「分かった。」 シュンケは一言だけそう言うと翼を広げた。そして 「ナーシャ、朝日が昇るまでには村に帰ってくるように。」 一応念を押す。ナーシャは嬉しそうに頷き「ありがとう。」と礼を言った。これ以上ないほどの笑顔をシュンケに向ける。シュンケはまだひりひりと痛む心を抱えながら何も言わず山の中へと飛び立っていった。後に残されたジャノとナーシャは熱く見つめ合いそしてそっと抱きしめ合う。
ここは一族のテント。空族が一堂に会して話し合いをしている。 「正気ですか!?おばば様!」 「全くです!どうかしています、おばば様もシュンケも!!」 テントの中は皆の怒りが沸騰し騒然としていた。 「人間を一族に迎え入れるなんてありえない!」 「そうだそうだ!!」 「人間が私たちにしてきたことをお忘れですか!?」 怒号が飛び交う。それをずっと黙って聞いているおばば様とシュンケ。 「何とか言ってくれ!シュンケ!!」 怒り、悲痛、切実、様々な感情が渦巻きテント内に見る間に膨れ上がっていく。爆発寸前、まるで戦争開始の前夜のようだ。そんな中、ようやくおばば様が口を開いた。 「これは我ら空族の安泰の為なのだ。」 しかしそれは燃えさかる火に油を注いだに過ぎない。 「それのどこが安泰なのです!?」 「全くどうかしている!おばば様は気が触れてしまったのですか!!」 声を荒げて必死に訴える空族たち。日頃からおばば様を尊敬してやまない者たちとは思えないくらいの酷い荒れようだ。それだけ人間に対する恨みは深いのだ。 その中にあって一人、異質なほど静かな口調で切り出す者がいた。 「十年前のあの日の事をお忘れですか。私の母は・・・いえ私の母だけではない、シュンケの父親もナーシャの両親もカリンの父親もセトやサンガの息子も人間に殺されたではありませんか。我らをそのような目に合わせた人間をどうして迎え入れる事が出来ましょう。」皆が皆その者の言葉にそうだそうだと言わんばかりに耳を傾け頷いた。シュンケでさえあの日の事を思い出すと皆の意見に同調したくなる。「私だとて父を・・・。」 だが、前に進まなくては。それこそが空族の未来の為だ。シュンケもようやく口を開く。 「これは頭領である私とおばば様で決めたことだ。異論は認めぬ。」 シュンケは気まぐれでこの様な事を言い出す男ではない。だからこそ皆納得がいかない。その場にいる全員がシュンケとおばば様の意図が掴めずイライラしていた。そしてその不満は一斉に爆発した。 「横暴だ!!」 「一族を滅ぼす気か!?」 「どこの馬の骨か分からない者を一族に入れるなんて断固反対です!!」 「あの医者のことを忘れたのですか!!」 非難は連鎖し空族を疑心暗鬼の底へと引きずり込んでいく。シュンケはナーシャとジャノの関係をここで言うべきか否か迷った。話せば納得するか?いや、皆の顔を見ていれば分かる、知れば怒りの矛先はナーシャに向かうであろう事を。シュンケにしては珍しく押し黙ってしまった。そんないつもと違う煮え切らない態度のシュンケに皆は余計に苛立つ。 「とにかく反対です!人間を迎え入れるなんてありえない!!!」 一同がその訴えに納得し各々が席を立とうとしたその時だ。皆を引き留めるかのようにジムの声がテントに響き渡った。 「我らは血が濃くなりすぎた。そうだろうシュンケ。」 皆が何事かと一斉にジムを見る。
|
|