ジャノは切なげな顔をしてそう答えた。カリンは照れくさくなってなんとなく鼻の下を掻く。鼻の下に残る青色。ジャノはその青に引き寄せられた。この青は・・・。確かあの青と同じ・・・。初めてナーシャと出会った時、ナーシャの体に残っていた青。 あぁ・・・そうか。ジャノは悟った。カリンが僕とナーシャを引き合わせてくれたのか。ジャノは感謝の気持ちで一杯になって思わずカリンの手を取った。 「ありがとう。ありがとう!!」 ジャノは心からの感謝を繰り返す。カリンは唐突に感謝され何がなんだか分からないけどとりあえず「うん。」と言ってみた。 「でも僕、礼を言われるような事をした覚えがないんだけど。」 困惑気味に答えてもジャノはお構いなしにありがとうというばかり。二人の会話はいまいち噛み合っていないが漂う雰囲気は和やかなものだった。すると二人の頭上にいきなり声が降ってきた。 「友情ごっこはそれくらいにしていい加減これ書いてくれない?」 驚いて頭上を見上げるとそこにはルシアがいた。翼をはためかせ手には紙を持っている。 「ルシア、わざわざ飛んでこなくていいよ。飛んでくる程の距離じゃないだろう。」 カリンが幾分うんざり気味に言うと 「たまに飛ばないと体が鈍るだろう?飛べる奴は飛べばいいんだよ。」 そう答え二人の元へ舞い下りた。カリンは口を尖らせる。ジャノはカリンが拗ねる様を初めて見てなんとも愉快な気持ちになった。カリンとルシアは本当に仲がいいんだな、と。だがルシアはすねたカリンを気にも留めず「はい。」と言って紙とペンをカリンに差し出した。 「トーマスが人里に下りる日が決まったよ。明後日だ。」 ルシアがそう告げるとカリンは当たり前のように何やら書き出した。 『キャンパス五枚 絵筆五本』カリンが描いているのを隣で見ていたジャノが不思議に思っていると、今度はカリンがジャノにペンを回してきた。ジャノはきょとんとする。するとルシアが 「あんたもぼおっとしてないでこれに書いてよ。ここでの生活で足りないものがあるだろう?それを書けばいいんだよ。」 説明をしながら紙を渡した。それでも何のことか分からずぼおぉと突っ立ているジャノにルシアはじれったくなったのか 「だから!今欲しいものを書けばいいんだよ。」 何のことかさっぱり分からないジャノは相変わらず顔中にハテナマークを並べている。今度はカリンが丁寧に補足する。 「半年に一度、トーマスが人里に下りてこの村に足りないものを調達してくるんだ。」 カリンの説明でジャノの頭は余計に頭がこんがらがった。トーマスが?人里に下りる?調達してくる?ジャノはまずは一つ一つ頭の中で整理を始めた。 「調達するってどうやって?」 「人里に下りて。」とルシア。 「誰が行くんだい?」 「だからトーマスが。」 ルシアはかなり面倒くさそうに答えた。 それを受けてジャノは幾度となく耳にしてきた言葉を言ってみた。 「なんでそんなことをするんだい?人里に行っては駄目だよね?人間に見つかってしまうから。」 あぁそれならとカリンが説明を始める。 「こんな山奥でしょう?基本自給自足だけど僕たちが作り出せるものにも限界があるんだ。時には人間が作ったものも手に入れなければならない。それにトーマスなら平気なんだ。トーマスの翼は発育不良でこぶし大の大きさしかない。それならマントでも被っていけば目立たないでしょう?その姿で町に紛れ込めばトーマスが空族だとばれないわけ。」 衝撃的な事実が判明した。 ジャノはそ・・・そうなのか?そういうものなのか?でも半年に一度人里に下りるくらいの交流があるならなぜあんなに僕に故郷には戻れないぞと念を押したのか。納得いかないような拍子抜けしたような奇妙な気持ちになった。あの覚悟は一体・・・。あの空族の怒りは一体なんだったのか。ジャノが腑に落ちないでいると 「ナーシャにはあれだけ一族の裏切り者だと詰め寄ったり、ジャノには二度と故郷に帰れないと脅したのに自分たちは半年に一度人里に下りるなんて笑っちゃうよね。」 ルシアはどこか他人事のようにそして悪戯っぽい目で笑いながらそう言う。 「もっとも翼が小さいトーマスだから許される事なんだよね。立派な翼を持つ僕なんて許されないんだ。」 ルシアは自慢げに翼を広げた。実に誇らしげだ。自信に溢れる若者はどこにでもいる。多少口が悪いのもご愛嬌だろう。ジャノは微笑ましく思った。 「カリンもトーマスの跡を継げば?その翼ならいけるだろう。あ、でもさすがにカリンの翼はトーマスのよりは大きくて隠しても目立つか。使い物にならないだけで。」 ルシアはからかうように続けるがカリンはほっとけとばかりに書いた紙を突き返した。ジャノもいそいそと入り用なものを書き始める。 「何でも書いていいのかい?」 「なんでもいいよ。」 カリンは笑顔で答えた。ジャノはのみ三本、釘五本、設計図を描く紙十枚と翼づくりに関するものばかり書いた。その時。ルシアが「あれ?」と呟いた。 ルシアはカリンが書いた紙を見ながら 「もう青の絵の具がないだろう?いつもみたいに頼まないのか?」 ルシアの疑問を耳にしたジャノもふとキャンパスの傍に置いてある絵の具を見た。搾りに搾りきってもう出なさそうに見える。しかしカリンは言葉少なに呟く。 「いや、いいんだ。」 だがその表情は明らかに何かを含んでいる。カリンにとって青色は何よりも欠かせない大切なもののはずなのに・・・。ジャノの心に何か引っかかるものがあったがすぐに自分の入り用なものに気を移した。ルシアもいつもとは違うカリンの様子に何か違和感を感じたのだろう、まじまじとカリンの顔を見つめている。 「まあ、いいさ。」 ルシアはしばらくはカリンの本心を探っていたがそれも飽きたのか気を取り直して翼を動かし始めた。 「またそうやってすぐ飛ぼうとする。歩いて帰ればいいだろう。」 普段のカリンに戻ってルシアを咎めると 「使わなかったら宝の持ち腐れだろう。」 平然として答えた。ここでジャノはふと疑問に思ったことをぶつけてみた。
|
|