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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第45回   45
「トーマスはどうやって人里に行くんだい?」
「あんたがここに来た時と同じさ。河の向こうの岸にシュンケ達がトーマスを下ろす。後はトーマスが何とかするさ。」
それを聞いてジャノは感心した。強いなと思った。
「空族は逞しいな。」
「当たり前だろう?やられっぱなしなんて空族の性に合わない。」
ルシアはドヤ顔で返すと颯爽と宙へと舞い上がった。
「じゃあ、またね。」
一言残しトーマスの所へ飛んでいく。
ジャノはてっきり空族は迫害され続け苦悩と失意のどん底で生きているのだと思っていた。でもこうやって想像以上に逞しくしたたかに生きている。それが頼もしく思えてとても清々しい気持ちになった。
「それにしてもルシアはカリンの事をよく見ているんだね。」
「え?」
「いや、絵の具がもうない事に気づくなんて常日頃から気にかけてないと気づかないよ。」
「僕の事をからかって面白がっているだけだよ。いつもからかうネタを探しているんだ、ルシアは。」
軽くため息をついて答えた。だが、そんな風に言いたいことを言い合えるのは仲の良い証だろう、
思ってもみなかった空族の逞しさといい、自分が想像していたよりずっと人生を楽しもうとしている空族の本来の姿といい、それが分かってジャノはたまらなく嬉しくなった。しかし、ジャノはこの時気が付かなかった。カリンが何を思い何を覚悟しているのかを。


 陽は山の峰に落ち辺りは光を失いつつあった。空が星を蓄え始める。キラリと一番星が輝く頃、ジャノは家に辿り着いた。実は帰り道でずっと考えていた事がある。
「ただいま。」
「おかえり。」
ナーシャが明るくジャノを迎え入れた。ナーシャは早速嬉しそうに一枚の紙を手渡してくる。これは・・・。ジャノには見覚えがあった。
「ここにあなたが今欲しいもの、必要としているものを書いて。何でもいいのよ、好きな食べ物でも服でも。」
「これならもう書いたよ。さっきルシアと会ってさ、必要なものを書く様に言われた。」
「あっ、そうだったの?」
ナーシャはいそいそと紙を懐にしまう。
「じゃあ、トーマスの事も聞いたのね?」
「あぁ聞いたよ。・・・それでその事なんだけど・・・。」
ジャノは大きく深呼吸すると
「トーマスの役目を買って出ようと思う。」
「!!?」
ナーシャはジャノの申し出を聞いた途端驚愕した。あまりの驚きようにナーシャの手が止まっている。そして酷く動揺し始めた。その動揺ぶりにジャノが逆に動揺するほどだ。
「ナーシャ?」
「・・・。」
ナーシャは押し黙ったままだ。翼が小刻みに震えているのが見て取れた。
「・・・どうしてもその役をやりたいの?」
やっとの思いで絞り出した声で聞いてくる。
「うん。僕は空族の役に立ちたいんだ。」
「今でも十分に役に立っているわ。」
「まだ足りないんだ。ここに来てもう半年以上経つのに翼はまだ完成してないし。」
「役にたっているわ。皆あなたに感謝しているもの。壊れた時計を直してくれたり、いろいろなものを修繕してくれたり、屋根を直してくれたり。それに薪を割ってくれたり、それに服とか・・・それに他にも・・・。」
ナーシャは懸命になってこれまでの日々を振り返っている。なんだろう、ナーシャは必死だ。こんなに焦っているナーシャをいままで見たことがない。
「とにかくあなたは数えきれないぐらいたくさんの事をしてくれた。それで十分よ。」
「そんな日曜大工みたいな事だけじゃなくてもっと大きな事で空族の役に立ちたいんだ。」
「日曜大工だって大切な事よ。日常のささいな積み重ねが一番大切で大きな事なのよ。」
「君がそう思ってくれるのは嬉しいよ。でも違うんだ。それでは駄目なんだ。僕が真に空族の仲間になるにはもっと大きな事をしないと。」
「でも・・・!」
一歩も引き下がらないジャノと必死で止めようとするナーシャ。
「トーマスの翼が目立たないからといっても翼がないわけではないんだ。もし万が一人間に見つかったらトーマスの命が危ない。それどころか空族の居場所まで知られてしまうかもしれない。」
「トーマスは私たちの居場所をばらしたりしないわ!」
珍しく声を荒げるナーシャにジャノは思わず気圧された。こんな切実なナーシャを見るのは半年以上前、シュンケが自分のことを抹殺しようとするのを止めた時以来だ。一体どうしたんだろうと不安になった。だからといってここで引くわけにはいかなかった。
「すまなかった。別にトーマスを軽んじたつもりはないんだ。ただトーマスの事が心配で。」
ジャノはナーシャの目を覗き込みながら懸命に諭す。
「僕なら仮に人間に見つかっても何の問題にもならない。空族との繋がりなんて思いもしないだろうし。僕が行くことが一番リスクが少ないんだ。分かってくれないか。」
「でも・・・。」
ナーシャはまだ何かこだわりがあるのかなかなか応じようとはしない。
「僕はどうしても空族の役に立ちたい!!」
ジャノの熱い眼差しが津波のようにナーシャに押し寄せ説得する。ジャノの熱意に根負けしたのか、あるいは諦めたのか、やがて
「分かったわ。あなたの好きにして。」
ぽつりと一言だけ。ナーシャの瞳には悲しみが蜃気楼のおぼろげに揺れている。それなのにジャノは嬉しさのあまりそれに気づけずにいた。
「じゃあ、早速シュンケの所に行って許可を貰ってくるよ!」
ジャノは興奮冷めやらぬまま意気揚々としてまた家を飛び出た。


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