」
「だが、今診ている患者はどうする?人間の患者はいいのか?」
「私は病院勤めなので私が診なくても他の先生方が診ますよ。でも空族の皆さんは私が診なかったら他に診る先生はいないでしょう。」
医者には分かっていたのだ。空族には医者がいないことを。それだけではない。長い間医者に診て貰えてさえいない事を。カーターは医者の申し出をとてもありがたいと思った。実際、死ぬほどの大怪我ではないのに医者にみせる事が出来なくて結局命を落とした者も少なからずいたからだ。
カーターは考えに考えた末、医者の厚意をありがたく受ける事にした。カーターは片手を差し出した。
「私の名はカーター。空族の頭領をやっている。よろしく頼む。」
「私の名はホエン・サンダーと申します。」
にこやかに挨拶し二人は固い握手を交わした。
カーターが皆に事情を話すと皆も快くホエンを迎え入れた。ホエンがどれくらいここに居てくれるか分からない。明日にでも姿を消してしまうかもしれない。それでもここに居る間、少しでも多くの仲間を診てくれるならこんな嬉しい事はなかった。ホエンはたった一日で空族からの信頼を得たのだ。
ホエンは怪我や病気をしている者だけでなく元気でピンピンしている者も念のためといって診察をした。医者に診てもらう行為など皆生まれて初めての事でなんとも照れくさい。ぎこちない態度で診察してもらう。だがそれと同時にとても幸せな気持ちになった。安心感、これは空族が長年忘れていたものであった。ルリ、ナビス、トーマス、ジム、ルシアetc・・・。一日で何人もの空族を見て回りその度に皆からありがとうと感謝される。ホエンにとってそれが何ものにも代えがたい喜びであった。
人間が空族にしてきた酷い仕打ちは噂で聞いたことがある。だからこそ空族の助けがしたかった。それで人間が犯した罪が消えるわけではないけれど少しでも軽くなるなら・・・。
ホエンは次にカーターの所へ向かった。カーターのすぐ隣にはサラとシュンケがいた。空族の長老であるおばば様もいる。
「私はどこも悪くない。それよりも他の者を診てくれ。」
断るカーターを押し切り無理矢理診察をする。さすが空族の頭領、見た目通りの屈強さ。この丈夫さはたいしたものだ。次にシュンケを診察する。幼いながらも器の大きさを思わせる好奇心旺盛の瞳。


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