「お前があのホエンではない事は分かっている。それは空族皆が分かっている事だ。だが頭で分かっていても心で割り切れないものがあるのだ。」 その人間の名がホエンだという事はジャノにも分かった。そしてシュンケは過去の重い扉を開いた。 「あれは今から十一年前の事だ。」
鬱蒼とした森、木漏れ日さえも落ちてこない深い森。蒸し暑い空気が辺りをよりいっそう重く濡らす。しだの葉が森の審判のようにそこらじゅうに広がっていた。 「お父さん、お父さん。」 子供の声がする。 「なんだ、シュンケ。」 子供に声を掛けられた男は忙しそうに荷造りをしている。傍にいる女性もそれに倣っていた。 「お父さん、また引っ越すの?これで今年に入って三回目だよ。」 「仕方ないだろう。リラがこの近くで人間を見かけたらしい。ここに居たら見つかるのは時間の問題だ。」 男はシュンケの父、カーターであった。逞しい腕、分厚い胸板、凛々しい顔立ちは大人になったシュンケにそっくりだ。いや、シュンケが父親そっくりに育ったと言った方が正しいか。カーターは荷造りの手を休めずシュンケを促す。 「お前も早く荷造りをしなさい。二時間後に出発するぞ。」 しかしシュンケは言う事を聞かない。
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