しかしジャノはそんなシュンケにはまるでお構いなしで。 「いくらトーマスの翼が小さくても絶対見つからないとは限らないよ。でも僕なら例え見つかっても平気。それ以前に怪しまれる事もないし。」 「それはそうだが・・・。」 「何の問題もないよ。皆に頼まれたものを買って戻ってくるだけだ。それに僕ならトーマスよりも人里に詳しいから効率よく店を回ってこられるし。」 ジャノは目を輝かせながら説得を続けるがシュンケはそれに反比例して厳しい表情になっていく。 「しかしトーマスは六回人里に下りて六回とも成功している。」 「七回目も成功するとは限らないじゃないか。トーマスの命を危険に晒しては駄目だ!」 ジャノなりの正義なのだろう、力説は続く。 「僕は空族の為に出来るだけの事をしたいんだ。僕は・・・僕は空族の一員になりたい!!」 「!!」 ジャノがここまで空族の事を思ってくれる事がシュンケにはとても嬉しかった。ジャノは他のどの人間とも違う、心からそう思った。ナーシャが惚れたのも分かる。 だが、それでもだ。十一年前のあの出来事が脳裏に浮かんで消せないでいた。 「今日はやけにあの日の事を思い起こさせるな・・・。」 ぼそっと心の声を漏らした。それを聞き逃さなかったジャノは不安そうに聞き返す。 「あの日の事?」 「いや、何でもない。」 シュンケはそう答え一つ深呼吸すると纏わりつく気だるい空気を振り払うかのような強い口調で 「その提案は却下する。」 響き渡る声。ジャノは呆気にとられ、一瞬我を手放した。しかしすぐに取り戻し反論する。 「どうして!?」 食い下がるジャノ。しかしシュンケは答えようとしない。 「理由を話してくれないと納得出来ないよ。」 ジャノは一度こうだと言い出したらなかなか引かない。それはシュンケと初めて会った時から変わらない。シュンケはジャノが折れることはないだろうなと知りつつもかといってここで自分が折れるわけにはいかなかった。 「空族の為を思うのなら翼を完成させる事が先ではないのか。」 シュンケはジャノが最も嫌がるであろうデリケートな場所を突いた。我ながら嫌なことするなと思いながらも。 「それはそうだけど・・・。」 案の定ジャノは困っている。 「完成までにはもう少し時間がかかるよ。でも近い内に必ず完成させる。それとは別の事でも空族皆の役に立ちたいんだ!」 そして想像どおり折れない。こうなったジャノを説得するのは至難の業だろう。仕方ない、本当の事を言おうとしよう、シュンケは決心した。それが例えジャノを傷つけるものであっても。 「お前が裏切らないという保証はどこにもない。」 残酷に言い放たれた言葉がジャノに突き刺さった。 「・・・今、なんて・・・。」 ジャノはにわかに信じられないというような動揺した目で聞き返した。それを駄目押しするかのようにシュンケは 「お前が我ら一族の居場所を人間に教える可能性もあるという事だ。」 ジャノにとっては想像もしてなかった答え。 ジャノの顔が紅潮していく。怒りで顔が赤くなるという事はまさにこういう事だ。 「そ・・・そんな事僕がするわけないじゃないか!!」 しかしシュンケはいたって冷静だ。 「するわけないと言われてもそれを信じる事が出来ない。」 ジャノの足元がふらついた。呆然自失している。こんなに空族の事を思っているのになぜそれを分かってもらえない。今までしてきた事は何だったのだろう。虚しさと悲しみと憤りがぐちゃぐちゃと入り混じり頭がおかしくなりそうだ。 ショックのあまり声も出せないジャノを見たシュンケの胸はズキリと痛んだ。そしてこんな事を言わなければならない自分自身に腹が立ってくる。 『すまない、ジャノ。』心の中で謝りながらもそれを口には出せない。 シュンケの心の内など知りようがないジャノは 「僕が人間だから信用できないの?」 「お前は他のどの人間とも違う。」 これはシュンケの本心だった。この言葉に嘘偽りはない。 「それだったら!!」 シュンケがくれた信用で幾分活力を取り戻したジャノは食い下がった。こうなったジャノにはもうごまかしは利かない。真実を話さなければジャノは納得しない。話すしかない。シュンケは再び覚悟を決めた。 「ナーシャから何も聞いてないのか。」 突然出されたナーシャの名前にジャノの戦闘力が幾分削がれた。 「ナーシャがどうかしたの?」 「ナーシャはこのことを知っているのか。」 「ナーシャにももちろん相談したよ。ナーシャは了解してくれた。」 ジャノは当然という顔をして答えたがそれを見たシュンケは軽くため息をついた。 そのため息がジャノの心にさざ波を立てた。まるでお前はナーシャの事を何にも知らないんだなと言われた気がして。 実際何も知らないのかもしれない。シュンケとナーシャは幼馴染でともに二十年間過ごしてきた仲間だ。対して自分はナーシャと出会って一年にも満たない。知らないことがあって当然なのだがそれがジャノには悔しかった。シュンケには一生勝てない気がしてくる。どんなにナーシャの事を思っても自分が人間である以上、真に信頼される事もない。 悔しさと虚しさがない交ぜになった複雑な心境。その心境は表情として顔にくっきりと浮かび上がっている。シュンケにはジャノの痛みが痛い程分かった。どんなに相手を思っても受け入れてもらえない事の苦しさは自分にも分かる。それでも人里へ行くことをジャノに諦めてもらわないといけない。ここで情に流されるわけにはいかないのだ。シュンケは意を決し話す。 「ナーシャの両親の事は知っているか。」 「ナーシャが九歳の時に亡くなったというのは聞いたことあるけど。」 ジャノは虚ろな目でふらふらと答えた。シュンケは少し考え込んだが気を取り直し 「ジャノ、お前が信用できないのはお前のせいではない。人間という生き物の優しさと裏切りを知っているからだ。」 そう言われてもジャノにはなんの事だか分からない。 「人間に心を許し、人間と暮らした事は以前にもあった。」 思ってもみなかった衝撃的な告白。まさか自分の前にも同じ事をした者がいるなんて。 ジャノは目を皿のようにしてシュンケを見つめた。
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