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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第52回   52
一方、カーターの到着は空族たちにこの上ない安堵をもたらした。
「カーターどうする?このままにはしておけないよな。」
ロザンがカーターの意見を窺うとカーターは少し考え込んだ。張り詰める緊張感。やがてカーターはおもむろに腰に下げている剣に手をやる。そしてそれを抜いた。刃がギラリと光った。人間は恐怖のあまり失禁し唇は紫色に変わった。
「我らの姿を見られたからには生きて帰すわけにはいかない。」
地を這うようなカーターの低い声が恐怖を増幅させる。
「まっ、待ってくれ!私は何もしない。見てくれ。私は何も武器を持っていない!!」
人間は震える声で必死に訴えた。
「お前が何もしなくても生きて返せば他の人間に我らの事を話すだろう。」
カーターは眼光鋭く剣を握る手に力を込める。人間は恐怖におののきながら必死で命乞いをする。
「信じてくれ!私は誰にも話さない。私は医者だ。守秘義務は守る!助けてくれ!!」
恐怖で頭が混乱しているのか、はたまた焦っているのか守秘義務とか言い出した。しかし
「医者・・・。」
ハルが思わず声を漏らした。医者という言葉に心が揺らぐ。そしてカーターはそんなハルの戸惑いを見逃さなかった。カーターはハルとナーシャを見た。何かを期待するような目。ルリは熱があるのか赤い顔をして虚ろな目で医者を見つめていた。カーターは何かを決心したかのように唇を噛みしめそっと剣を鞘に納めた。その様子を見ていた皆は信じられないものを見たかのような驚きぶりで騒ぎ出す。
「何をしているんだ!!」
「そいつを口封じしないと俺たちのことが人間にばれてしまう!」
「そうよ!早くその人間を始末して!!」
皆は焦りと憤りで口々に騒ぐが、カーターは静かに人間の前に立ち冷静沈着な面持ちで
「医者だと言ったな。医者なら病人を治せるはずだ。治してもらいたい者がいる。」
そしてルリの傍に移動するとこちらに来るように目で合図をした。人間は促されるまま静かにルリの元に歩み寄ると早速診察を始める。それが当たり前の事であるかのような真剣な表情。先程までの怯えなど影も形も残っていないし実に堂々としている。なるほど、これが医者というものかとカーターは内心感心した。
ルリは抵抗する事なく人間の診察を受けている。他の者たちも先ほどまで人間を始末しろ!と憤っていたのが嘘かのように固唾をのんで見守っている。医者はルリが酷く咳き込み熱も高いことを気にした。胸に聴診器をあて暫くそれを聴いていたがやがて複雑な表情を浮かべた。
「その咳はいつ頃から続いているのですか?」
「一か月ぐらい前かしら・・・。」
ルリは辛そうに咳き込みながら弱弱しい声で答えた。医者はやっぱりと確信した。診察を終え
「これは肺炎を起こしてます。」
「肺炎・・・。」
ハルが不安げに呟く。
「肺が炎症を起こし悪化しています。あまりいい状態とはいえません。」
医者は苦渋の表情で答えた。ハルは驚きで固まってしまいナーシャは今にも泣き出しそうな顔でルリに抱きついた。ロザンたちはどうしていいか分からず落胆している。
診察を終えた医者はカーターの目の前に立った。
「肺炎の疑いがあります。このまま何もしないでいれば最悪の事態もありえます。」
カーターは医者の診断を聞き沈痛な面持ちで腕を組んだ。覚悟はしていてもやはりつらいものだ。だが深刻に眉をよせるカーターに医者は意外な事を言う。
「でも私は今、抗生剤を持っています。患者さんに効く種類の抗生剤かどうかは検査してみないと分かりませんが検査をしている時間も検査用具もありません。それに拒否反応が出る可能性もあります。それでもこのまま何もしないよりは試した方が助かる可能性もあります。抗生剤を試してみますか。」
その説明を聞いた途端カーターは前のめりになって医者に頼み込んだ。
「頼む!我が一族を救ってくれ!!」
医者は強く頷くと持っていた鞄から薬瓶と注射器とアルコールを取り出した。絶望で打ちひしがれているハルとナーシャが医者を悲しげな表情で見つめる。
「心配はありません。私は今抗生剤を持っています。これが効くかはやってみないと分かりませんが試す価値はあると思います。」
ハルとナーシャとルリに一縷の希望が湧いてきたのだろう、三人の顔に光が戻ってきた。ハルは頭を下げ医者に縋った。
「お願いします!!」
そばにいたシュンケも嬉しくて顔をほころばせている。その中にあってロザンだけは疑問に思ったことを口にしてみた。
「医者というものはいついかなる時も治療薬を持って歩いているのか?」
「いいえ。でも私の場合は心配性で。職業病でもあります。最低限の治療道具を持参していないと落ち着かないんです。」
医者は自嘲気味に答えた。そしてルリの腕をアルコール消毒すると注射を始める。ハルはやもたてもいられず
「ルリ、どうだ?良くなったか?」
こんなに早く効果が出るわけがないのに心配で仕方がないのだ。ルリは弱弱しく微笑んだ。
「そんな早く分からないわよ。」
ハルをたしなめるがそんな元気が出てきただけでもハルとナーシャは嬉しかった。しかしそれとは反対に医者は神妙な面持ちだ。
「一回抗生剤を打っただけでは足りませんが後は体力しだいです。それに抗生剤はもう5回分あるので様子を見てまた投与しましょう。」
ハルとナーシャは期待と不安が入り混じった表情で頷いた。医者はまた様子を見に来ますと一言残してカーターの所へ戻る。もう怯えなど微塵も感じさせない、使命感溢れる医者の顔だ。
「面倒をかけてすまない。」
カーターは謝ったが間髪置かずさっそく切り出した。
「他にも見てもらいたい者がいるのだが。診てくれるか。」
「もちろんです。私は医者です。患者がいればそこへ行くのは私の義務です。」
責任感溢れる医者の目は疑う余地がない。カーターこの者がこの者で良かったと心底思った。カーターは次にナビスの所へ案内した。ナビスは人間の姿を見たとたん酷く怯えたがカーターが隣にいるという事がナビスを安心させた。




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