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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第51回   51
カーターは一向に足を止める気配がない。
「空を飛ぶというのはとても体力がいる。元気で体力がある者はいいが体力のない者が今飛ぶのは辛いだろ。」
父にそう言われてシュンケは後ろを振り向く。確かに度重なる引っ越しで相当疲れがたまっているのであろう、青白い顔で目の下にくまを作っている者もいる。ギリギリの体力でやっとの思いで歩いている者にここから飛べというのも酷な話だ。シュンケは黙って父についていく事にした。するとやはり黙々と歩いていたサラがカーターに提案する。
「あなた、皆疲れているわ。この辺りで一度休憩したらどうかしら?」
カーターはサラに言われ再び振り向いた。今にも倒れそうな顔で歩いている姿が目に入る。
「そうだな。」
カーターは妻の意見を取り入れることにした。肌身離さず身に着けている己の首飾りにおもむろに手をやった。首飾りは貝笛になっていてそれに息を吹き込む。ピュウ〜という甲高い音が鳴った。それを三回繰り返す。それはいったん休憩という合図だ。声を出すと人間に空族の存在を知らせてしまう可能性があるので貝笛を使って皆に指令を出しているのだ。
空族たちはほっとした表情で足を止めその場に座り込んだ。カーターはその様子を見て皆の限界が近い事を悟り長老であるおばば様にお伺いをたてた。
「ここに今晩泊まろうと思うのですがいかがでしょう?」
おばば様は間髪入れず了解する。そしておばば様は周りの音に聞き耳を立てた。サラサラと水が流れる音がする。
「この近くに川があるようだねぇ。」
「では水を汲んでまいります。」
カーターは桶を両手に持ち、せせらぎの音がする方へと消えて行った。シュンケは父の後姿を見送ると母親の方に向き直り
「僕、ナーシャの所に行ってきていいかな?ちょっと様子を見てくる。」
「気をつけていってらっしゃい。」
サラはシュンケの背中を押す。シュンケはわき目もくれずナーシャの所へと走っていった。
「ルリ、体の具合はどう?」
シュンケはナーシャの所へ駆け込むと否や声を掛けた。心配でたまらないといった様子のシュンケを見てナーシャは早速憎まれ口を叩く。
「忙しいはずの頭領の息子が何しに来たの?」
「ナーシャ!」
ハルがナーシャを窘めた。
「ナーシャ達の事が心配だから。」
シュンケが照れくさそうに答えるとナーシャはそっけなく横を向いた。内心はとても嬉しいくせに嬉しいと思っている顔をシュンケに見られたくないのだ。しかしはた目から見るとふて腐れているようにも見えない事もない。
「ナーシャ、いい加減にしなさい。シュンケが心配してわざわざ来てくれたのだ。お礼を言いなさい。」
ハルが叱った。ルリは咳き込みながら「シュンケ、私は大丈夫よ。」と笑ってみせる。しかしその笑顔は弱弱しい。ナーシャは気乗りしないような態度で
「ありがとう。」ととりあえず言う。ナーシャにありがとうと言われシュンケも悪い気はしない。
その時だ。パキッと小枝が折れる音がした。何かがそれを踏んだような音。
一瞬にして警戒するナーシャ達。警戒心を体中に張り巡らし薄暗い闇の向こうに声を投げかける。
「何かいる!?獣か!?」
鋭い目で音が鳴った方向を凝視するハルとシュンケ。すると問いかけに応答するかのように薄暮の中からふらふらと影が現れた。ハル達が焚いていた焚火の明かりによってその影の輪郭が次第にはっきりしてくる。その場にいた者たち全員が驚愕した。
「!!!」
「人間だ!!」
空族が口々に叫ぶ。声にならない驚愕と声に刻まれた恐怖。それに気づいた他の空族もナーシャ達の所へ次々と駆け込んでくる。
「何事だ!?」
「人間!?」
人間の姿を見た途端その場にいる全員が顔をこわばらせ緊張感を漂わせる。瞬時に天頂知らずでかけ上る戦慄。人間の動向を息を飲んで見つめている。
しかしその人間のなりを見るにつれ少しずつ空族たちの緊張が和らいでいった。
その人間、見るからに弱そうなのだ。人の良さそうな丸顔にこれまた優しそうな丸い目。空族を間近で見てさぞかし驚いたのであろう、丸い目をよりいっそう丸くしている。目が皿の様だ。武器などはもちろん持っていない。代わりに絵を描くための大きなキャンパスを抱えている。兵士とか野心家とは一番無縁そうなおっとりとした雰囲気。空族たちは何となく気が抜けた。
「なぜ人間がここにいる?」
年齢が14歳と若いが若いからこそ気が強いロザンが先陣を切って尋ねるとその人間は怯え切った様子で答えた。
「絵を描こうと良いポイントを探していたらいつの間にか道に迷ってしまって・・・。出口を探しているうちにどんどん深みにはまってしまい・・・。焦っていたら人の気配がしたのでこれは助かったと来てみたら・・・。」
緊張しているのであろう、声が震えている。その時、カリンはふとその人間が抱えているキャンパスに興味を持った。
「それなあに?」
カリンがキャンパスを指差し可愛らしい声で聞くと傍にいるカリンの父が叱った。
「カリン、人間に話しかけるな!!」
とたんにしゅんとするカリン。だが人間は
「おや、お嬢ちゃん、絵に興味があるのかい?これはキャンパスといって絵を描く時に使うものだよ。ここに絵を描くんだ。」
「僕、お嬢ちゃんではないよ。男の子だよ。」
「あぁ。ごめんごめん。男の子だね。キャンパスを見たいかい?」
「うん!!」
人間の思いがけない申し出にカリンは嬉しそうに思いっきり頷いた。
その者はカリンがもっと良く見えるようにとキャンパスを差し出した。キャンパスは焚火の明かりに照らされてちらちらと赤く染まっている。カリンはまるで魔法にかかったかのように見入った。その様子を見ていた人間も安堵したのか柔らかく微笑んだ。いかにも人畜無害な人間のようだが油断は出来ない。ハルはしゃがみこみシュンケにそっと耳打ちをする。
「シュンケ、カーターを呼んできてくれ。」
シュンケは大きく頷き、きた道を急いで戻っていった。
「どうするこの人間。」
「我々の姿を見られたからには生かしてはおけないだろう。」
空族はひそひそと話し始める。物騒な言葉を耳にした人間は驚愕し顔を張らせた。顔がどんどん青ざめていく。
一方、シュンケはサラの元へ駆け込んだ。
「どうしたの?そんな慌てて。」
「お、お父さんは!?お父さんはまだ帰っていないの?」
シュンケは息を切らし、かなり焦っている。そこに丁度カーターが帰ってきた。
「どうしたシュンケ。」
「大変だ!!ナーシャの所に人間が現れたんだ!」
「何だと!?」
カーターはすぐさま持っていた水桶を置くと駆け馬のような速さで走り出した。シュンケも必死でその後を追う。人だかりが出来ている中へカーターは飛び込んだ。人間がいる。人間はカーターの姿を見るなりガタガタと震えだした。それはそうだ。カーターの威圧感は他の者の比ではない。


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