「そんな挨拶はいいからさ。作っている翼とやらを見せてよ。」 またもやルシアだ。全くルシアには遠慮というものがない。だがジャノにとってその遠慮のなさが救いだった。これからの長い人生、共に生きていくのだから。 「もちろん。」 ジャノは嬉しそうに返事をするとテントを出て、すぐに戻ってきた。手には翼。翼に箱がくっついていてそれを背負える形になっている。皆の顔に好奇心が舞い下りた。ルシアはその翼を指でちょっとつまみ小馬鹿にしたような顔をした。 「こんなもので本当に飛べるの?」 「飛べるさ。今はまだ完成していないけどそう遠くないうちに完成させる。」 そう言いながらスイッチを入れた。するとおもむろに翼が羽ばたき始め徐々にそのスピードを上げていく。にわかに風が巻き起こった。スイッチを切る。翼はハタと止まった。その様子を食い入るように見ていた空族は感嘆の声を上げた。翼の動きが空族の翼の動きと似ていたのだ。例えようのない親近感が湧き上がり皆の顔に笑顔が宿る。疑いが希望に変わった瞬間だ。そして一人の空族がジャノに近寄り自己紹介を始めた。 「俺はトーマス。よろしく。」 それを皮切りに皆それぞれ自己紹介をする。 「私はキャサランよ。よろしくね。」 「よろしくお願いします。ジャノです。」 「僕はカリン。絵を描くのが好きなんだ。」 「よろしく、カリン。絵を描くのが好きなのかい?僕は図面を描くのが得意さ。」 互いに挨拶をし、笑い合う。 だが、ここでも若い子たちはすぐに気を許したのに対し、大人たちはまだ不信感を消せないでいた。それでも自己紹介は進みジャノは一人一人と握手を交わす。若者たちの和やかな様子を見てシュンケは気づかされた。いや、気づかされたなんて生易しいものではなく思い知らされた。皆この時が来るのを待っていたのだと。人間から逃げ回るのではなく人間と共に暮らしていく事を望んでいたのだ。そのきっかけをずっと待っていたのだと。シュンケは思わずおばば様を見た。おばば様は深く頷く。 人間という新しい遺伝子を取り込み空族の維持を図る、それは確かにそうだ。しかしそれだけではない。人間と共存していく道を探す、それこそがおばば様がしたかった事。 一通り自己紹介が終わり皆それぞれの家路についた。最後までテントに残っていたのはジャノとシュンケとおばば様とナーシャ。 「シュンケ、僕を迎え入れてくれてありがとう。」 ジャノは頭を下げ改めて礼を言った。シュンケは静かに微笑んで 「これからよろしく頼む。」 そう言い残して自分の家に帰ろうとした時だ。 ジャノは突然シュンケの手を取り「ありがとう。」と何度も言う。 温かい人間の手。体温もその身に流れる血の色もなんら空族と変わらない、ただ翼があるかないかという差だけだ。その事がシュンケの心に沁みた。シュンケは少し照れくさそうに笑みを浮かべた。 次にジャノはおばば様の前に進み出ると深々と頭をさげた。 「長老、僕を迎え入れてくださってありがとうございます。」 おばば様はうむと頷きながら 「今日は慣れない体験をして疲れただろう。ナーシャ、住居に案内してあげなさい。」 枯れた声でジャノを労わった。 ナーシャは待ってましたとばかりにジャノの手をとり心弾ませながら走っていく。シュンケはそんな二人を見送った後、おもむろにテントを出た。
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