「人間に見つかったら飛べばいいじゃないか。人間は空まで迫ってこられないんだから。」 シュンケは負けん気の強い子だ、それが頼もしい。まだ九歳であるが将来は父の跡を継ぎ空族の頭領になる男だ。 「我々は鳥のように飛べるが鳥ではない。鳥の中には何時間も飛び続けることが出来るものもいるが我々はせいぜい一時間が限度だ。地上に下りた所を狙い撃ちされたら逃げようもない。それなら始めから見つからない方が無難だ。」 カーターは九歳の子供相手に論理的に説明した。 「でも・・・。」 シュンケは納得できない。 「それに人間は銃を持っている。空にいても絶対安全とは限らない。」 畳み掛けるように言われシュンケは押し黙った。 「分かったら早く荷造りをしなさい。」 しかしシュンケは尚、訴えかける。 「ナーシャのお母さんの体の具合が悪いんだ。ここで無理したら死んでしまうよ。」 今にも泣きだしそうな顔をしている。それが一番言いたかった事なのだろう。カーターはようやく手を止めシュンケを見つめた。だがここで情に流されてしまっては空族全体を危険に晒しかねない。 「一族を守る為なら多少の犠牲は仕方ない。」 カーターが冷たく言い放つ。父のその言葉を聞いた途端シュンケの泣き顔は憤り顔に変わった。 「犠牲が出ないようにするのが頭領である父さんの役目でしょう!」 怒りながらまた涙声になった。シュンケは父さんが大好きだ。大好きだからこそ言って欲しくない事がある。すると先ほどから横でずっと黙って聞いていたシュンケの母、サラが優しくシュンケを諭す。 「お父さんもね、本当は全員を救いたいし救おうと頑張っているのよ。分かってちょうだい、シュンケ。」 腰をおろしシュンケの目線に合わせ優しく語るサラ。サラはいつだって優しく穏やかな女性だ。 「・・・うん・・・。」 シュンケは頷くとカーターを見上げた。 「荷造りが終わったらナーシャの所に手伝いに行っていい?」 「あぁ。」 カーターも頷く。シュンケは安心して自分の少ない荷物の荷造りを始めた。荷造りといっても少々の服だけ。すぐに作業を終えると元気よく「行ってくる!」と一言残しナーシャの元へ走って行った。そんな息子を見送る二人は静かにため息をついた。 「あの子、すっかり荷造りが上手くなって・・・。」 サラが寂しそうに言うとカーターは誰に聞かせるでもなく 「シュンケが頭領になる頃にはそんな事しなくてもいいようになっていればいいのだが・・・。」 いつ叶うかも分からない、いやきっと一生叶わないであろう空しい心の声をこぼした。 シダをかき分け進みとすぐそこにも空族の仲間がいた。その人たちも荷造りを急いでいる。駆けていくシュンケの姿を見つけると皆、声を掛けた。 「シュンケ、どこに行くんだ?もうすぐ出発だよ。」 その度にシュンケは 「うん、分かっている。ちょっとナーシャの所に行ってくる。」と元気に答える。走り出すシュンケを見ながら「あの二人は本当に仲がいいなぁ」とくすっと笑う。 そこここで荷造りに勤しむ空族たち。シュンケはあっという間にナーシャの家まで辿り着いた。家といっても他の者と同じくテントを張っただけの簡素なものだったが。 「ナーシャ。」 シュンケは勢いよくナーシャの達のテントに飛び込んだ。 やっぱり荷造りをしているナーシャがびっくりして振り返ると肩を弾ませ息を切らすシュンケがいた。ナーシャはシュンケを見るやいなや 「頭領はなんて言っていた?」 「・・・。」 その問いにシュンケは戸惑った。シュンケの様子を見てやっぱり出発するんだという事を悟ったナーシャは仕方なさげにまた荷造りを再開した。 荷造りといっても母親のものだ。大人の女性の服を不器用な手つきで畳んでいく。 「ナーシャ、いつも悪いわね。」 テントの奥から一人の女性が男の人に支えられながらふらふらと頼りない足取りでやってきた。時折、激しく咳き込んでいる。 「お母さん、まだ寝ていていいよ。荷造りは私がやっておくから。」 ナーシャは元気な声で労った。ナーシャの母、ルリはシュンケがいるのに気付くと心配そうに聞いた。 「シュンケ、ここに来ていいの?荷造りは?」 「大丈夫だよ、もう終わったから。それより僕にも何か手伝える事ない?」 するとナーシャがすかさず 「手伝う?邪魔するの間違いでしょ?」 「ナーシャ!」 ナーシャを強く窘めたのはナーシャの父、ハルだ。 「すまないな、シュンケ。相変わらず口が悪くて。」 ハルはシュンケに申し訳なさそうに謝った。シュンケは「ううん。」と首を横に振った。ナーシャはそれを見てフンと口を尖らせる。そんないつものやりとりをした後でナーシャ達とシュンケは荷造りに取り掛かった。 「ルリ、これでいい?」 シュンケが器用に束ねた食器類をルリに見せるとルリは嬉しそうに微笑んだ。 「相変わらず器用ね。」とシュンケを褒める。不器用なナーシャはそれが面白くなく、食器を一瞥すると 「女の子みたいに細かいのね。」 嫌味を言った。 「女の子じゃないよ!」 シュンケが反論する。 「どうだか。」 「ならナーシャがやればいいだろう!」 「やっているわよ!さっきから!」 「こっちもやれよ。」 「今やろうとしていたのよ!」 「へたくそ。」 「なんですって!?」 ケンカを始める二人。ハルとルリはあらあらと顔を見合わせて笑った。シュンケとナーシャはいつもそうだ。仲が良すぎてすぐにケンカする。いつもならそんな二人を優しく見守るハルとルリだが今はそんな悠長な事をしている暇はない。 「こらこら二人とも。仲良くやってくれよ。旅立つときはいつも笑顔で、だ。」 ハルはにこやかに言った。シュンケはナーシャの家族といるといつも心が和んだ。 自分の家族はもちろん大好きだ。でも頭領である父はいつも厳しい態度でシュンケに接してきた、将来立派な頭領になるようにと。シュンケも幼いながらもそれは心得ていて父の教えをしっかりと守ってきた。時に反発はすれどやはり尊敬している。その点、ナーシャの家族はいつものんびりして穏やかな空気が流れていて心が落ち着くのだ。
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