「まぁ、いいんじゃない?とりあえず受け入れてみればさ。翼がない者がここに来たらもう二度と麓には下りられないんだし。それに裏切り者だと分かったら谷へ突き落せばいいさ。そいつは飛べないのだから口封じにはなるでしょ。」 ルシアが物騒なことをいとも簡単に言い放った。相変わらずの口の悪さ、だがそれが皆の背中を押したのは言うまでもなく。 それもそうだな、とりあえずもう一度人間を受け入れてみるか・・・。いざとなったら抹殺してしまえばいい・・・。 でも一体これからどうなってしまうんだろう。 中にはあの日の事を思い出す者もいて苦痛で眉をしかめている。不安と戸惑いを滲ませながらお互いの顔を見合わせる。 が、それだけではない。もしかしてそのジャノという発明家が空族の未来を変えてくれるかもしれないという一縷の望み。皆の顔に一筋の光が宿ったのをシュンケは見逃さなかった。 「では明日、ジャノを連れてくる。明日のこの時間、皆ここに集まる事。では解散!」 シュンケの締めの言葉で皆一斉にそれぞれの家へと散って行った。テントに残っているのはシュンケとナーシャ、カリンとルシアとおばば様だけ。ナーシャはルシアに 「ありがとう」と礼を言うとルシアはからかうような口調で 「人里に下りるなんてびっくりだね。それも人間を連れてくるというおまけつき。」 あははと笑いながらルシアはテントを出て行った。ナーシャは何も言い返せない。 「ナーシャが選んだ人ならきっといい人だよ。それに皆冷たい態度をとっているけど内心ジャノという人に期待しているんだ。」 カリンは優しく微笑みながら言った。とたんにナーシャの瞳に涙がこみ上げてきた。緊張の糸が切れたのだ。何度カリンの優しい笑顔に救われてきただろう。おばば様はほっとしたのか安堵のため息をつき満足そうに呟く。 「明日から一族の新しい未来が始まるねぇ。」
今日は朝から皆そわそわしていた。人間が来る、不安と期待が入り混じった空気がテントの中を支配している。落ち着かない空族。テントの幕が開いた。シュンケだ。シュンケは自分の後ろにいる者を中へ入るように促す。 人間が入ってきた。瞬時に皆の体に緊張が走る。ジャノはゆっくりと空族の顔を見渡した。自分に対する警戒心、あるいは敵意がむき出しで肌がピリピリと痛む。しかしそれに臆せず深いお辞儀をした。 「ジャノ・フリークスと申します。こちらでお世話になる事になりました。どうぞよろしくお願いします。」 元気かつ丁寧にもう一度深々と頭を下げる。確かにこのジャノという男、他の人間とは違う気がする。なんというかもの凄い好青年なのだ。野蛮な感じは一切なく物腰が柔らかい。なぜか体中怪我をしているがとても誠実そうだ。 どんな人間が来るのだろうと不安がっていた皆の顔に安堵の色が浮かぶ。その場の空気が少し和らいだのを感じ取ったジャノは少し安心した。 だが実際にジャノに気を許したのは若者や子供ばかり。大人や年寄りは依然として厳しい視線をジャノに向ける。紛れもなく疑いの目だ。ジャノは安堵と疑念が複雑に入り混じった奇妙な空気に戸惑い始めた。
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