ナーシャに対する未練はそう簡単には断ち切れない、しかし空族の頭領としてなすべきことがある。その狭間でシュンケの矜持が大きく揺れ動く。すると突然ジャノがよろよろと立ち上がり叫んだ。 「これはシュンケと僕の戦いだ!!」 「でも・・・。」 ナーシャは戸惑っている。ジャノは立っているだけでもやっとであろうにまだ挑戦的な目でシュンケを睨んだ。 ジャノは死ぬまで戦いを止めないだろう。額や唇の端から血がしたたり落ち、大きく瞼を腫らし顔が変形し足を引きずっていてもその胸の内はまるで無傷なのだ。それを見たシュンケは思った。 空族を自由にしたいというジャノの確固たる信念とナーシャを想う深い気持ちに果たして自分は勝てるのか・・・。
・・・いや・・・。
シュンケは決意した。そして一つ大きく深呼吸するとジャノの前に立ちはだかった。思わず身構えるジャノ。しかし次にシュンケの口から紡がれた言葉はあまりに意外なものだった。 「私たちの村へ来る覚悟はあるか。」 ジャノは何を言われたか分からなくてきょとんとしている。それはナーシャも同じだ。 「私たちの所へ来る気はあるのかと聞いているのだ。」 ジャノはようやくその意味が飲み込めた。 「もちろん!!」 大怪我をしているというのにジャノは飛び上がらんばかりの喜びようだ。ナーシャも感激のあまり涙ぐんでいる。 「空族の元へ来るという事は二度と故郷には帰れないということだ。それどころか人間がいる所に行くことも許されない。それでもいいのか。」 シュンケは念を押して聞いた。 「帰りたいと思ったことはないよ。僕はナーシャの所へ行く!!」 ジャノの希望に満ちた輝く瞳。ナーシャも潤んだ瞳でジャノに駆け寄った。それを見たシュンケは泣きたい気持ちを己の胸の内に無理やり抑え込んで苦笑いした。 そうだ、ジャノには勝てないのだ。全く敵わない。ナーシャを愛する事より一族の頭領として生きる道を選んだ自分ではこの男には到底勝てない。 ・・・いや、勝てないのは自分が頭領だからではない。そういうもの全てとっぱらってただの一人の男として対峙したとしても勝てなかっただろう。それほどまでにジャノのナーシャに対する想いは潔く強く深いのだ。帰る場所を放棄出来るほどに。自分には出来ない。空族を捨てる覚悟なんてないのだから。 ジャノの口元を己の服で拭うナーシャを見てシュンケは「お前が選んだ男に間違いはない。」と心の中で声を掛けた。 「明日、お前を我らの元へ迎え入れてやる。身支度を整えて待つように。」 ジャノは大喜びするがはたと気づいた。 「どうやってあなた達の所へ行くんです?」 「我らが四、五人集まればお前や馬を運ぶ事など造作もない事だ。」 「では少し多めに人をよこして下さい。」 「なぜだ。」 ジャノは作りかけの翼を指差し 「あれも運んでもらいたいので。」 そう言うとニッコリ笑った。
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